第6話 朱雀家の嫡男
「――よっと、…到着っと」
足の先が、朱雀家の塀の上に触れる。
「―――?」
邸内のあらゆるところから、凶器を携えた者が、ぞろぞろ現れた。ざっと見ると、三桁まではいかない人数だ。その中の一人が私に向かって言った。
「…よぉ、泥棒さん。この邸に用かい?」
「――ええ」
葉月の余裕振りに、立ち向かう者たちの感情が高ぶる。
「…残念だが、出直してくれんかね。この邸の者たちは、もう休んでいるんだ」
優しく声をかけているように聞こえるが、苛立ちを隠せないようだった。
「不法侵入は、許されないんでねぇ」
この邸を守る者たちが、凶器を手にして構える。
「今すぐ諦めたら、見過ごしてやるよ。……どうすんだい、ガキんちょ」
視線が葉月一点に集まる。
緊張の空気が、葉月との間に流れる。
葉月は口元の布を外して、口を開いた。
「……今日は、殺しに来たんじゃない。下見に来ただけ」
「はぁ⁉」
葉月は跳躍して、邸の上へ立つ。それと同時に、葉月への攻撃が始まる。
「…ははは、そうかい。下見、にね…。――殺っちまえ、お前ら!」
一声に応じて、次々と葉月に刃向う。
「うおぉぉぉっ!」
数人の者たちに向かって葉月は、クナイを横に一振りした。それが、鎌鼬のようになって攻撃する。
「……だから、殺しに来たんじゃないって。見に来ただけよ」
葉月は面倒くさそうに言い捨てると、懐から地図を出した。
「――嫡男の部屋は、あちらのほうね…」
葉月の小さな呟きを、家来たちは聞き逃さなかった。
「…お前っ、若さまを狙う気か!」
声が聞こえたほうを振り向く。凶器を持った誰もが、怒気に満ちていた。
「また、若さまを……っ!」
「?」
また、だと。以前にも、嫡男を狙った奴がいた、といことか。
葉月は嫡男の部屋にあたる屋根の上に移動する。
「おいっ! 待て、コラァ…っ!」
怒鳴り声に葉月は振り返らず言った。
「―今日は殺さないから。次、来たときは、お前たちと真剣に戦ってあげるわ」
「…………」
指示役の家来は不思議な気持ちになった。
あの泥棒、いや、忍の言葉に信じる気になったのだ。この邸の者を狙おうとしている敵なのに、なぜか。
「…おい、殺っちまわなくていいのかよ?」
仲間が自分に問う。この邸に侵入しようとする者を始末するのが、自分のたちの役目だ。それを、自分は放棄しようとしている。
「……今日は大目に見よう。だが、次は、容赦しない――」
そう告げると、仲間たちは快く了承してくれた。
屋根の上を見ると、その忍はすでに嫡男の部屋の屋根の上にいた。
如月が朱雀家に着いたとき、丁度葉月が、朱雀家を出ようとしていた。
葉月は如月の姿を見て驚愕した。
「お前、なんでここにいる…⁉」
如月の元へ葉月が駆け寄る。
一方、如月は葉月の姿を認めた後、何も言えない安心感が生まれた。
「おい、如月、大丈夫か?」
「…それは、こっちのセリフだ」
「―――?」
如月は簡単に葉月に説明した。朱雀家の家来の強さや、朱雀家と忍の黒い過去のこと。その話をすると、葉月は悲しそうな顔をした。
「…だから、俺はお前を心配して――」
お前をお掛けってきた、と言おうとしたのだが、
「お前の話のように、ここの家来は、そこまで強くなかったぞ?」
「――――は?」
葉月の返答に如月は唖然としてしまった。
「―ってか、お前、戦ったの⁉」
ぽろりと何もなかったようにさらりと言ったが、とても大切なことだろう。それは。
「ええ。少し」
「…………。分かった、もういいよ。お前、『葉月』だもんな」
隣にいる忍の余裕さに嫌気がさしたのか、後悔する言葉を言ってしまった。また自分は。
「…如月、それは――」
「いや、違うぞ。お前が強いってことだぞ!」
「でも――」
彼女の顔が翳っていく。それを見た俺は、必死に反論した。
「だ、か、ら、違うんだって! 俺はお前のそういうとこ、尊敬してるんだって言ってるんだ」
俺は、こいつがこんな顔するのは見たくない。そういう気持ちが、この言葉を告げた。
あれ、これって。なんだろう。
「……尊敬?」
葉月の小さな呟きに、如月ははっとした。
「そうだよ! 俺はお前を尊敬してる」
自分でも恥ずかしいこと言ってるなと思った。けれど、これは本当の気持ち。それは、忍としての力だけではなく、心の強さも含めて――。
「――…んで、どうだった? 仕事のほうは?」
尋ねた直後に、葉月の顔が曇った。
自分の返答に、葉月はしばらくの間、悩んでいたが、ゆっくりと開いた。
その言葉に、俺は耳を疑った。
「……よいしょっと」
屋根を覆っている瓦を一枚ずつ外した。自分の身体が通るくらいの大きさを確保した。そして、次は屋敷の侵入する準備を始めた。
なんとか、屋根裏に入ることができた私は、天井の小さな穴を探した。そこから、部屋の中を把握するためである。
「……あった」
この時間帯は、どの部屋も明かりを灯していないので、屋根裏へその光が零れない。だから、穴を見つけるのは難しかった。
私は片目で穴を覗き込んだ。
小さな視界が捉えたのは、標的の寝姿だった。
天井から床まで、意外と高さがあった。そのため、標的の身体の大きさを把握できた。
身長は約一七〇から一八〇センチメートル、体重は六〇キロから七〇キロというところか。
かなりの大柄な男だった。
女身である自分が、勝てるだろうか。すぐに、男の力によって捻じ伏せられてしまうのではないだろうか。
私は男の顔を見た。部屋の中が暗いので、顔はよく分からなかったが、男の綺麗な黒髪に目を惹かれた。鴉の翼のようだった。
もう少し、近づいてみるか。
私は天井の板を、自分の身体が通れるくらいの大きさで外した。
静かに、床に着地する。そこで、周りに気配がないか確かめた。ないことを確かめた私は、標的へ一歩近づいた。音をたてないように。
ごくん、と唾を呑む。もう一歩進む。男は動かない。深く眠りについているようだ。
そう思って、もう一歩を踏み出そうとした直後。
「……――私に、何か用ですか?」
男の身体から声がした。
私はすぐに後ろに退き、静かに男の様子を見た。すると、男は寝たまま、身体をこちらに向けた。
「………⁉」
男の目は、私を捉えていた。
だめだ。これ以上、ここにいてはならない。標的に自分の姿を見られてはいけないのだ。
私は、屋根裏に繋がる天井の上へと、跳躍しようとした。しかし、それを男が止めた。
「……お嬢さん、少し待ってくれないか?」
「⁉」
男は、ゆっくりと上半身だけを起こした。私は、手にクナイを備えて攻撃態勢で構えた。
「…ふふっ。私は襲ったりしませんよ。……だから、安心して。ね?」
暗闇に等しい部屋の中で、男の言葉と微笑みが、自分の心を惑わせる。
だめだ、と私は頭を横に振った。すると、男は少し悲しそうな顔をした。私は、その理由が分からなかった。
私は攻撃態勢を止め、ゆっくりと口を開いた。
「――私は忍。あなたを、殺しに来た者」
私の言葉に、男は頷いた。
「うん。多分、そういうのかなぁ、て思った。…ねぇ、私と少し話しませんか?」
「だから――」
「今日は、私を殺さないでしょう――?」
男の言葉に、私は唸った。確かに、今日は下見でここに来た。だからといって、ここに長居する気はない。
少しも動かない忍に男は、ここにおいで、と手招きした。男から忍の顔は逆光でよく見えない。
「…おいで。お話をしよう――」
男はゆっくり忍に手を差し伸べた。
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