第16話 任務決行!
「でも、私は戦いをなるべく避けた交渉が良かった。だって…」
忍と隼人の部下が戦うという一大事になると、隼人は辛い思いをすると思うから。だから、それは避けたかった。
「……まあ、血の色で染めない程度に懲らしめましょう、葉月さま」
私は隣りで座っている如月に並んで座った。すると、如月が私の肩に腕を回して優しく掴んだ。
「…葉月、心配すんな。お前も、百地も強いんだから、すぐに仕事は終わるよ」
「如月も強いよ」
「はは、ありがとうな。俺は強くないよ。でも、お前のために精一杯頑張るから」
如月の顔を見て、声を聞くと、自分も頑張れるような、そんな力を与えられている。
「……うん。私も頑張る」
如月は大きく頷いて、片をポンッと叩いた。
「…葉月さま、風が止みました。行きましょう」
私は先頭に立って、屋根の上から足を踏み出した。
今夜は静かだなと思った矢先、屋敷が妙にざわついていた。耳元に届く声は小さい。まるで、私には聞かれては困る様子で。
寝床から立ち上がり、そっと庭へと続く障子を開く。
小さな隙間から辺りを覗いてみるが、外に変った様子は映らなかった。
障子を開いても、その隙間から入って来る月の光もなく、部屋は暗いまま。
「……何もないといいな」
隼人は胸に手を当て、寝床に戻ろうと障子に手をかけたとき、何かがそれを阻んだ。
隼人は既に障子に背を向けている。隙間から映る影もない。
「待たせたな、隼人」
それは、彼が初めて会ってからずっと待ち続けていた声だった。
その声に安堵した束の間、男たちの声が轟くように屋敷中に響き渡った。
「‼」
「…ああ、もう気づかれてしまったわね」
隼人は葉月の腕を引張って、
「私の部下がやって来る。早く、隠れて!」
と告げたが、葉月は驚きそして、笑った。
「…隠れてたら、貴方を助けられないじゃない。しばらくして、貴方を連れ出す忍がやって来るから彼に従ってね」
じゃあ、と彼女は私に背を向けて、空へ舞い上がった。
屋根に上ると、以前よりも多くの家来たちがいた。
それに驚いている葉月に、男は言った。
「嬢ちゃん…いや、暗殺者め・・・っ、今回は逃がさねぇぞ」
男たちが手にしている鋭い武器が音を立てる。
「…私のほうだって、ぬかりはないさ。協力者もいるからね。…ほぅら、後ろから――」
葉月が男たちの後ろに指をさすと、物凄い勢いでこちらに向かってくる気配があった。
「……大人しく嫡男を渡せば、私たちは何もあんたたちにはしないよ?」
ふふ、と葉月は小さく笑う。
「俺たちを馬鹿にするのも程々にしねぇと、あとで痛い目に遭うぞ!」
「それは、こっちのセリフだよ」
葉月は大きく空へ跳躍した。その直後、葉月が立っていたところを境目に屋敷が切断されていた。
その衝撃に巻き込まれた男たちは四方八方に散る。
「…流石だな。やはり百地さんは最強だね」
攻撃をし終えた百地が私の元へ近づく。彼は微笑みながらこう言った。
「いえいえ、そんなことはありません。しかしながら、葉月さまのご命令とあらば全力で戦いましょう」
「…でも、百地さん。あまり、この屋敷の方たちを傷つけないで」
「……できるでしょうか…やはり実際に戦ってしまうと、私は限度を忘れてしまうようです」
隼人の直属の家来である男たちの前に、計り知れない力の人間が立ちはだかっていた。
葉月と百地が応戦している最中、もう一つの影が私の部屋に現れた。
「……いるか?」
障子の外からの声に私は小さな声で頷いた。障子が開かれると、自分の弟よりも若い青年と目が合った。
「――俺は如月。葉月の供として、お前を助けに来た」
「…葉月って――あの娘の名前かい?」
如月は隼人の問いを聞きながら、外へ出るための準備をし始めた。
「……なんだ、お前、あいつの名前知らなかったのか? まあ、名前というより仮名みたいなもんさ」
「じゃあ、君にもあの娘にも、本当の名前があるってことかい?」
如月はその問いに答えるよりも先に、隼人の体を抱え上げた。
「よいっしょ…お前、俺の片腕から暴れるなよ」
「ちょ、ちょっと待って! 君よりも大きい私の体を、片腕だけで抱えるなんて…」
「心配か? まあ、案ずるな。これでも凶忍の末席に連なる者だから、安心しろ」
「きょうにん…?」
隼人は小さな声で呟いた。きょうにん、とはいったい何だろうか。自分がこれから忍の世界に連れていかれると思うと、焦燥感といおうか緊張感といおうか、もうここには戻ってこないかもしれないという恐怖感がある。
「お前、名は?」
如月の問いにハッとして、隼人だと答える。
「では隼人、ちゃんと俺に捕まってろ」
そう如月は告げると、自分を抱えたまま障子を開けて外に出て、辺りの様子を見回して追手が来ないか確かめた後、空高くへ跳躍した。
「……ほう、葉月と百地、派手にやってんなあ。これじゃあ、俺たちを追う隙もないぜ」
すると青年は私に問うように言った。
「…お前の家、しかと見届けろよ。この場所にいつ戻れるか分からねぇからよ」
だから私は、激しい争いを繰り広げる自分が育った屋敷をじっと見つめた。そして、彼に一つ尋ねてみた。
「私をあの屋敷から連れ出すようにと命じたのは、我が弟だろう?」
少しの間があり、彼は答えた。
「…それは改めて葉月に訊け。俺はただの助っ人だ」
とはぐらかされてしまった。
もう我が家は見えない。けれども、東の空から太陽が昇り始めるのが見えた。
これからの自分の人生を、忍である少女に預けることにした。あのとき、檻から自分を救い出してやろうかと問われて。
もうこんな身体では、死ぬまで寝たっきりだという覚悟をすでにしていたというのに、彼女の言葉に手を伸ばしてしまった。
でも、後悔はない――
隼人は瞼を閉じた。
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