第8話 次期長、現る
朝食を済ませようと食堂にやって来た如月は、いつもなら定位置の席にいるはずの葉月の姿がないのに気付いた。
葉月と話すようになってから、如月は葉月の隣で食事を取っていた。受付で朝食を注文し、受け取った後、いつもの自分の席に着いた。
いつか来るだろうと思って彼女を待っていたが、一向に彼女は現れない。
「…遅いな、あいつ。それとも、もう食事を済ませたとか?」
如月は急いで食事を済ませると席を離れ、葉月の部屋に向かおうとした。
その途中、彼を呼び止める声が後ろから聞こえた。
「如月さん! 今週の仕事についてなんですが…」
たくさんの書類を持って尋ねてきた彼は、如月の班の一員だった。彼は、書記担当であった。
「ああ、ありがとう。それについては、後で聞くよ。それでもいいか?」
「はい、分かりました。すみません。お忙しいところ、呼び止めてしまって…」
忍は、頭を深く下げ、謝罪した。それに、如月は彼の真面目さに戸惑った。
「いや、俺も、お前たちばかりに大変なことを押し付けてばっかりで、悪いと思っているよ」
「いえいえ、そんな…!」
「じゃあ、後は任せたぞ。いつも、お前たちには感謝してる」
如月は彼に、そう言い残すと、去って行った。
「……かっこいい!」
忍は目を輝かせて呟いた。自分よりも年下の頭は、自分の憧れだった。十二の班の中で、如月の班は、人員が少ないほうだが活き活きとしている。それは、きっと班の頭である彼の性格が反映しているからだろう。ちなみに、頭を除く人員すべて、彼より年上の忍で構成されている。
「…あ、今日の仕事について……」
忍は、自らの仕事をするために職場へ足を進めた。
私は、仕事が終わった後も大忙しだった。眠っていた時間も、今までの中で一番少ないだろう。
隼人を仲間に入れるために長に提出する書類を書いていたのだ。その書類は、一応書き終えたのだが、おそらく、この程度では許してもらえないだろう。だから、書類と一緒に口頭で説得させようと、私は思っていた。それでも、私の中の不安は消えなかった。
これを許可すれば、忍とその関係者以外の部外者が忍の世界に入ることになるのだから。
「……何としてでも、あの人を私の元に置かなければ」
握りこぶしをぎゅっと力を入れる。
「さてと…」
そういえば、まだ食事を取っていなかった。時刻を見ると、まだ食堂は開いているはずだ。
葉月は、身なりを整えて、部屋の外に出ようとドアに手をかけると同時に、ドアが突然開いた。
「うお…っ!」
葉月は反射神経で、後ろへ一歩下がった。ドアの向こうから現れたのは、息を切らした如月だった。
「お、お前…! 何して――」
「何やってんだ、お前は! ちゃんと、食事を取れ‼」
「…あ、ちょ、ちょっと……っ」
如月は私の手首を掴んで、部屋の外へ連れ出した。
「待って、如月。私は、これから食堂に行こうと……」
「――――」
如月は応えようとしなかった。聞く耳を持とうとしない様子だ。だから、如月が思うままに、私は彼に行先を任せた。
食堂に着くまでの間、周りの忍から不思議な目で見られていたが、あまり気にすることないと思った。
彼らが何を思っているのか、大体予測できたから。
――如月が、あの葉月と仲がいい? どういうことか? 何があった?
こんなところだろう。こいつも、面倒なやつだ。同胞である忍からも、偏見される葉月である私を放っておけばいいのだ。
「……如月~」
彼は、まだ私の手首を掴んで、引張っている。
「如月~」
いくら呼びかけても、彼は頷きも返事もしなかった。
ふと思った。
こいつは、なぜ私と一緒にいるのだろう。私は、なぜこいつと一緒にいるのだろう。
昨日。如月から、尊敬していると言われた。それが、理由か。
なら、私は。理由は何だ。
私は、彼に手首を離されるまで、その理由を考えていた。
食堂に向かおうと必死な忍と、その忍に引張られたまま足を進める忍に、ふと己の目が捉えた。
足を止める。自分の興味を引いたのは、後者の忍だった。あの身体つきからして、女だろうか。
「……いかがなされましたか?」
自分を先導する年嵩の忍が、心配そうに自分に声をかけた。
「…いや。あの忍が少し気になって…」
すると、先導する忍は目を移ろかせた。この動揺さ。なにかある。自分は、尋ねてみた。
「あの忍に、何かあるのですか?」
「い、いや…特に…何もありません、が…」
自分の顔を窺う忍に苛立ち始めていた。そこまで知られたくない忍であるのか。あの女忍は。
「…そうですか。すみません、足を止めてしまって」
笑顔で謝ったところ、その忍は、顔に安堵の様子が見とれた。
あの女忍に、何かがあるのは、間違いなさそうだ。どこから、その忍に関する情報を集めてみよう。
先導する忍に従って、屋敷の奥へ奥へと足を進める。
すると、先のほうに扉があった。向かう先は、おそらくあそこだろう。
予測通り、先導する忍は、そこで足を止めた。
「……この先に、長がおいでです」
「ありがとうございました」
お互いに頭を下げてお辞儀をした。
橙色の炎でだけで灯された部屋までの通り道を進んでいく。自分の纏っている上着が、不自然に靡いた。
足を止めた。その先から明かりが灯されていなかった。
自分は片膝を折り、そこで頭を下げた。
「――ただいま参上しました」
洞窟にいるように、自分の声だけが響きつづける。
ギイィィ…。
重い扉が開く音がした。その隙間から、風が吹き抜ける。髪も上着も、激しく揺れる。
ガシャン…。
扉が完全に開くまで、片膝を折ったままの姿勢でいた。
それを確認した自分は立ち上がり、一歩を踏み出した。
それと同時に、扉の先にあった部屋が一気に灯された。突然のことに、両目を腕で翳した。
そして、ゆっくりと目を前に向けた。すると、その部屋の奥に、この屋敷の長がいた。
「――待っていたぞ。……百地丹波」
低く、よく響く声が、自分の名を告いだ。
「はあっ⁉ 今日の午後、十二忍会を臨時で開く⁉」
班の一員に緊急で告げられた如月は、真っ青な顔だった。
「何でだよ…⁉」
「…それが、長が招待した方を紹介するそうで……」
頭を抱えている如月の隣にいた私は、彼に尋ねた。
「長は誰を招待したんですか?」
すると、彼はたどたどしく口を開いた。
「……伊賀の、百地丹波…だそうです」
その言葉に、私も如月も愕然した。
「それは、本当かよ⁉ あれが、来るなんて…⁉」
「百地、丹波…」
私の呟きに、彼は頷いた。
百地丹波。その忍の話からすると、彼は、伊賀の忍の一人であり、ここの屋敷の長と彼は、伯父と甥の関係にあるらしい。彼は、脳力や体力、技力も歴上一と噂されるほどの素晴らしい才能を持っているらしい。身体が大きいわりに、繊細でしなやか、無駄のない動きらしい。また、伊賀の次期長の候補に上がっている。歳は、二十三の男だ。
「…その話が全て本当であるなら、恐ろしい忍だな」
でも、その話を聞いて、彼について少し興味を持ってしまった。幹部会に彼が参加するなら、絶好の会う機会ではないか。
「――お前、楽しそうだな」
如月の顔を見ると、呆れた顔で見られていた。
「…その様子からだと、あいつに会ってみたい、というところか?」
「―――当たり」
「……はあぁぁあ」
如月は重くため息をついた。そして、私を見て言った。
「俺はあいつに一目だけ見たが、そんな奴に会いたいなんてねぇ…」
「私は初めて会うんだぞ! どんな忍か、気になるじゃないか」
そんな二人の会話を、説明をした忍は驚きのあまり茫然と見ていた。
正式名称、幹部十二忍会が開かれるまでの時間、私の部屋で時間を潰すことにした。
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