第6話 蒼の勇者物語
「はじまりの地と、呼ばれる異世界がある」
ミキは、新参の冒険者たちの疑念を晴らすために語り始める。
冒険者たちの街、氷都市では英雄として知られる「蒼の勇者」。その彼らが犯した、最大のあやまちとは。
奇しくも、古代の円形劇場跡。その物語に登場する、彼女自身の宿敵が見守る前で。
いつも策を弄して人々を惑わし、蒼の勇者たちさえ欺いた「いばら姫の道化」。でも、もうその手はくわない。だから今語ろう、この物語を。
「呪われた秘宝、
ミキの声は朗々と響き、
その手慣れた語り口は、無骨な格闘家のイメージからはほど遠い。
「ミキちゃんは、もともと旅芸人だったんですよ」
何度か聞いたことがあるのか。迷宮の中で謎の敵と相対しているのに、ミキの語りが始まった途端。ベルフラウはリラックスした様子で、新参の冒険者たちに話しかけていた。
「ミキさん、勇者の一員だって聞いてたけど。踊り子とか旅芸人の方が本職なんですね」
冒険者のひとりが、意外そうに感想を漏らす。
「すべての因縁がはじまった場所は、今。希望のはじまった場所と呼ばれている」
ミキは、生粋の演者だった。幼い頃から旅芸人の一座に属し、ふたつの異世界をまたにかけて歩んだ道のり。
それが今、この場に確かな現実感をもって、表現されてゆく。
「千年以上に及ぶ、長い間。はじまりの地は、すべての生命の天敵・いばら姫の手中にあった。かつて、いばら姫に挑んだ者たちは…彼女の率いる不死身の軍勢に敗れ。歴史の闇へと、姿を消したのだ」
「ところが、不思議なことが起きたのですよ」
不意に、道化が口を開いた。ミキの語りに合いの手を入れたのだ。
彼もまた、歴史の生き証人。この話は彼自身の物語でもあるから。邪魔をしないところを見るに、道化もまた生粋の演者なのだろう。
敵同士であっても、風流を解することに変わりはないのか。
「不死身であるはずの、いばら姫の部下たちが。ある時を境に突然、各地で倒され始めた。旅人たちはこの知らせを携え、諸国を巡った」
「やがてワタシたちは、信じられないものを目にしました。それはあのとき、確かに全滅させたはずの『蒼の民』の生き残りだったんですから」
そこで、ミキがホルターネックの胸元に手を当てると。白い布地に、蒼く光る傷跡が浮き上がる。
「蒼の民は、いばら姫の操る不死の秘術を見破る瞳を持っていた。それ故に危険視され、徹底的に弾圧された。六人の大勇者が我が身を犠牲にして逃がした、最後の希望も行方知れずとなった」
「本当に、どこへ隠れたんでしょうねぇ」
困った様子で、悩むそぶりを見せる道化。
長年に渡る、因縁の相手なのに。ミキと道化の即興劇は、奇妙な一体感で見るものを納得させる。
彼らが同じ世界、同じ時代を生きた者同士なのだと。
「そう、希望は死ななかった」
眼前に手を差し伸べ、強く言い切るミキ。口調がナレーションのそれから、彼女自身の語りへと変わる。
「人知れず異界の女神・アウロラに助けられた蒼の民は、彼女の開いた『オーロラの道』を通って、わたしたちの世界バルハリアへ逃れたのです。そしてローザンヌ王国の首都、蒼薔薇の都ローゼンブルクで暮らしながら、力を蓄え子孫を増やしていきました」
「なんですって!?」
「このとき、わたしもこの街で生まれました。今はダンジョンですけどね」
道化はひっくり返らんばかりに、驚いた様子を見せる。
「あやつ、知らんのか?」
「だろうな。このローゼンブルク遺跡が、凍りつく前はその都だったことも含めてな」
刀に手をかけてはいるが。不意に始まった寸劇に緊張が解けた様子のアリサが、いぶかると。
クワンダの何気ない一言に、逆に道化がほんろうされる。
「この遺跡は、そんないわれがあったのですね」
「多くの困難を乗り越え、勢力を増した蒼の民は。再びはじまりの地へ渡り、決起の日に備えて各地で準備をはじめました。ふたつの世界では、時間の流れが違うため…すでに、数百年の月日が流れていましたけど」
道化の立場からすれば、はじめて聞く話だ。策を弄そうとして、逆に振り回されたか。
知ったところで、もう物語の結末は変えられないのだけど。
「冒険のお話は、いくらでも長く続けられるのですけど。今は要点だけを語りましょう」
ミキが告げると、聴衆の冒険者たちもうなずく。
「あとは、みなさんもご存知の通り。蒼の民はやがて『蒼の勇者』と呼ばれるようになり、悪の首魁・いばら姫を激戦の末に打倒します。けれども…」
そこで一度、言葉を切る。しばしの沈黙。
「ハッピーエンドで終わるはずだった勇者の物語は、このあと予想外の暗転に見舞れるのです」
「そうそう。何しろ、いばら姫の忠実なしもべのひとりと思われていた…このワタシこそが、真の黒幕だったのですから」
口元を笑みの形にしながら。道化は、胸を張って得意げに語り出した。
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