3体育祭①~つまらないので、日陰で休むことにしました~

 体育祭当日となった。マスコット作りは滞りなく行われ、無事に赤い猫の地縛霊の妖怪は完成した。


 体育祭を開催するのにぴったりの雲一つない快晴だった。朝、登校してすぐに全校生徒は制服から体育着に着替えることになっていた。もちろん、更衣室を使うことが望ましいのだが、いつも通り、教室で着替える女子もいる。


 飯島蓮人はすでにこの光景に慣れてしまって、何も思わなくなっていた。他の男子同様、女子がいる教室で着替えをする。すでに、男子にパンツを見られようが、女子に見られようが気にしなくなっている。郷に入っては郷に従えという。着替えについては慣れてしまっていた。


「ねえ、この前言ってた学ランだけど、持ってきてくれた。」


「ああ、忘れずに持ってきたぞ。」


「ありがとう。体育祭が終わったらクリーニングして返すね。」


 

 学ランの貸し借りとはどういうことだろうか。飯島蓮人は初めて聞いたクラスメイトのやり取りに思わず突っかかってしまった。



「いったい、何の話をしているんだ。学ランの貸し借りのように聞こえるが。」


「なんだ、飯島、知らなかったのか。応援団の連中は学ランを着てやるんだよ。だから、女子は男子の学ランを貸すことになっている。」



「応援団って、チアみたいなものじゃないのか。」


「それもまた、二次元の理想そのものだよね。どうせ、女子がひらひらしたミニスカでパンツ見せながら、胸を揺らして応援するのを見たいだけでしょう。マジで、ここまでくると、飯島、お前キモすぎ。」



 女子に生ごみを見るような冷たい視線を受けてしまった。



「違うのか。わかった、今度ははずさない。学ランは素肌に着るんだよな。女子はさらしを巻いて、その上に着るんだよな。」


「はあ。」


 ため息までつかれてしまった。どういうことだろうか。


「バカ過ぎて言葉も出ないわね。華江、こんな男放っておいて、さっさと校庭に行きましょう。」


「死ね。」


 どうやら、教室で九条華江も着替えていたようだ。教室を出ていく際に殺気を込めた発言をされた。


「どんまい。」


 男子にあきれを含んだ励ましをされたが、全くうれしくなかった。


 



 校庭に全生徒が集まり、体育祭が始まった。長々とした開会式が終わり、いよいよ競技スタートである。改めて校庭全体を見渡す飯島蓮人だったが、すでに体育祭にかけるやる気はゼロに近い。


 競技は予定通り進められた。皆必死に自分のクラスや団を応援していたが、飯島蓮人は応援する気にならなかった。校庭の隅の日陰に座り込んだ。


「なんてつまらん体育祭だ。外だから、日差し強いし、暑いし、のどか湧くし、走るの実は苦手だし、応援団は学ラン来た男女がただ応援するだけだし……。」


 ぶつぶつと独り言をつぶやいていたが、その声は誰にも届くことはなかった。


 



 一人寂しく校庭の片隅の日陰でこっそり座り込んで休んでいると声をかけられた。


「こんなところに一人でいるなんてどうしたの。まあ、みんながみんな体育祭を楽しめるわけないか。」


 頭上から女性の声が聞こえたので、見上げると、飯島蓮人の担任だった。


「はあ。」


 一瞬、女子が自分を気遣って声をかけてくれたのかと期待したのが間違いだった。飯島蓮人の恋愛範囲にさすがに中年の女性は含まれていない。


「先生もこんなところで一休みですか。いやはや、若いっているのはいいですねえ。あんなにはつらつとこの快晴の下で動いている。私には無理ですねえ。年は取りたくないものです。」


 担任の次に現れたのは古典の教師だった。これまた定年目前のおじいさん先生である。ここは、老人のたまり場か何かなのだろうか。


「おや。飯島君もいたのですね。若い子がこんなところで一人とは珍しい。まあ、私も君の担任も別に自分のクラスの応援に行かずにこうして休んでいても文句は言わないから、思う存分ここで休憩していても構わないよ。」



 二人は、どっかりと地面に腰を下ろして、飯島蓮人を無視して世間話を始めてしまった。突然のことで飯島蓮人は混乱した。しかし、校庭で体育祭を盛り上がっているあの集団の中には戻りたくないので、仕方なく、二人の会話に耳を傾けつつ、校庭をぼおっと眺めていた。


 

 飯島蓮人が出る種目は、50m走のみであり、それ以外は自分のクラスの応援をすることになっていた。部活では、写真部なので、体育祭の生徒の写真を撮るように言われていたが、無視することにした。


 50m走は開会式後すぐに行われたため、飯島蓮人は応援しかすることがなかった。


 


 二人の会話が子守歌のように聞こえてきたので、飯島蓮人はそのまま寝てしまった。はっと目が覚めた時にはすでに午前の競技は全て終了していた。そして、二人の先生の姿はなかった。


 慌てて時計を見ると、12時を回っていた。校庭には教室で弁当を食べるために移動している生徒たちの集団がいた。


 飯島蓮人も流れに乗って、教室に戻ることにした。


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