第15話 ブレイクアップ

「なんですか、あれは」


 道化の、驚きに見開かれた目。

 その時彼には…眼前の光景が信じられなかった。

 

 古めかしい、槍と盾持つ歩兵の大男と。

 緑の髪に、鈴のような紫の花をたくさん咲かせた小娘が。

 ちっぽけな人間のものとは思えない、爆発的なオーラを放っている。


 それは、炎のように燃え広がり。千変万化の色彩に輝き、戦場全てを覆い尽くさんばかりだ。

 心など持たぬはずの氷像たちさえ、何かに怯えるように見えた。


 地球では、このような気象現象を。

 オーロラ爆発、ブレイクアップと呼びます。

 冒険者たちにそう説明してくれたのは、他ならぬ女神アウロラ本人だ。


 彼女の名は、地球でのオーロラの由来にもなっている。

 …地球とバルハリアには、過去に何らかのつながりがあったのかもしれない。


「あやつ、驚いておるぞ」

「今だ…仕掛ける!」


 よそ見をしている暇は無いとばかりに、クワンダとアリサは駆け出した。


世界樹の知恵イグ・ドラシル!」


 その後ろでは、万年筆型の杖を握ったベルフラウが。

 彼女自身からあふれ出るオーロラの光を収束させ、光背のごとき世界樹の幻影へと変化させている。

 果たしてその知恵は、熟練の紋章士ヘラルディックたる彼女に何を与えるのか…?


 そのビジュアルは、同じく多元宇宙という名の大樹を剪定する者、庭師ガーデナーの目には…不遜なものと映ったのか。


「人形たち、あの小娘を取り押さえなさい」


 氷像の怪物アニメイテッドたちのうち、半数ほどがベルフラウへ殺到しようとするも。

 クワンダもアリサも、そちらには目もくれない。


「あなたたち。小娘を守らないのですか?」

「俺たちは、あの男を信じているからな」

「おぬしこそ、手勢を割いたことを悔いるがいい」


 そのままふたりは、猛然と道化へと躍りかかる。


「…!」


 乱舞する銀牙の槍と、呪炎帯びた鞘付きの妖刀。

 このふたりは、他と違う。道化もすぐにそれを察した。

 両手に園芸用ハサミを出現させ、それを短刀代わりにクワンダとアリサに応戦するも。勢いに押されて、防戦一方となる。

 道化を守るはずの氷像たちも、ふたりの猛攻に数の優位を活かせない。


 そして、ベルフラウに迫る氷像たちは。


幻火兵団フレイム・ファランクス!」


 いつの間にか展開していた、燃え盛る炎のごとき姿の兵士たちに押し返されていた。その数、9人。

 これもまた、レオニダスの身体よりあふれ出たオーロラが形を変えたもの。


 彼と同じく、槍と丸盾を構え。古代ローマ風の鎧兜に身を固めている。数こそ少ないが、兵士ひとりで氷像5体を相手取り。一歩も退かないほどの精強ぶりだ。


「我が兵団を率いるからには…ミキにも、ベルフラウにも、指一本触れさせはせん」


 見た目は熱そう…しかし実際には、熱を持たない幻影の兵士たちは。一斉に盾を構え槍ぶすまを作り、ふたりの乙女をきっちりガードする。

 暑苦しいが、頼りになる味方だ。


「何なんですか、あの力は!?」


 たかが人間の分際で、と道化が毒づけば。


「あれは、ひとりの力じゃない」


 お前には分かるまい、そんな表情でクワンダがつぶやく。


「俺たち冒険者と、巫女と、異界の勇者たちと…氷都の人々が。アウロラ様を介して結んだ、絆の力だ」


 天上に燃える炎のゆらめきは、人と人との絆の輝き。

 けれどもそれは、危うさもはらんでいる諸刃の剣。


「どうやら、災いの種カラミティシードとは対極の性質を持つようですね」


 災いの種は、人々の絶望より生じるもの。

 その意味では、オーロラブーストは正反対の力と言える。


「でしたら、あれだけの力…何かしらの代償か反動がつきものでしょう」


 現にあなたたちは、今まで切り札を温存していた。

 道化の勘が妙に鋭いのは、策士ゆえの洞察力か。


「小細工など、させはせぬよ」


 気づいたところで、対処などさせまいと。

 アリサが、妖刀を今まさに抜き放たんとする。


「アリサさん!わたしなら大丈夫です」


 ミキから、本気を出して構わないと応援の声が飛ぶ。

 アリサのそれもまた、代償と引き換えの力なのか。


「見えたのか?ミキ」


 クワンダが問うと。


「あと少しで、いけそうです!」


 両手には、見えない何かを握りしめ。懸命にその正体を見極めんとするミキ。


「まだまだやれるぞ!」


 レオニダスは、幻影の兵たちと守りを固め。氷像たちの攻撃を食い止めている。


 そして、ベルフラウは。

 周りの音も耳に入らないほど、深い集中に入っているのか。一心不乱に両手用の魔筆を振るい、虚空に複雑な光の軌跡を描いている。

 その全体像は…今まで見た、どの紋章陣よりも高度で難解だ。

 あの円や図形の組み合わせは、いったい何を意味するのか。


 彼女の切り札を成功させることが、今や冒険者たちの勝利条件と言ってもいい。

 そのためならば、多少の無理は…


 覚悟を決めたアリサは、ついに禁忌の力を解き放った。


「禁じ手・鬼抜きばつじゃっ!!」

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