第13話 依頼人
……せ、……ませ…。
…のお…よ。
誰かが自分を呼んでいるのだろうか。助けを乞うているのだろうか。もしそうなら、私がそのもとへ。
「………い…く」
ゆっくり瞼を開くと、仄かな温かい光が映った。
「目を覚められましたか。葉月さま」
声が聞こえたほうに顔を向かせると、そこには男がいた。視線を顔のほうへ上に向ける。
「……丹…波さ、ん?」
名を呼ぶと、彼は頷いた。そして、彼は私に顔を近づけ尋ねた。
「…お体の調子はいかがですか?」
私は左手を自分の胸に当てて深呼吸した。
「……大丈夫、そうです。あの、私はなぜ…」
確か、私は長に呼ばれ、この屋敷に来て話をした、はずだった。
「心配なさらないで下さい。…私がおりますから」
「?」
ぽかんと顔を傾げた私に、彼は小さく笑った。
「…貴女さまに申し上げなければいけないことが、たくさんあるのです」
このまま横になっていていいですから、と付け加えて、言い続けた。
「まず、貴女さまの件については許可が出ました」
「――本当ですか!」
私は驚き、いやそれ以上に嬉しかった。これで救うことができる、あの人を。
「しかし、条件がございます」
「……条件ですか?」
すると、丹波は深呼吸をして、私の目を見つめて言った。
「……私が貴女さまのお傍で働かせていただきます」
「――――?」
「これからご一緒に任務に励みましょう」
にっこり笑う彼はその場で私に頭を下げた。
「えぇぇえぇぇ~!」
「…ということだ。如月」
「…なるほど……ってわけあるかっ!」
如月のツッコミが自室に響く。
「な、なんで…こんな、その…恐ろしい…」
如月は私の後ろに目を逸らした。そこには百地丹波がいる。
「長の命令であるから仕方がない、といえばそうなるけれど」
「理由になってない!」
私は目の前に座る如月に近づいて言った。
「…如月、解ってくれ。お願いだ、お前なら…」
「ぐっ……」
「…朱雀家の件については、お前の力が必要なんだ」
「……え? そこ?」
私は如月の手を掴み、必死に頼んだ。
「…私と丹波さんだけでは力不足だから。ね、お願い。如月」
「わわわ分かった。協力、するからっ! そ、その…っ」
「なんだ? その代わりと言うならば、何でもしよう」
私ばかりお願いをしていてはいけない。如月の要望に応える義務が私にはある。
しかし、口をごもらす如月。頼みにくい要望なのだろうか。
如月の様子に困惑している私に後ろから声をかけられた。
「…葉月さま。彼のお手を放して頂きたいのですが」
「ん? あ、これか」
するとすぐに、如月は深呼吸をして、落ち着きを取り戻したようだった。
「…んで、俺は何をすればいいんだ」
如月がそう尋ねると、丹波がそれに答えた。
「では、私から今回の策をお伝えしましょう」
「…聖也さま。文が届いておりました」
家人から差出人の名も書かれていない文を受け取る。文を閉じている紐を解き、書かれていることをさらっと目を通した。
「こ、これは……」
「いかがなされましたか?」
文を届けてくれた彼に言われ、その文を持っている自分の手が震えていることに気づく。一度、文から目を逸らし、彼に命じた。
「…今から、人を集めよ」
「は、はい。承知致しました」
文に視線を戻す。道理で、差出人の名が記されていないわけだ。
「……忍というのは、ご丁寧な方なんだな」
すると、先ほどの家人が自分のもとへ戻って来た。
「お待たせしました。聖也さまのお部屋で皆が待っております」
「分かった。では、参ろう」
自室の襖を開けるとざっと十数名が腰を下ろし頭を下げていた。ここにいる全ての家人は自分を支持する部下である。
朱雀家の跡継ぎを決めるため、この家に忠誠を誓う者の中で、亀裂が生じた。兄である隼人、それとも弟である私を支持する者に。現当主の父は兄に継いでもらいと思っているらしいが、それでは、この家が潰れる。いや、家だけではない。当主として責任を無理やり負わされ、病弱な兄も。
しかし、兄が生きていれば、必ずその責任を負わせられる。なら、兄がいなくなれば、その責任は自分に回ってくる。だから、忍と呼ばれる暗殺組織に兄を殺すように依頼した。だが、忍は兄の支持者に全滅され、私の計画は失敗した。その当時、兄は十六、私は十三。兄が二十になった年に、後継者から正式な当主へと任ぜられる。だから、あと四年、それまでに兄を蝕む病が、彼を呑み込んでくれれば、再び私にその機会がくると思ったが、現実、それも外れた。兄はあの狭い部屋の中でまだ生きている。二十になる年、つまり新しい年が始まる前に、手を打たなければ。そして、もう一度、あの組織に依頼した。初めは断られたが、必死に懇願し、どうにか承諾してくれた。
私は自分の席に座り、口を開いた。
「今回の件を担当する者から文が届いた」
すると、部下たちはどよめき始めた。今回の件とは、察しの通り、兄を殺す計画だ。
「…後日、私と直に話し合いたいという内容だった」
「―――‼」
部下たちの反応が、驚きに変わった。
「いけません、聖也さま! 忍を相手に話し合うなど…」
「しかし、忍が公の場に現れていいものなのでしょうか…」
「話し合いなど不要です、聖也さま…」
次々と発言をする部下たちを私は制した。
「……お前たちが何を言おうと、話し合いはする。あちらから話し合いたいなど、珍しいからな」
そう。忍という組織から何かを求めるのは滅多にないのだ。彼らは、頼んだこちらの依頼のまま、仕事を遂行する。だから、話し合いをするということは、こちらの依頼にそのまま受け入れられないという意思表示であるのだ。
「今日、あちらに返事を出し、翌日、あちらからこの詳細の文が届く。そのとき、私に数名付き添ってくれ」
だが、忍が話し合いのために、私たちを招く場所などいったいどこにあるのだろうか。
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