第8話 若さと過ちと
「女神アウロラのはからいで、蒼の民はいばら姫の追っ手から逃れ…やがて、新たな生命が誕生し。バルハリアの『蒼薔薇の都ローゼンブルク』で生まれ育った新世代の勇者たちは、若く意気盛んで、怖いもの知らずでした」
後に「
自分自身の生い立ちを振り返るように、聴衆に語りかけるミキ。彼女も、そのひとりなのだ。
「あの頃の彼らは…今、この瞬間が楽しければそれで良くて。ものごとの本質にまで考えが及ばず、表面的な流行や名声ばかりを追っていたように思えました」
知られざる、勇者たちの青春時代。
ミキの語るところによれば。驚くべきことに、当時のバルハリアはまだ緑あふれる豊かな大地であったという。
「そう、勇気の何倍も愚かでした。わたしも同じ。あの頃のわたしは、アウロラ様に氷上の舞を捧げる『舞姫』に憧れる、夢見る小さな女の子だったのです」
勇者の自覚など、誰にも無かったと。ミキのその言葉に、新参の冒険者たちは意外そうな顔をしていた。
「オレたちと、あまり変わらない…?」
「ええ。その通りです」
うなずくミキ。今、彼女の装いは…まさしく舞姫のそれになっている。
「けれど、幸せな時は長く続かなかった。バルハリアが『永久凍結世界』と呼ばれるきっかけ。『
「
道化が、ミキの話に解説を加えた。やはり、彼ら
「ワタシが、蒼の民に刺客を差し向けたわけでもないのに。たぶん、異世界をまたにかける交易商人が珍しい異国の品として、災いの種をこの地に運んだのでしょう」
それだけの欲と闇を抱えた者が、かつてバルハリアにいた。人間の業の深さに、思わず道化の口元がニヤリと歪む。
「わたしたちは、まさかバルハリアに災いの種が流入していたとは気付けず…あの日の惨劇を防げなかった。これが、ひとつめの過ち」
「ひとつめというと、他にも…?」
「はい」
冒険者たちの質問に、包み隠さず率直に答えるミキ。
「
「回復魔法の類も一切効果無しで、最初はさすがに焦ったぜ」
バルハリアに来る以前は、ずいぶんとヒーラーにお世話になっていたのであろう。剣士らしき冒険者が、ふと本音をこぼす。
「多くの民がバルハリアを去り、異世界に移住しました。そして蒼の民も、勢力拡大のため『はじまりの地』への帰還を決断したのです」
「…俺は、残ることを選んだ。アウロラ様には恩があったからな」
口を開いたのは、クワンダ。古参の冒険者である彼もまた…大いなる冬の到来以降、時間の凍った世界で。敬愛する女神と残った民のため、数百年に渡って尽力を続けてきたという。
「そんなことがあっても。当時のわたしはまだ、このままバルハリアにいても永久に子供のまま。素敵なレディ、舞姫にはなれないと思って旅立ちを決めるくらい、のんきでした」
勇者らしくないでしょう、とトーンを落としてつぶやくミキ。
「じゃが、そんなおぬしが嫌いではないぞ」
だいぶ好意的な…老婆心のようなものをうかがわせて。アリサが微笑んだ。
若く見える彼女もまた、外見と実年齢の一致しない人物なのかもしれない。
「ふたつめの過ちは。身内で戦功を競うことばかりに目を奪われて、いばら姫が道化の傀儡であると見抜けなかったこと。その浅はかさです」
「百万の勇者とは、よく言ったものです。数の暴力を頼りに、敵を蹂躙する。いわば脳筋集団だった当時の彼らに、ワタシの企みを見抜く思慮があったとは思えません」
アナタは見る目がある方ですね、出世競争からリタイアしただけに。
そんな、皮肉とも賞賛ともつかないコメントを返す道化。
「ミキさん、こいつの肩を持つんですか?」
「…案外、百万の勇者たちに批判的なんですね」
冒険者たちの声に、ミキはなぜだか表情を明るくして。
「彼らが真に勇者として『目覚めた』のは、道化の企みが明らかになってからです」
自分が倒された後の出来事だからか、けげんそうな顔をする道化。
「かつてワタシは、数で押してくる百万の勇者たちへの対策として。戦いの場を無限大に拡散させる戦略を選びました。ちょうど、たんぽぽが綿毛を飛ばすようにね」
はじまりの地で集めた、人々の絶望や憎悪などの「負の感情」。それを糧として、
それらを、異世界間を結ぶ大河の流れ…オーロラの道にのせてばらまいた。
道化の説明によれば、そういうことらしい。
「どんな世界にだって、理不尽はあります。人のあるところには、罪深い業がある。災いの種はそれを喰らい、芽吹き…いずれ世界は、種から生まれた『災い』に食い尽くされる。それはそれで、自然の摂理でしょう」
「…!」
それを聞いたとき、ミキの脳裏にひとりの女性が浮かび上がる。
災いに喰らい尽くされ滅びた世界、アスガルティア。そこから氷都市に逃れてきた元難民で…今は、ミキと同じアウロラ神殿につとめる先輩巫女。
(エルル先輩…)
いつも自分を励ましてくれた、愛嬌のある金髪碧眼のお姉さん。今は、氷都市でミキたちの帰りを待っているだろう。
勇者たちは孤独じゃない、後ろに支えてくれる人がいる。その想いを胸に、ミキは物語りを続ける。
「わたしたちは、取り返しのつかないミスをしてしまった。誰もがそう思った、そのときでした」
その瞬間を思い出し、噛みしめるように。ミキは、しばし目を閉じる。
次に目を開けたときには、彼女の雰囲気は一変していた。
「こぼれたミルクを嘆いたって、しょうがない。また注げばいいんだから。踏まれた花は、また植えればいいんだって。わたしの友達が、そう言ってくれました」
ピンクの髪を、ミキとは逆向きにまとめたサイドテール。少女趣味で、夢見がちなお嬢様だった弓使いの彼女もまた、今は遠い世界の人。
少ない仲間…あるいは、たったひとりで。この瞬間にも、災いの種を打ち砕くため、戦い続けているのかもしれない。
「…では、いちいち全部の『災いの種』を追ったのですか?数の有利が無ければ、何もできない烏合の衆と思ってましたが」
道化の疑問に、ミキは胸を張って答えた。
「ええ。百万の勇者たちは、同じく百万の異世界へ。手分けして、ばらまかれた『災いの種』を破壊すべく旅立ったのです」
「なんとまあ、脳筋らしいというか。でもあなただけは、故郷へ帰ってきたのですね?」
敵前逃亡ですかと、道化が笑うと。
「落ちこぼれにだって、できることがあります。誰かが伝令役として、氷都市に事態を知らせる必要がありましたし」
そこでミキは、新参の冒険者たちに視線を向けて。
「
氷都市のみんなで新たな勇者を育て、増援として送り出せば。あまたの異世界に拡散した災いの種だって、いつか根絶できる。ミキはそう考えていた。
「勇者は、ひとりだけじゃない。あなたたち全員が、新たな勇者なんです」
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