第9話 幹部十二忍会

 「……ところでさ、お前、長に書類出さなくていいの?」

 「…本当は今日提出して交渉したかったけれど、こんな忙しいと……」

 部屋に戻った私は、如月に粗茶を出して台所にいた。その一方、如月は部屋のベランダで外を眺めていた。

 台所とベランダは、少し距離があった。会話も、所々途切れて聞こえた。

 「え? なんだって?」

 如月が葉月に大声で尋ねる。

 すると、台所で用を済ませた葉月が、ベランダに近づき、如月の隣に立った。

 「如月、うるさい。大声を出すな」

 「知るか。仕方ねぇだろ」

 ぷい、と如月は顔を逸らした。私はため息をついて、ベランダの先の景色を眺めた。こういうふうに、ゆっくりとベランダで外の景色を眺めることができなかった。あまりの仕事の忙しさに。ここから見える景色は、意外と賑やかだった。この寮を含む屋敷が街中にあるために、窓の外から見えるのは、たくさんの家と、それよりも多くて、動く人。以前、如月の妹である華と一緒にこの街を歩いたが、その華やかさ賑やかさに動揺してしまった。

 「…ここは少し離れているから、落ち着くな。心地いい」

 私の呟きに、如月は耳を止めた。

 「……朱雀家のこともあって大変だが、今は休めよ」

 「――ああ。休ませてもうらうよ」

 私は目を閉じる。すると、どこからから多くの音が一つ一つ美しく奏でていた。

 しばらく、目を閉じたまま立っていると、左側から優しく力が添えられた。そして、自分の身体と何かが当たる。

 「……?」

 力が添えられている左側を見ると、自分の腕を掴む手があった。そのまま目線を右にずらし、上を向く。

 如月の顔がある。それはそうだ。私は、彼の隣に立ったのだから。そして、横を見た。

 「―――!」

 私の身体は如月の身体と触れていて、私の身体にまわした腕は如月の腕だった。

 「…あ、…ああ!」

 如月の顔を再び見る。しかし、彼は自分の顔を合わせずに、反対のほうを見ていた。

 「き、如月…っ、…これは何だ…っ、…やめろ!」

 頭の中が混乱し、自分が何を言っているのかも分からないぐらい、動揺していた。身体も、顔も熱い。

 「お…おい、やめろ! やめろ…!」

 精一杯、力を振り絞り、如月の腕から逃れる。予想以上に、自分は疲れていることに気がついた。それは、肉体的にも精神的にも。

 「…はあ、はあ。如月、お前、何やってるんだ…!」

 如月の腕を掴み、顔をこちらに向けさせた。

 「―――!」

 如月の顔は、驚く以上に真っ赤だった。

 「おい、大丈夫か? 如月」

 声をかけるが、如月は意識が朦朧としていた。

 「おい! 如月…!  私の声、聞こえるか」

 「……あ、ああ……」

 「ったく、手が焼けるやつだな」

 葉月は如月を部屋に戻し、自分の寝床に彼を寝かせた。そして、水で濡らした手ぬぐいを、彼の額にのせる。

 「…ふう。疲れた」

 自分より一回り大きい身体の男を運ぶのは、相当の体力を消耗した。私は寝ている如月の傍に座った。今の時刻を確かめる。

 幹部会が開かれるまで、あと一時間。



 「――ねェ、アイツが来てるってホントォ~?」

 「ああ。長が我らを集めたのは、アイツを紹介するためらしい」

 「…紹介って、ナニを? 紹介することなんてないじゃん。ねェ~、葉月ちゃん?」

 隣の席の女忍に話を振られる。彼女は、十二忍の一人『神無月』である。彼女は、人から避けられる私に構わず、気さくに声をかけてくれる。彼女と何気に話しているときも、彼女の隣にいるのは気分が悪くなかった。

 「神無姐さん。でも、私、結構楽しみ」

 私は、彼女に親しみを込めて『神無姐さん』と呼んでいる。

 「マジで⁉ あ、そっかぁ~。葉月ちゃんは初めてだよね、アイツの顔を見るの」

 大きく開いた口から覗く彼女の犬歯が、不気味に輝く。

 「…アイツはヤバいんだよねェ~。だから、アタシはアイツのこと気にくわない」

 幹部たちが集まるこの部屋に今、私を入れて四人。如月を除いて、あと七人。

 「百地丹波っていう人は、そんなに酷い人なの?」

 私は神無姐さんに尋ねた。

 「…う~ん。話したことはないけど、傍から見て、アイツは性格悪いと思う」

 「えっ! 姐さん、話したことないの⁉」

 てっきり、彼女は百地丹波と何かで関わったことがあると思っていた。

 姐さんの腰より長い髪が揺れる。

 「うん。話す気にも起きねェよ。アイツは、腹黒いだろうなァ。本性を隠しているさ、巧妙にねェ」

 「……へぇ~! さすが姐さん! そんなこと分かるんだね。でも、今の話聞いたら、如月の言っていたことが分かった気がする」

 会ってみたいという私に対し、如月は嫌そうで辛そうな顔をしていた。

 「ほう、如月ちゃんがねェ。…まあ、アタシが言うよりも、あのコのほうが当たっていると思うよォ~」

 「…え? それは…」

 どういうことか、と彼女に尋ねようとしたとき、ある一声が、その場を静ませた。

 「これより、臨時幹部十二忍会を開く!」

 話に夢中で、既に幹部が全員揃ったことに気づかなかった。

 「吉忍『弥生』、凶忍『師走』は任務のため欠。凶忍『如月』は体調不良のため欠」

 長の側近の一人が、指揮をとった。

 「でさァ~。アイツを紹介するためだけに、アタシたちを呼んだのォ~?」

 会議が開かれても、相変わらず自我を通す神無姐さんは、身分が上の側近に問いかける。

 「そうだ。そのことは、もう伝えているだろ、神無月。いちいち、口を挟むな」

 側近が神無月を咎めた。それに、姐さんは舌打ちをする。

 「なぜ、今頃、彼をこの場に?」

 十二忍の一人が側近に尋ねた。彼は、吉忍の『文月』。

 「それを今から話す。長の言葉を伝える。よく聞け、十二忍」

 側近は一枚の紙を取り出し、それを丁寧に読んだ。難しい言葉があり、側近の言伝が全て分かったわけではないが、おそらくこうである。

 百地丹波を招待したわけは、この十二忍の力になってもらうためであるらしい。とくに凶忍のほうに、力を貸すらしい。だから、長はきっと、百地丹波と仲良くやってくれ、と言いたいのだろう。

 「ハア⁉ 何だよ、それは! 長もいい加減にしてよねェ~」

 神無姐さんの犬歯が、ギラリと輝く。

 「長の言葉は以上だ。では、今から百地丹波殿をお呼びしてくるから、しばらく待っていてくれ」

 そう言うと側近は、部屋を後にした。

 静まり返った部屋が、私の隣からの声でそれを断った。

 「紫苑~、お前、相変わらず声がデカいな」

 神無姐さんの本名である「紫苑」と声をかけてきたのは、凶忍の『卯月』。

 「ホント、お前はケンカ腰だな! いいねえ、そういうの!」

 「う、うるさい…っ!」

 右に神無姐さん、左に卯月に挟まれた私は二人のやり取りに戸惑う。

 「あ、あの…卯月さん。こんにちは。挨拶が遅れました」

 「おう! お前も元気そうでなりよりだ」

 すると、神無姐さんが口を挟む。

 「爺臭いことを」

 「爺……、そんなことないよな、葉月!」

 「………えっと」

 また二人のやり取りに戸惑う私だ。いつも、返事に戸惑うのだ。卯月に、ふとできた疑問を言ってみた。

 「あの、卯月さん。なぜ、神無姐さんのことを名前で呼ぶんですか?」

 すると、卯月はその理由を彼の瞳の奥に隠すようにして、私に笑顔で答えた。

 「仲が良いからに決まってんだろ! なあ、紫苑」

 「――――」

 神無姐さんはぷいっと顔を逸らした。

 悪いことを尋ねてしまったかもしれない、と私は心の中で少し後悔した。

 部屋が異常なぐらい静かな中で、障子が勢いよく開かれた。

 「‼」

 幹部十人の視線が一点に注がれる。それも、ただならぬ気配とともに。

 外から現れたのは、予想通り百地丹波だった。

 彼は幹部たちの鋭い視線に目もくれず颯爽として、彼らの前に座り頭を下げた。

 「…この度は幹部十二忍の方々において、お忙しいながらお集まり頂き、ありがとうございます」

 幹部たちは無言のままだ。丹波は続けて言う。

 「私は皆様の長にお呼ばれ致しました。長は、皆様の尽力にたいそうご満足のようで…」

 「何が言いたい、百地丹波」

 文月が厳しく丹波を言及した。緊張感の漂う気配の中で、丹波は小さく笑った。

 「……っ⁉」

 「落ち着かれませ、文月殿。今のは失礼しました。では、長から命じられた私の任務について説明致しましょう」

 丹波は姿勢を正すと話し始めた。しかし、その内容に、幹部たちの怒りがより増してしまった。

 長が丹波に命じた任務は、以下のようである。

 ――しばらくの間、幹部たちの補佐として働け。そして、お前の意見を聞きたい

 説明を言い終えた直後、幹部たちの怒りは勃発した。お互いに激しく言い争う幹部たちの後ろで、ニヤリと唇が上がった丹波を私は見た。



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