第10話 絶対零度の戦場
「想定はしていたが…
用心深いことで知られるベテラン冒険者、クワンダの表情に険しさがにじむ。
形勢逆転。
道化を包囲していたはずの冒険者たちは、この迷宮を徘徊する
その数、およそ20。
数では勝っているが、冒険者側の苦戦は免れない状況だった。
なぜなら…
金属同士が激しくぶつかり合う音が響き、火花が散る。
冒険者の剣が、氷像と化したかつての仲間に阻まれたのだ。
「…こいつら、連携してきやがる!」
「ただでさえ、見えない弱点を狙わなきゃなんないってのに!!」
道化に統率される以前は、あり得なかったことだ。
アニメイテッドは、どんな武器や魔法でも傷つかない。それが「氷結の呪い」と呼ばれる、永久保存の力。
ローゼンブルク遺跡が滅びた当時の姿を保っているのも、全てこのため。
「焦るな、落ち着いていけ!相手の手の内は分かっているぞ」
独特な意匠の槍で、クワンダが氷像の一体に鋭く踏み込む。その穂先はとても幅広で、剣のようにも見えるほど。
狼のレリーフが施された白銀の刃が、牙のように閃けば。攻撃を弾かれ、敵に一瞬の隙が生じる。
「…そこじゃな」
気づけば、兎のごとき俊敏さでアリサが背後に回っており。刀を抜かずに、納刀したままの鞘で氷像の腕をかすめるように振り抜いた。
不意に、焼けた鉄を押し付けたような音がした。
あるいは、強い酸が肉を溶かすような…嫌な感じの。
空振りではなく、何かに当たったのだ。
氷像はまだ、その場に立っていた。しかしその両腕は…糸の切れた操り人形のように、だらりと力を失っている。
「いけるぞ」
続いて、クワンダが銀牙の槍を振るえば。
氷像は、まるでただの彫像に戻ったかのように動きを止める。
今回もまた、相手に直撃はさせずにかするような動きだった。
「たとえ魔物になっても、全く見たことの無い技や魔法を使ってくるわけじゃない。結局は、日々の鍛錬がものを言うのさ」
「さすが、クワンダさん!」
冒険者のひとりから、感嘆の声が漏れる。
「やれやれ、この刀はまだ抜けんの」
動きを止めた氷像を、確かめるようにちらと見ると。アリサは、次の敵へと狙いを定める。
異様な雰囲気の刀だった。
鞘には血染めの布が巻かれ、その上で何枚もの呪符が貼られている。何かを封じているのだろうか。
それでもなお。鞘に収まった刀からは、周囲の空気をどんよりと濁らせるような妖しい気配が漏れ出ていた。この妖気が、さきほど見えない何かを蝕んだのだ。
鞘に収まってなお、この始末。抜かないというか…おいそれとは抜けないのだ。
アリサの愛刀は、それほど危険な妖刀だった。
一方、ミキは。
蒼く輝く瞳が、氷像たちを見据える。
彼女には、見えていた。
あの氷像もまた、文字通りの
「氷結の呪い」で永久保存された対象物には、あらゆる攻撃が通じないが。そのままでは、指一本も動かすことはできない。
そこで、見えない糸のようなエネルギーの流れを操り。氷像を外から一時的に変質させ、思いのままに操る。それがアニメイテッドのカラクリだった。
いくら本体を攻撃しても無意味だが、「糸」さえ断ち切ってしまえば相手は元の氷像に戻る。
かつて、いばら姫が率いた不死身の軍勢も、同じトリックを用いていた。対処法を知らなければ、どうしようもないイカサマ。
そのために、多くの勇者たちが命を落とした。
そして、それを唯一見破れたのが、蒼の民の不思議な眼力。今は氷都市での研究によって、達人級の者なら蒼の民以外にも対処可能になっている。
「一気に行きます!」
滑走中にふと立ち止まったかと思えば、ミキはフィギュアスケートのようにその場で回転しはじめ…どんどん加速していく。
やがて、彼女の周囲に冬の嵐が巻き起こり。そのまま竜巻のように動き出して、群がる氷像たちを次々に弾き飛ばしていく。
「名付けて、ブリザードスピンです!」
よろよろと立ち上がる氷像たち。その動きは、どこかぎこちない。
「動きが鈍りましたわ!糸が何本か、切れてるはずです」
その様子を見ていたベルフラウが、さらに追い打ちの紋章術を準備する。
彼女が、巨大な万年筆を思わせる独特な杖をクルクル回せば、眼前の空間に緑の燐光を放つ円が描かれる。
そのまま「絵筆」を恐るべき速さで振るい、即興で光のアートを描き出していくベルフラウ。紋章術とは、いわばお絵描き魔法なのだ。
あっという間に描き上がった
「
今まで平面であった紋章から、不意にニョキニョキと。絵のタッチそのままのイバラが、立体化した触手のように数本伸びてきて。
次の瞬間には、再び動き出した氷像たちを鞭のごとく、滅多打ちにする。
風を切るような鋭い音が、幾重にも鳴り響いた。
それで、数体の氷像が動きを止めた。例によって本体に傷はついていないが、あれだけの無差別広範囲攻撃なら。操る側が糸を守りきることは極めて難しい。
「今だ!」
「これなら…!」
残っている敵も、続く冒険者たちの攻撃で沈黙する。
イバラはもちろん、悪い魔女のいばら姫に通じるモチーフだが。それとは無関係に、青薔薇の都と呼ばれたローゼンブルクに通じる意匠でもある。
ハナビトであるベルフラウは、植物をモチーフとした紋章術を好んでいた。
「いつかはこの地にも、本物の薔薇を咲かせてみせますわ」
「…さすがに、対策されてますね」
逆包囲された状況から、徐々に持ち直してくる冒険者たちの手並みに。道化は油断ならない相手だと、認識を新たにしたらしい。
「人形どもが止まり次第、ここから退くぞ!」
レオニダスの決断は早かった。
道化の出現に、アニメイテッドたちの変容。
イレギュラーがこれだけ多く重なった以上、変化した状況への備えが新たに必要だからだ。
「ここで全滅してしまえば、せっかくの情報を持ち帰る者がいなくなる…賢明な判断ですが」
そこまで言うと、道化の表情が変わる。
「そう簡単に、帰すとお思いですか?」
内面の狂気を隠そうともしない、むき出しの殺意。
「ならば、押し通るまでよ!」
アリサが駆け抜けた背後で、またひとつ氷像が動きを止める。
「たあっ!」
ミキの掛け声がした瞬間、道化の顔が歪んだ。
かかと落としが決まったのだ。靴底のブレードを展開したまま。
「よそ見をしないことです。もう、あの頃のわたしじゃない…!」
氷結の呪いとは違うが、道化にも無敵化のカラクリはある。
直接のダメージにはなってない…けれど顔面に一撃くらったことは、道化の面子を潰すのに十分だったらしい。
「…おのれ!」
「これは、過去への復讐じゃない。わたし自身が前を向いて未来へ歩くために、向き合わなきゃいけない試練…!」
ミキの手に、蒼白い氷の
対多数の戦闘スタイルから、糸を切りやすい
「新たな希望も全て、絶望に変えて差し上げましょう。アナタに、あの日の惨劇をもう一度」
「…わたしは、笑顔を届ける旅芸人ですから!」
絶対零度の戦場は、今まさに熱情の炎に包まれようとしていた。
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