第4話 蘇る悪夢

 胸元が熱い!


 道化の視線を感じた時から、ミキの身体には異変が起きていた。

 それは、まるで焼けた石を押し付けられたように。

 あるいは、肉食獣の気配を感じた草食動物が、とっさに身構えるような。


 ミキは、胸元が隠れる衣装を好んで着ている。

 あの時つけられた、×字の傷を気にしないで済むから。

 でも今は、何故かその傷跡が痛む。


(あの時…?)


 ふと、自問自答する。

 心の奥にしまい込んだ、記憶のかけら。

 

(この傷跡をつけたのは…)


 そこまで考えると、突然。

 胸元を破らんばかりの勢いで、蒼い光があふれ出した。


「…!」


 白いホルターネックの下から、蒼い光が×字に透けて浮かび上がる。

 傷跡そのものが光を発しているのだ。

 それと同時に、噴き上げるオーラに銀髪のサイドテールが激しく踊った。


「間違いありません!アナタですね」


 道化の顔色が変わった。顔全体を不気味な白塗りにした上、仮面をつけていても分かるくらいに。


「ミキ!その光は、蒼の民の…!」


 おそらくは、道化の尋常でない気配に呼応して目覚めた…その不思議な光。クワンダにも、見覚えがあるのだろうか。


「みなさん、気をつけて!」


 何かを思い出したのか、表情を険しくするミキ。


「かつて、わたしが旅芸人の一座にいたとき。仲間を遊び半分に惨殺し、わたしだけを戯れに生かし、胸に×字の傷をつけたのは…この男です」

「何じゃと!?」


 アリサからも、驚きの声があがった。


「ワタシは、なんて幸運なのでしょう。あの時、アナタの心に消えない傷をつけておいたおかげで…こんなところで復活できるなんて」

「復活だと?」


 いぶかしげに、道化をにらむレオニダス。


「ほら、ミキちゃんからお話聞いたでしょう。蒼の勇者様たちの英雄譚サーガ


 ベルフラウが助け舟を出すと。


「そうです。仲間の仇で、蒼の民の宿敵。異世界『はじまりの地』を滅亡の淵に追いやった『強欲なる者グリード』、『いばら姫』の最も忠実なしもべ。それがあの道化です!」


 ミキは道化を指差し、にらみつけた。


「でも、お話だと確か倒されたはずですわ」

「ええ、蒼の勇者たちの精鋭に倒されました。死の嵐が吹き荒れる最終決戦の中、その場にたどりつくだけで精一杯。力及ばず倒れていた、わたしの目の前で」

「懐かしいですねぇ」


 明らかにおどけた調子で、道化が語り出す。


「そう!あの時自分の手で、大切な仲間の仇を討てなかった。その心残りは、アナタの中でどれだけ否定しようとも…ずっとくすぶり続け。今、ワタシが復活する引き金トリガーとなったのですよ」


 その指摘に、思わずハッとなるミキ。


「まさか、ここにまだ『災いの種カラミティシード』が!?」

「…迂闊だったか!」

 

 しまった、という表情を浮かべるクワンダ。


「初めて探索する未踏の領域には、どんな罠が潜んでいるか分からない。それが『迷宮化』した遺跡の怖さだ」

「いえ、少し違います」

 

 物知り顔で答える道化。


「この遺跡には、災いの種の残滓が満ちています。普通ならすぐに霧散してしまうものですが…ここの特殊な環境が幸いしたんでしょうねぇ」


 そこまで語ると、口元を笑みの形に歪めて。


「アナタたちにとっては、まさに最悪の罠でしょう。踏み込んだ者の心を読み取り、その人が一番望まないであろう最悪の事態を、現実のものにする」


 熟練の冒険者でさえ、謎が多い「災いの種」について。ここまで詳細な知識を持っている相手は…「本物」に違いない。

 たちまち、ミキの顔に後悔の色が浮かんで。


「ワタシひとりが復活する程度なら、搾りかすで十分なのですよ。そのワタシでも、アナタたちが絶望するには…何十回分になるでしょうかねぇ?」


 とうとう、道化は下品な大声をあげ。腹を抱えて哄笑しだす。

 そのありさまは、まさに道化そのもの。

 同時に、とてつもない自信家であることがうかがえる。

 彼は今も、武器を構えた十数名の精鋭冒険者に囲まれているのだから。


「どうです、素晴らしいでしょう?多元宇宙に調和をもたらす、災いの種の力は」

「『狂った庭師マッドガーデナー』の言い分なんて…!」


 強く拳を固めると。ミキは道化に向かって走り出した。


「これがわたしの不始末なら…!」

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