第9話 人形たちの舞踏会

「ミキちゃん、その意気ですわ!」


 ハナビトの紋章士ベルフラウが、ミキに拍手を贈ると。冒険者たちの間にワッと拍手喝采が広まった。


「勇者ってのは、蒼の民の末裔だけだと思ってたけど」

「みんなが勇者って、いいですよね!」


 ミキの話に、静かに耳を傾けていたクワンダは。

 その瞳に、決然たる意志を宿して。


「もう、勇者の血筋がどうとかいう状況じゃない。あまたの異世界に生きる全ての人が『災いの種カラミティシード』を駆逐する覚悟を固め、勇気を持って立ち上がらなければ」


 多元宇宙という大樹の生育を妨げる、不要な枝葉と見なされ「剪定」されてしまう。

 それは、動乱の時代の到来を意味していた。


「故郷で率いた我が兵たちは、みな勇者であった。バルハリアは異郷の地だが、氷都市で新たな勇者の誕生を見届けるのも…悪くない気分だ」


 珍しく、岩のごとき風貌のレオニダスまでもが頬をゆるめる。


「フフフ…大変、素晴らしいお話でしたよ。ミキさん」


 ひとりだけの、悠然とした拍手が劇場に響く。

 道化の声に、場が凍ったように静まり返る。


 極寒の迷宮で、冒険者たちは女神の加護オーロラヴェールに守られて即座に凍りつかずに済んでいるが。それでもなお、身体に染み込んでくるようなこの寒気は何なのか。


「おかげで、欠けていたパズルの断片を埋めることができました。その上、この遺跡から出られないワタシにも…計画遂行のため、できることが見つかったのですから」


 一同に戦慄が走った。

 自分たちは、得体の知れない化け物と対峙している。総身の毛が逆立つような悪寒と…強烈な殺気。


 道化のおしゃべりで、冒険者たちは迷宮の謎に迫る重要なヒントを得たが。道化もまた、自分が倒されて復活するまでの空白を埋める情報を得たのだ。

 あとは行動あるのみ、遊びは終わりということか。


「なあに、簡単なことです。ここであなた方を全滅させ、新たな勇者など育たぬようにしてしまえば。我ら庭師ガーデナーは、いずれ世界の剪定を成し遂げるでしょう!」


 一触即発の気配。もはや戦いは避けられないだろう。


「30人の冒険者を相手に、大した自信だな」

「いくらお前が強くたって…」


 道化を取り囲み、めいめいに獲物を構える冒険者たち。


 今回の調査隊は、五人一組のチームが七つ。皆、精鋭ぞろいだ。

 寒さと呪いに閉ざされた過酷な迷宮の、未知の領域を探索するのだ。これぐらいの体制にもなろうというものだ。


「数の暴力には、さんざん悩まされてきたのでね…今度はワタシが手を打ちました」


 次の瞬間。

 道化がパチンと指を鳴らすと、舞台袖の物陰から。一行の前に信じられないものが姿を現した。


「お前は…レオポルト!」


 そう。ここへ来る以前に一行とはぐれ、消息を絶っていたチームの五人が。物陰から出てきたのだ。


 その肌は死人のように青白く、身につけた装備は霜に覆われ…表情は虚ろ。

 彼らはみな、凍りついていた。それでいて、目立った外傷や出血は見当たらない。まるで、眠っているように。「氷結の呪い」に囚われてしまったのだ。

 この遺跡を、何百年も前の姿のまま美しく保っている…古の災厄。


「おそらくやられたものと…覚悟はしておった。じゃが、道化の手駒に使われるとは厄介じゃな」


 アリサが警戒の色を強め、ウサビト特有の兎耳をピンと立てて顔をしかめる。


人形アニメイテッドに命令できるとはな。今までの探索じゃ、奴らはまとまりもなく散発的に襲ってくるだけだったが…誰かに統率されるとなると、危険度が跳ね上がるぞ」


 つい数時間前までは仲間だった者たちを見据え、けわしい表情となるクワンダ。


「みな、陣形を整えろ。伏兵にも注意を払え。敵はもう、しぶとさだけが取り柄の木偶の坊ではないぞ」


 円形の盾を構え直し。レオニダスが一軍の将に相応しい威厳を持って、冒険者たちに号令をかける。

 傭兵経験を見込まれて。あるいは好奇心のままに、伝説の都を探し求めて。

 氷都市に集った経緯は異なれど、誰もが歴戦のつわものだ。味方の一部が敵に回ってしまう怖さも理解している。


 女神の加護オーロラヴェールは、この呪われた遺跡を探索する者にとっての命綱。

 ただ遺跡内にいるだけでも、少しずつ消耗していく上に。魔物の攻撃から身を守る目的でも、一撃ごとに削られていく。それを全て失ってしまえば、目の前のレオポルト隊のように。

 瞬時に氷漬けとなり、もの言わぬ人形たちの仲間入りだ。


「それではみなさん、ショウタイムと参りましょうか。さあさあ…楽しく踊ってくださいな」


 道化の、その声を合図として。

 あちこちの物陰から、道化を包囲する冒険者たちをさらに取り囲むように人影が姿を見せ。

 彼ら、哀れな犠牲者たちは手にした武器を振り上げ、かちこちに凍っているとは思えない軽快さで一行に踊りかかってきた!


「させません!」


 そのうちの一体が、ミキの全力の前蹴りを受けて後ろによろけるも。

 まるで見えない糸で吊られた操り人形のように、ふたたび起き上がる。


「わらわとクワンダで道を開く。ミキよ、おぬしは道化を抑えるのじゃ!」

「お前ならできる!行って、本気でぶつかってこい!!」


 かつての最終決戦で、道化と思う存分戦えなかった心残りが…今日の事態を招いた。

 過去に決着をつけるため、自分を思いやってくれたのか。


「アリサさん、クワンダおじさま…ありがとうございます!」


 ミキは、ふたりに礼を言うと。ブーツのつま先で床をコン、と軽く叩く。

 たちまち、白いブーツにアイスブルーの紋様が浮かび上がり…魔法の力が起動する。

 ブーツの足裏からは、蒼い光があふれ出し。みるみるうちにスケート靴のような氷のブレードを形成していく。


 徒手格闘術と融合したスケーティングこそ、彼女の本領。

 まるで、スピードスケートを思わせるスタート姿勢をとると。ミキは矢のような勢いで飛び出し、凍てついた戦場を滑走するのだった。


「極光流氷舞拳…戦いの芸術アート、お見せします!」

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