10サイン会②~作者は予想外の人物でした~
店に入ると、整理券を配られた。店の奥に「彼に惚れた少女たちは彼に全てを捧げる」の作者である「現実(うつつ)とうひ」がいた。作者は本のカバーの作者紹介には写真を載せておらず、説明にも性別も年齢も不詳とされていた。
初めて見た作者に飯島蓮人は違和感を覚えた。あんなに男にとっては天国な世界だった前世と同じ内容を書いているのだから、てっきり、作者も男だと思っていた。それが、実際にサイン会のための机の前に座っているのは、女性だった。
年はどれくらいだろうか。おそらく、20代から30代くらいに見える。前髪が長く、目の上までかかっていて、見ているだけで、根暗そうに見える容姿である。髪は伸ばしているのか、肩にかかるほどの長さでそのままおろしている。
あんな根暗そうな容姿で、しかも女性であんなに男子が幸せな世界をかけるものだろうか。とにかく、話を聞いて、自分の前世とどのような関係があるのか直接聞けるチャンスである。
おとなしく、自分の順番が来るまで、飯島蓮人は持ってきたメモを見て、先生に質問する内容を確認しながら、サイン会の行列に並んでいた。
自分の前の人と作者とのやり取りを見ていると、どうやら、容姿そのままに性格もあまり明るくないようだ。おまけに社交性もなさそうだ。話しかけられても、おどおどと挙動不審で、質問にもしどろもどろな回答で、まるで回答を得ない。
そう思いながら、順番を待っていると、やっと飯島蓮人の順番が回ってきた。作者の隣に立っていた係りの人が名前と本を出してといってきたので、指示通りに名前と準備してきた本を取り出す。
「飯島蓮人です。この本にサインお願いします。」
事前に購入していた「彼に惚れた少女たちは彼に全てを捧げる」の第一巻を先生に渡す。彼女は何も言わずに自分の名前のサインと係員からもらったサイン会の当選者の名簿を見て、飯島蓮人の名前を書き込んでいく。
「あ、あのこの作品の結末って決まっているんですか。どうしても、結末が気になって……。」
サインを書いている間に飯島蓮人は質問を開始する。
「どんな感じなのかは大方決まっているのですが、なかなか執筆に力が入らないんですよ。この質問は他の人もしているのですが、本人が悩んでいるので、なかなか……。」
作者本人ではなく、隣にいる係りの人が代わりに答える。さらに質問を続けていく。
「じゃあ、俺はトラックにひかれて死なないんですか。それとも、そのままこのつまらない世界に転生することになっているんですか。どうしたら、前世に戻ることはできますか。」
矢継ぎ早に質問をしてしまった。つい、本人を目の前にして興奮してしまったようだ。まさか、主人公と自分を重ね合わせている人は今までいなかったのだろう。彼女も係りの人も驚きと困惑で顔を見合わせている。
「ええと……。どうして、転生するということを知っているのかな。まだ、誰にも教えていない情報なんだけど……。」
「そんなことはどっちでもいいんです。この後の展開はどうなっているのか、具体的に教えてもらえませんか。」
「おい、そんなに強く先生に詰めよるな、ただえさえ、先生は人前に出るのが苦手で、このサイン会も何とか説得してやっと開催できたんだぞ。」
「大丈夫です。すいません。詳しいことは話せません。」
「はい、次のかたはどうぞ、先生の前に来てください。」
サイン会の時間は、あっという間に終わってしまった。特にこれといった情報を得ることはできなかったが、うれしい収穫はあった。先生がサインを書いてくれた本に自分の名刺をはさんでくれたのだ。そこに携帯の番号とSNSの個人IDが記されていた。
さらにはいつの間に書いたのだろうか。
「詳しい話を聞きたいから、電話でもSNSでもいいから連絡をくれ。空いた時間を見つけてこちらから連絡する。」
個人的な話ができるということだ。さっそく家に帰って、連絡を入れておく。
サイン会が終わって、すぐに連絡が来ると思ったが、全然返事は来なかった。
返事が来たのは、すでに連絡を入れたことを忘れたころ、1年生の終わりの春休みのことであった。
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