第11話 煌めく極光

 古代の円形劇場に、響く剣戟。

 戦いは乱戦の様相を呈していた。


 中央の舞台をすり鉢状に囲む、高低差のある客席跡では。

 冒険者たちが縦横無尽に駆けながら、氷像の魔物アニメイテッドを相手に大立ち回りを演じている。


「油断するな!こいつら…見た目より素早いぞ」

「すまん、助かる!」


 魔物といっても、元はこの都市の住民だった者たちだ。それも何百年も前の。

 この地に、大いなる冬フィンブルヴィンテルという災いが降りかかったとき。彼らは氷結の呪いによって街ごと凍りつき、死んではいないが生きてもいない…時の虜囚となった。

 単なる凍ったゾンビなどではない。

 今は道化の操り人形と化し、新たな犠牲者を加えて脅威の度合いを増している。


「呪いさえ解けりゃ、彼らも元に戻せるらしいが…」

「ここで氷像の仲間入りなんて、ごめんだぜ」


 眠っているように見える個体は、まだいい。

 完全に氷塊の中に閉じ込められて、虫入り琥珀のようになっている美女も。

 中には、自分自身が凍りつく様子を間のあたりにしたのか。恐怖や苦痛の表情をはりつけたままで襲い来る氷像もあった。


「うひゃあ!見てるこっちが寒くなるぜ」

「冒険者が魔物にビビってどうする。エルルちゃんのロウリュサウナを楽しみに、無事帰れるよう気合入れっか!」


 ミキの先輩にあたる巫女エルルは、冒険者たちの間ではずいぶん人気者らしい。

 呪いに満ちた迷宮から帰還した冒険者は、清浄なる香気アロマたちこめるサウナで身を清めるのが、氷都の習わしだ。

 それはどこか、日本神話において黄泉の国から帰還したイザナギがみそぎをして、不浄を洗い清めたエピソードを連想させる。


 そして、石造りの壮麗なステージでは。


「やらせんっ!」

「きゃあ!…ありがとうございます」


 ハナビトのお嬢様紋章士・ベルフラウを狙ってきたアニメイテッド冒険者の魔法攻撃を。猛将レオニダスの円盾ラウンドシールドが弾いた。

 そのまま、続いて斬り込んできた別の氷像化冒険者アニメイテッドを盾で殴って押し戻せば。氷像がまた後ろの氷像にぶつかり、大きく姿勢を崩す。


「お前に傷などつけようものなら、弟のリーフに怖い顔をされるからな」

「ふふっ、弟の顔が浮かびますわ」


 ベルフラウの緑の髪に咲く、乙女桔梗ベルフラワーの花が楽しげに揺れる。苛烈な戦場での、ほんの一瞬の談笑。

 それだけでも、ベルフラウの弟・リーフという人物が姉を溺愛していることは十分伝わってくる。

 お互いに背中を守り合う、花の乙女といわおの猛将の仲の良さも。


「やはり、盾が無いと落ち着かん。盾持つ歩兵は前線の要。アウロラ様のご加護オーロラヴェールは素晴らしいが、盾とは攻撃を防ぐだけのものではないからな」


 軽装を第一とする氷都市の冒険者には、実体のある盾よりも魔力防壁バリア型の盾が好まれるらしい。レオニダスからすれば、故郷との違いが奇異に映るのだろう。


 地球の伝承に、こんな話がある。

 オーロラとは、天翔ける戦乙女ヴァルキリーが身にまとう鎧の煌めきであると。


 女神アウロラが極光の巫女を通じて、冒険者たちに分け与える加護はまさしく…彼らの身を守る鎧でもあった。

 もとより、加護の続く間しか、この迷宮ダンジョンに潜り続けることはできない。そうなると、機動性を妨げる重い全身鎧プレートアーマーなど邪魔でしかない。

 遺跡内でその加護が尽きるときは、不運な犠牲者は一瞬で氷像と化す。


 ゆえに、この戦場では一滴の血も流れることはない。

 ローゼンブルク遺跡は、多くのローザンヌ王国の民が眠る場所。誰もその美しさを、血で汚そうとは思わないだろう。

 まさかとは思うが、流血を禁じる意図をもってこの都市を凍らせた者がいるのだろうか。


「飛び道具とは、厄介じゃな!」


 ベルフラウを狙ってきた氷像に向けて、アリサが妖刀を振るう。

 封印の鞘に収まった刀身から、瘴気の炎が飛び…見えない糸を焼いた。もう魔法は使えないだろう。


「ここは俺たちで抑える。ミキは奴を!」


 クワンダの声が、道化に挑まんとするミキを勇気づける。


「…はい、おじさま!」


 そのときから、ミキのまとう雰囲気が変わった。

 まるで、大舞台に立つスターのように。

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