8海に行きました~彼女はヤンデレでしょうか~
「話って何かな。」
飯島蓮人と八代さくらは人気のない砂浜を歩きながら話をしていた。八代さくらが前を歩き、その後ろに飯島蓮人がついて歩いていた。八代さくらは飯島蓮人の方を向いて後ろ向きに歩いていた。
「飯島君は、前世とか転生とか信じる方かしら。」
やはり、八代さくらはモモカに違いない。前世とか転生なんて言葉を使うのは、中二病を患っているか、転生したことのある本人しか言わない言葉である。八代さくらはどう考えても後者だった。しかし、その言葉を発した彼女の顔はどこか浮かない顔をしていた。
「飯島君を電車で見かけるようになってから、何度も夢を見るようになったの。自分には好きな男の子がいるけれど、その男の子は女子からモテモテで、だからこそ、彼をみんなで共有しようということになった。」
「それは俺のこと………。」
「それが夢ならいいんだけど、夜だけでなく、昼間にもその夢がよみがえってくるようになった。夢のはずなのに、妙にリアルにまるで実際に体験してきたかのような感覚に陥った。」
自分の話なのに、妙に疲れた表情で、八代さくらは一度ため息をつく。
「それからというもの、夢で体験した出来事と、今の自分を常に比較している自分がいる。これはどういうことかずっと考えていた。」
「だから、それは夢ではなくて、現実にあった……。」
何度も八代さくらの会話に割り込もうとしたのだが、ことごとく無視された。まるで、飯島蓮人がいないかのように一人で話を続ける。
「このなんとも言えないもやもやした気持ちに終止符を打ったのが、飯島君の存在だった。あなたと目が遭った瞬間に全てを思い出した。私は前世であなたに会っている。そして、飯島君こそが私が前世で好きだった人物、ユウトだということに気が付いた。」
本当に彼女はモモカだったようだ。ということは、彼女とこの世界でもう一度付き合うことは可能ということか。運命の再会を果たし、再び恋に落ちる。
なんてロマンティックで素晴らしい。飯島蓮人はうれしくて舞い踊りそうだった。その話をしてくれた八代さくらも同じ思いだろうと、彼女の顔をうかがうと、なぜか今度は怒り心頭な表情で飯島蓮人を睨んでいた。
「思い出した私は実感しました。この世界はなんてすばらしい世界だと。そして、前世の世界はなんて嫌な世界だったのだろうかと。」
飯島蓮人をしっかりと見つめて、さらに八代さくらは言いはなつ。
「こんなくそみたいな男のどこが良かったのかわかりません。今も、私がよもやいまだにモモカのように好意を抱いていると思い込んでいる。」
そして、八代さくらは飯島蓮人が予想もしなかった行動に出た。長袖のラッシュガードのポケットから何かを取り出して、飯島蓮人に向けた。
それは銀色に光り輝く一本のナイフだった。
「本当は今ここで殺してやりたいけれど、そんなことをしたら、私が犯罪者となってしまう。そんなことになったら、せっかくの人生が台無しになる。」
ごくり飯島蓮人は息をのむ。
「だからこそ、今はこれだけで我慢することにします。」
突然、八代さくらは顔と顔が触れ合うという距離にまで近づいてきた。チクリと痛みが頬に走った。指で触ると、ぬるっとした感触がした。指先には赤い液体がこびりつく。
「ななななっ。」
突然の凶行に声も出せずにいた飯島蓮人だった。八代さくらはすぐに飯島蓮人から離れた。ナイフについた血を見て、うっすらとほほ笑む。微笑みながら、血が付いたナイフを海水で洗い流していた。
「ということで、今後、私に近づかないでくれるかしら。近づいたら、こんなものでは済まないことを覚えておいた方がいい。」
飯島蓮人のことを振り返ることなく、ナイフをポケットにしまい、八代さくらはその場を離れていった。ラッシュガードを羽織ってい入るが、丈は長くなかったので、形のよいお尻が揺れながら去っていくのが見えた。
「お前も俺のことが嫌いなのかよ……。」
自分の頬を押さえながら、弱弱しくつぶやく飯島蓮人の言葉は波の音にかき消えてしまった。
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