第4話伝統は泡のように

 暮臥くれふす中学、いつから存在するかわからない伝統がある中学校には、次のような時代錯誤の伝統があった。


 「一年生は二年生に尽し、二年生は三年生に尽すこと。」


 一年生の呉井は、法則でもない、校則にも書かれていないこの不文律にたいそう不満を持っていた。入学してすぐのある日、彼は二年生の春間にパシリにされそうになったとき、突っかかってこう言う。

「何故この学校にはこのような理不尽な伝統が校則でも何でもないのにまかり通っているのですか。」

春間はせせり笑いながらこう言う。

「これは確かに校則ではない。誰も強制しないし、破ったところでリンチされるわけでもない。ところが、みんな自主的に守っているんだ。これが伝統が伝統である所以だ。」

 およそ中学生とは思えない口ぶりである。これでは納得いかないのでさらに追求するととても面倒そうに春間は

「あのなあ、ちょっと我慢すれば来年は新しい一年生を言うがままにできるぞ。みんなそれを知っているから伝統に従うんだ。」と言った。

 呉井は一瞬もっともだと思いながら、こうも言った。

「でも来年の一年は言うこと聞かないですよ。彼らは個人の自由と自主自立を重んじる騎士道のような教育を今年から中学校に入るまでに受けることになりましたから。」

 もちろんそんなことは嘘だったが、当地の小学校では革新的であると有名だったので、春間はもっともだといい、そのまま彼のクラスメイトにこの話をして回った。

 呉井もこの嘘をクラスメイトにそれとなく伝え、ひと月も経たぬうちにこの嘘は一年生の間に広まっていった。

 ちなみにこの嘘を信じた生徒は一人もいなかった。だがどの生徒も下級生はこの嘘を信じると思っていた。

 すると、この嘘が伝わる間に暮臥中学校の間では、来年の一年生は先輩の言うことを聞かないと言う噂が飛び交い、その結果、一年生の間では「じゃあ先輩のいいなりである意味はないな」ということになってしまった。

 

 二年生の間にも同様の噂が伝わり、彼らの意識にも変化が起きた。三年生の言うことを聞かなくなったのである。


 こうしていつからあるかわからない伝統は一つの嘘によって泡と消えた。


 

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