第15話 凶忍『如月』

 自分の能力に気づいたのは、自分がまだ見習いだったときだった。見習いの忍は、引退した忍つまり師匠のもとで厳しく育てられる。山や川を駆け抜け、戦いの練習や術を教わる。一人の指導のもと何十人もの見習いが教わる中、集団生活で欠かせないものは、人と人のやり取りだった。俺はそれが苦手だった。それも、同性とやり取りをするのが。動物や植物と話す俺を馬鹿にするものが現れて隔離させられたからだ。嫌がらせを受けていた初めは、この能力のことは知らず、ただひらすら耐えていた。これも、乗り越えなければならない試練の一つだと、無理やり思い込んで。

 しばらくして、俺への嫌がらせを知った師匠が教えてくれたのだ。

 「…それは、異能というものだ。凡人にはない才能だ」

 俺は、師匠がなぜそんなことを知っているんですか、と尋ねた。すると、師匠は答えた。お前が私のもとで指導を受ける前、お前のご家族から聞いた、のだと。そのとき、俺は複雑な気持ちが溢れて来た。

 この異能を才能と言ってくれた師匠のもとで、一生懸命努力を積み重ねた俺にある知らせがとんできた。

 「…長から命が下った。お前を『如月』に命ずる、とな」

 そして師匠は続けて言った。

 「心配することないぞ。お前は…もうその力を自由に使える」



 師匠のおかげで俺の異能、心を読み取る力を自分で自由自在に操ることできるようになった。この力をどこで使うのか今までよく分からなかった。しかし、まさかこの場で使うことになろうとは。

 それは、三日前のこと。

 「はあぁ⁉ 俺のこの異能で相手の思惑を読み取れって⁉」

 「はい、そうです。如月さん。これは、貴方しかできないことです」

 百地丹波が自分の異能について知っていたことに驚いたが、まさか、その能力を使えと頼まれるとは思いもしなかった。

 この交渉は忍として賭けであるから、口先だけで事を運ばせようとする相手の本心を見破らなければならない。そのときに、俺の力は有用なものになる。

 なるほど。忍の仕事において、俺の力はこういうときに役立つものなのか。

 「……あいつのために、なるのか」

 「私も、葉月さまのことを第一に考えております」

 こいつが葉月のことを分かったように話す態度が癪に障るが、葉月のためにという思いは同じだ。だから、俺はこの力を使う決心をしたのだった。



 異能、発動――

 百地の後ろで精神を最高度に研ぎ澄ませ、特に朱雀聖也に脳力を集中させた。

 「…ではまず、貴方が我々の長に依頼した件の内容は、全て受けられません」

 「……っ! なんじゃとっ…、引き受けたからには、全てやってもらなければ…っ!」

 百地の言葉に側近が立ち上がって怒りを表した。

 「そのことにつきましては、申し訳なく思います。しかし……、ご本人はその方がよろしいかと」

 百地は聖也に目を向ける。

 「私に…? どういうことだ」

 「…おや? 分からぬご様子ですね。それは…故意でしょうか?」

 百地の言葉で聖也の心が揺れた。俺の能力は、人の感情を読み取る。その感情が波のように俺へ伝わってくる。今のこれは、動揺だろうか。

 「……………」

 百地の問いに聖也は応えない。それに、家来たちも困っているようだ。すると、聖也だけでなく、彼の臣下たちも心が揺らぎ、波になって俺のもとへ届く。これらは、不安の感情だ。

 さすが、百地丹波。発した言葉で人の心を操る巧みさは、舌を巻くを超えて、恐ろしい。

 「……だんまりですか?」

 「……………」

 聖也は顔を下に向けたまま、少しも動かない。心配した臣下が傍によって声をかけると、聖也ははっとしたように顔を上げた。

 「……お前たちは部屋から去れ」

 「それはいけません。忍相手に聖也さまをお一人にするなど」

 「私は大丈夫だ」

 臣下は口を揃えて、聖也に反論し始めた。すると、百地はやれやれといった様子で、ため息を吐き、聖也に助け船を出そうと口を開けた瞬間。

 「黙れ、お前ら。私は大丈夫だと言っている! 早く、去れ!」

 聖也の一喝により、部屋が静まる。もちろん、怒りの感情を伴ったとてつもなく大きな波が俺を襲った。

 「…うえっ」

 後ろに倒れた俺に百地が声をかける。

 「如月さん、大丈夫ですか⁉」

 「…うー、ん…大、丈―夫」

 片手を上げて合図を送る。それに、百地はほっとしたようだ。俺は上半身を起き上がらせた。すると、朱雀家の臣下は既に聖也の後ろから去っていた。

 俺は途切れてしまった異能を、再び発動させた。

 「…臣下を下がらせるとは…、やはり、解っておいでですね」

 「――ああ。すまない、下手な演技をして」

 「いえいえ、構いませんよ。お宅の臣下が目に入らないので、恙なく話せます」

 笑顔で答える百地丹波。やはり、こういった意味でも恐ろしいやつだ。

 「……そちらの社長には、『兄を殺して欲しい』と依頼した。…しかし、私は…本当は…」

 聖也は固唾を飲んだ。俺らは本人の本心からの依頼を聞くために、じっと待った。

 「……本当は…兄を殺して欲しくない! でも、そんな方法以外で、私が後継者になるなど…」

 百地は聖也の答えに小さく息を吐き、そして告げた。

 「…私の思った通りですね、聖也さま。……ですから、私の頭である葉月さまは貴方に文を出したのです」

 聖也ははっと顔を上げた。

 「どういう…意味、だ?」

 百地は小さく笑い、そして聖也に告げた。葉月から預かった言葉を。



 「…葉月さま、お忘れ物はございませんか?」

 「えっと…うん、おそらく大丈夫のはず」

 戦うための道具、もし怪我をしたときのための応急処置用具など全て、体に括り付けた。

 今夜は、運命の日。今まで、準備してきたものを成すとき。

 「…今夜は新月ですか。良い日になりましたね」

 私と百地は部屋の窓から出て屋根の上へ移動した。心臓が激しく拍動している。少し、苦しい。

 冷たい風が私の頬に触れ、百地の長い髪を揺らす。

 「…待たせた、葉月…百地」

 「ううん、大丈夫」

 「大丈夫ですよ、如月さん」

 如月は立っている私の隣に座った。そのとき、なぜか、私は緊張が少し解けた感じがした。信頼している友がいると、安心するからかもしれない。

 「…如月、この間はありがとう」

 葉月が何のことで礼を述べているのか察した如月は、構わないと返答した。

 「……今夜は雲一つないな」

 「そうですね。新月であるに加えて…」

 如月は夜空を見上げ、ああ確かに新月だな、と呟いていた。

 しばらくの沈黙のあと、百地が口を開いた。

 「…少し残念でしたね。戦うなど」

 百地は私たちに背を向け、街を見渡している。

 「仕方ねぇよ。俺らは忍なんだからさ。仕事を引き受けるのが、忍だ」

 私は二人が朱雀家の次男、聖也と交渉へ行く前、百地に言葉を伝えた。

 隼人を殺さずにこちらの医療室へ速やかに移動させたいため、隼人の部下をそちらで納得させて欲しい、と。

 ところが、百地の告げた私の言葉に対する返答はこうだった。

 「…兄の部下を黙らせることは、こちらでも難しい。私の言うことは聞かないだろう。力ずくで奪うしかない」

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