第7話 世界樹宇宙仮説

「ワタシには、計画があったのです」


 永久凍結世界・バルハリアとは異なる世界…しかし、極めて近くに存在する「はじまりの地」。

 そこでの最終決戦において。いばら姫の「道化」は確かに一度、蒼の勇者たちの猛者に倒された。故に、彼の企みの全容も闇へと消えた。


「それも、多元宇宙をまたにかけた壮大な計画がね」


 ところが。彼が思わぬ形で舞台に再登場した今、自ら進んでその謎めいた計画を語ろうとしている。

 彼の正体が、女侍アリサの指摘通りにミキの記憶から作られた「複製クローン」かどうかは定かでないが。


「あなたは、邪魔者の目をそらすための囮として『いばら姫』を利用し。わたしたち蒼の民から、計画を隠し通したわけね」

「いかにも、その通り」


 ミキの問いかけに対する、道化の返答からは。今、自分こそが舞台の主役…そんな自負が強く感じられた。本来は、自己顕示欲が強い性格なのだろうか。


「そして、アナタがたが今更知ったところで。あまたの異世界を『剪定』する我々の計画は、もはや止められないでしょう」

「選定…?」

「ハサミで余分な枝葉を切る方の、剪定ですよ。故にワタシたちは、自らを『庭師ガーデナー』と名乗るのです」


 狂った庭師マッドガーデナー

 蒼の勇者側から見た場合の、道化の呼称だ。けれども、その名の由来は今までハッキリとしていなかった。


「アナタ方も、すでにご存知でしょうが」


 そこで道化は。両手を広げて天にかざすようにすると、空を見上げた。

 ローゼンブルク遺跡の上空には、激しい冬の嵐が吹き荒れている。そこにあるのは、灰色に曇った寒空だけ。

 いつも、こうなのだ。理由も原因も分からない。これでは、遺跡の上空を飛ぶなど自殺行為に等しい。

 だから、遺跡の中心部に向かうには。迷宮化した都市の廃墟を越えていくしかないのだが…。


 今、道化の意識はそこに無かった。ここからは見ることのできない、空のはるか上。星の世界に視線は注がれている。


「この広い宇宙には、無数の星々が輝くように。宇宙もまた、星の数ほど存在するのです。あまたの異世界、とも言い換えられますね」


 バルハリアと、はじまりの地。今ここにいる者たちは、少なくともふたつの世界を識っている。

 けれどもそれは、無数に存在する異世界のごく一部。


「わらわは、異世界トヨアシハラから。そしてレオニダスは、名も知らぬさらに遠き世界から。アウロラ様に助けられ、氷都市へ逃れてきたのじゃったな」


 寡黙なリーダーが、アリサに答えてうなずく。


「そして、異なる世界同士は完全に隔絶してはおらず、相互に影響を及ぼしあっているのです」


 これもまた、異世界を渡り歩く者には当然のこと。

 それを可能にするのが、夢の架け橋たる「オーロラの道」。


「最初から、はじまりの地だけに飽き足らず。他世界への侵略も目論んでいたか」

「少し、違いますね。侵略ではなく、剪定するのです」


 クワンダの鋭い視線にも、道化は不可思議な言葉で応じる。


「無数に存在する異世界…それらを結ぶ次元の回廊…全てをつなげると、どんな姿になると思います?」

「『世界樹』の伝説ですか?ハナビトの古い言い伝えで、宇宙は一本の大樹に支えられていると聞きました」


 ベルフラウの出身世界にも、そんな話があるのだろうか。


「そう。この多元宇宙そのものが、一本の樹なのです。故に…」


 不意に、道化の口元が歪む。


「宇宙全体の調和と繁栄のため、邪魔な『枝葉』は切り捨てるべきなのです」

「それがお前の言う『剪定』か」

「…なんて身勝手な」


 クワンダの問いに続いて、道化の意図を理解すると。ミキの顔色がおぞましいものを見たような表情に変わる。


 余分な枝を切り落とし、養分の行き先を立派に育てたい花や果実に集中させてやることは。園芸の基礎とも呼べる。

 だが、目の前の道化が考えている「ガーデニング」はスケールが違う。「枝」である世界を意図的に滅ぼし、多元宇宙の構造そのものを人為的に変化させようというのだ。


「そのための道具こそ、災いの種カラミティシード

「あなたが『枝葉』と決めつけた世界にも、多くの命が暮らしているのですよ!」


 はじまりの地で、蒼の民が体験した苦難の日々。理由はどうあれ、あんな悲劇を別の世界で、何度も繰り返させてはいけない。

 ミキは拳を強く握ると、道化に向かって叫んだ。


「あなたの企みは、あまたの異世界に拡散した災いの種を追って旅立った…わたしの仲間たち。百万の勇者ミリオンズブレイブが必ず打ち砕くわ」

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