エピローグ

 それから、俺はスマートフォンの充電がなくなるまで夜通しずっとゲームをやっていた。バッテリーが切れてからはコンクリートに寝転がり、空を仰ぎ見た。星のことはよく分からないので、星座が浮かんでいたとしても分からなかった。

 明日からのことをぼんやりと考える。まずはジャージを返してもらわなくてはならないし、その後はミスコンへのエントリーを全力で手伝わなければならない。センパイが帰ってきたことについて口裏を合わせる必要もある。ひょっとしたら俺も取り調べを受けることになるかもしれない。警察からの帰りにスタバによってフラペチーノを奢ろう。是非ともスプラトゥーンで対戦がしたい。屋上は封鎖されてしまうだろうから、他の逃げ場所を探さなくてはならない。進級して、留年して三年生のままのセンパイと同じクラスになったら面白いだろう。同じ大学を志望するのもいいかもしれない。やらないといけないこと、やりたいこと、どうでもいいこと、それらをない交ぜにして考える。

 俺はセンパイを救えなかった。

 それでも、センパイは救われるべきだと思った。

 ならば時間をかけて、今度は救えるようになりたい。死にたくても、無力でも、今のところは、生きているのだから。

 そのうち、空が白み、太陽が昇ってきた。ゆっくりと、しかし着実に、夜を薄め、朝をもたらす。眩しい。なんという朝陽だろう。世界を焼き尽くす橙。これはちょっと、表現が過ぎるか。けれど、少しぐらいはいいだろう。そう、たとえば、死にゆく夜はその最期の力のように青い光芒を呼び寄せた、とか、なんとか。

 まぶしさで目がおかしくなりそうだったけれど、俺はその瞬間を見ていたかった。ボロボロのジャージをまとい、光の渦の中からセンパイが現れるのを。

「まあ、ざっとこんなもんよ。<ラングミュアの魔女>の名は伊達じゃない。――ちぇ、死に損なった」

 剣と魔法の世界という名前の一つの地獄を終え、大隣センパイは現実というもう一つの地獄へ戻ってきた。彼女は人生と言う名の地獄を生き、その終着点は死という地獄だ。

 大隣センパイの壮大な物語は幕を下ろし、朝の街はこれから目覚めていく。

 そしてまた、俺のぼんやりとした苦しみも晴れることなく、続いていくのだろう。死にたいという思いは、湧き出るのではなく染み出るようにして、ぽたりぽたりと、心をゆっくりと穿っていく。そしてその雫は枯れ果てることはない。少なくとも、気の持ちようをほんの少し変えたぐらいでは。

 けれど、死にたいことと、生きることとは、また別の話なのだ。

 俺はふと空腹を覚えた。思えば、昨日の昼以来、食事らしい食事は摂っていなかった。だから俺はセンパイに訊ねた。

「朝ごはん、食べに行きませんか。この時間だとマックか、やっぱり、吉野家ぐらいしか空いてないと思いますけど」

「うへえ。……あ、なか卯ならやってるんじゃない? うどん食べよう、うどん」

 今度はわたしが奢るよ、とセンパイは言った。そして目を細めて、空を見つめた。

 ゆっくりと昇りゆく太陽が全てを照らす。俺も、センパイも、例外なく。

 こんなに見事な朝焼けなのに、どうしてか、夕焼けのようだと思った。

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