勇者の落日編
第2話 凍土を征く者
凍結した路面を踏みしめる、スパイク靴の足音がザクザクと。
廃墟の街にこだまする。
あたりは、時が止まったような静けさに包まれていた。
ここは異世界、バルハリア。
最北端の大陸「バルハリア」にのみ、かろうじて人々が暮らしているので。
いつの間にか大陸の名が、世界そのものを指すようになった。
ここにはかつて…ローザンヌという王国が栄えていた。
南の豊かな大陸では、大国間の覇権争いが絶えなかったというが
北のローザンヌだけは、中立を守り平和を謳歌していた。
だからこそ、大国同士の全面戦争で文明が崩壊した後も、人類の希望であり続けた。
しかし、今。
王国の首都「ローゼンブルク」は、無人の廃墟と化している。
青薔薇の都と称された、華やかな都市は…
ある日突然、古代ローマのポンペイのように一夜にして滅びたのだ。
日本史で言えば弥生時代の頃に、古代ローマ帝国は上下水道や区画整理された都市を築くなど、高度な文明を誇っていた。
それでも、時速100kmで迫りくる火砕流の猛威には為す術が無かった。
では、ローゼンブルクが滅びた理由は何だったのか。
少なくとも、ポンペイとは違うようだ。
都市は不気味なまでに、当時そのままの姿で美しく「凍りついている」のだから。
それから数百年、もしかしたら千年以上かもしれない時が流れ。
現在では旧都、ローゼンブルク遺跡などと呼ばれて。
腕自慢の冒険者たちが、王国滅亡の謎に答えを求めて…
危険な罠が息を潜め、物言わぬ魔物がうろつく冒険の舞台となっていた。
視界に映る冒険者の数は、5人。
男2人に、女が3人。歳は20歳から、30代後半までバラバラだ。
「レオポルト隊との交信は?」
最年長と思わしき、筋骨隆々たる大男が前を見据えたまま、もうひとりの男に問う。大きくて真っ赤なトサカのついた兜は、古代ローマの重装歩兵を連想させる。
「ダメだ、応答が無い。紋章盤の反応も消えたままだ」
やや細身だが、精悍さを感じさせるキルト姿の男が。なぜ持ってるのか分からない翡翠色のタブレット端末に視線を落とし、すぐそれを肩掛けカバンにしまい込む。
ここは、現代の地球とは無縁なはずの異世界だが。細部に違いはあるものの、その
「そうか…」
大男の表情に、苦々しさがにじみ出る。
「レオニダスに、クワンダよ。彼らはやられたと見る他無いようじゃ」
古風な真白い肌の女性が、愛刀の鞘に手をかけつつ。
周囲に聞き耳を立てながら、呼びかける。その耳は、ウサギのそれを人の頭から生やしたようであり。左右別々に違う方向の音を探っている。
彼女の身を覆うのは、慎ましやかな胸元に巻かれた白いサラシと、緋袴のみ。
極寒の迷宮においては、明らかな違和感を感じさせる。
「今回の探索行に志願した方は、いずれ劣らぬ精鋭揃いと聞いてます。敵も一筋縄ではいかないみたいですね」
獣人の女侍に同意の言葉を返す、銀髪のポニーテール娘に至っては。
蒼い薔薇の飾りを髪に差し、
「アリサさん。『
最後のひとり、緑の髪の令嬢は…
エメラルドの瞳を輝かせて、花のように可憐な笑みを浮かべてみせる。
その髪には、紫の小さな花がところどころに咲き誇り。
花の妖精を思わせる彼女もまた、純白のドレスに緑の
「ベルフラウさん。ここでは、あなたがたの方が先輩です。わたしは『
その秘密は、ミキと呼ばれた銀髪娘の周囲から陽炎のように立ちのぼる…
半透明のオーラにあるようだった。
一行の頭上で極彩色の天幕へと転じて、まるで寒さから守るかのように。
それでいて、視界をさえぎることもないそれは、まさにオーロラだった。
何とも個性的で、独特な装いの面々。
冒険者といえば、もっと実用本位の地味なスタイルを想起する者も多いだろうが。彼らの装備は、その常識にあてはまらない。
それは何より、ここが地球とは異なる法則に支配された世界だからだろう。
5人の周囲に展開している、他の冒険者のチームを見ても。
めいめいに、個人の趣味を反映した装いなのが分かる。
そのうちのひとりは、必ず
服装の派手さは、中世ヨーロッパの傭兵にも通じるかもしれない。
だけど、当然。ここはコスプレパーティの会場などではない。
冒険者たちは今、未踏の領域を前にして極度の緊張にあった。
どのような罠が、そして魔物が待ち受けているか分からない。
すでに、仲間がやられているかもしれない。その事実は、冒険者たちをより一層慎重に、注意深くさせていく。
各チームが等間隔を維持し、お互いに死角をカバーしながら遺跡内を進み。
さきほどは場をなごませた、令嬢ベルフラウも。万年筆のような独特な形の杖を構えながら、リーダーのレオニダスとアイコンタクトを交わしている。
その時だった。
「ようこそ、勇者様!」
明らかに場違いな、ほがらかな声が響いた。
それは、かくれんぼ遊びで鬼をやっている子供が、隠れた相手を見つけたときのような。
もちろん、冒険者の誰かが冗談を言ったわけでもない。
「何奴じゃ、姿を見せよ!」
女侍、アリサが誰何の声をあげる。
「もちろんです。楽しいショーのはじまりですから!」
再び、響く声。しかしまだ、姿は見えない。
冒険者たちに緊張が走る。
中には、臨戦態勢をとるチームも出るほどだ。
「どうした、ミキ?」
背負った槍を引き抜き、身構えるキルトの男クワンダは。
銀髪娘ミキの微妙な変化に気づき、声をかける。
「おじさま。わたしこの声、どこかで聞いたような…でも思い出せない」
拳士の如く構えをとりながら、ミキは答える。
「みなさん、あそこです!」
「…来るか、怪物め!!」
ベルフラウがあげた悲鳴のような叫びに、レオニダスは彼女が示した一点をにらみつける。
その視線の先には…!
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