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「要するに海の王がつくった魔法の法則が、娘が人間から愛されるはずもない、ということか」

 リベルトのつぶやきにビアージョルトが答える。

「そういうことなのでしょう。異種族婚姻がうまくいくはずもない、と父は娘と恋人を引き離そうとした。魔法をかけて。けれど、二人は魔法に負けないと願った」

「だったらすでにアーリアの魔法は解けているということか?」

 リベルトとアーリアは互いに想いを通わせている。


「アーリアにかかった魔法は他の人間に比べると強力です。お互いに強く魔法の力に負けないと願うことが大切なのでしょう」

 だから見定めさせてもらいました、とビアージョルトは付け加えた。

 リベルトとアーリアが言葉通りの政略結婚の間柄なのか。それとも真実心を通わせているのか。

「私は、娘の生まれた環境からみて、彼女の魔法は一生解けないものだと考えていた。王族の婚姻は政治の一環。好きだからという心だけで誰かと一緒になることは難しい」


 リベルトも同意する。

 自分もずっとそう思って生きてきた。自分の妻となる人間は父か誰かに決められた女性で、自分も男だから相手がだれであっても子作りくらいはできるだろうくらいにしか考えていなかった。

「私は、アーリアを取り戻したい。海の王の魔法なんかにいつまでも囚われているままにしておきたくはない。どうしたら、呪いが解けたとわかる」


 もしも、人魚返りのことを父フレミオが知っていれば。彼は人魚返りの人間が子供を身籠れないことまで知っているのかもしれない。そうしたらリベルトはアーリアを手に入れることができなくなってしまう。

 フレミオにとっては両国の血を引く子供を手に入れることが重要なのだ。最初から子を作ることが出来ないと知っている女性との婚姻をトレビドーナは認めるのか。

 縁を繋ぐのはリベルトの次の代で構わないと言われてしまったらそれで終わりだ。


「言い伝えによると、人魚返りは海の王の魔法に寄与する。ひと月の周期でめぐってくる力の強弱も関係するが、ふた月人魚の姿にならなければ魔法は解けたと考えてよいだろう、と」

「海の王……そういえばイルファーカス殿下から海の王の代替わりが近いと聞いた。今の海の王から新しい王に変われば呪いは解けるのか?」

 ビアージョルトは首を左右に小さく振った。

「前例のないことです。陸の人間には推し量ることなど出来ようもない」

「そうか……」

 リベルトは奥歯を噛んだ。


「人魚返りの人間が子供を身籠ることができないということは本当か?」

 リベルトの次の質問にビアージョルトは目を見開いた。

「殿下は……どこでそれを」

「アーリアの侍女から聞いた」

「侍女から……。フェドナでしょうか」

「いや、違う人間だ」

 リベルトの答えにビアージョルトは考え込む。


「一体誰から……?」

「マリアナという者だ。彼女は最近はアーリアの側から外されていると聞いている」

 マリアナの殺気を帯びた視線を思い出すリベルトだ。アーリアの信頼する侍女だからと彼女の無礼については大目に見ていたが、さすがにリベルトも我慢の限界に達した。しかし、それはフェドナも同じだったようで、リベルトが行動を起こす前にフェドナが処分をくだした。

 アーリアもショックを隠し切れない様子だったがマリアナの決定に異を唱えることはなかった。彼女もマリアナの行動が出すぎていたことを理解している。


「マリアナ……マリアナ・パゾリーニ……どうして彼女がそのようなことを知っている……」

 ビアージョルトは件の侍女の経歴を頭の中で思い浮かべるかのように顎髭を触っている。

「何かあるのか」


「殿下……。人魚返りの情報は表には出てきません。代々口伝で、人魚の子を持った親から、また違う親へと受け継がれていきます。秘密を共有する者は少ないほうがよいからです。特に市井では様々な理由から人魚の子は狙われます」

 狙われるから人魚返りの子を持つ親たちは過敏になる。しかし、人魚の子を育てるには知識がいる。知識は親たちの間で密かに共有される。


「彼女の血縁にそのような者がいただろうか……」

「もう一度彼女の身元を洗ってほしい」

 リベルトの言葉にビアージョルト王は頷いた。

「娘の魔法を解く鍵は伝えた。あとは二人の心次第。トレビドーナへ帰る準備をしていただけないだろうか。この国よりも貴国の方がまだ安全だ」

 ビアージョルトの言葉にリベルトは黙って頷いた。


◇◇◇ 


 フェドナの不興を買って以来、マリアナはアーリアの側から離されてしまった。

 かろうじてコゼント城での寝食は許されている。城勤めの小間使いとしてその他大勢の女どもと一緒に仕事を命じられる日々だ。

 こんなはずではなかったのに。

 けれど城を追い出されるわけにはいかないので文句の一つも言わずに日々業務に従事している。


「あーあぁ、姫様が懐かしいなあ」

 乾いた声を出すが、その言葉に相槌を打つ者はいない。


 一人きりで外回廊に佇み、奥を見やる。

 お城の奥に住まう美しい人魚姫。

 初めてアーリアに会ったことは昨日のことのように覚えている。

 青銀髪のくせっ毛に、澄んだ青色の瞳をした可愛らしい王女様。下半身が魚のように鱗で覆われていて、おとぎ話の人魚姫が目の前にいるかと思った。


 いや、まさにおとぎ話のお姫様そのものだった。

 マリアナにとってアーリアがすべてだった。美しいお姫様とずっと一緒に暮らすことがマリアナの生きる意味であり目標になった。

 可愛らしい声でマリアナ、と呼んでくれて慕ってくれた。軽口を言い合える仲にまでなり、信頼されていたのに。


 それをトレビドーナの王太子がぶち壊した。


(何よ、あとから出てきた分際で)

 マリアナはぎりりと手に持っていた手紙を握りつぶした。

 くしゃりと曲がった封筒は実家から届いたもの。


「あーあ、……でも、こうするしか、もう姫様を独り占めする手段はないものね」

 マリアナは感情のこもらない声を出し、今握りしめた封筒の皺を伸ばして中から手紙を出した。

 トレビドーナに入ってからも定期的に届いていた手紙。中身はいつもの通りあちらの近況報告と、マリアナへの催促。


 実家の連中も今まで何かとうるさかったな、と頭の中でこれまでのあれやこれを思い浮かべる。

 マリアナは外回廊を進み、城の奥地のごみ捨て場までやってきた。手紙をびりびりに破いて、焼却炉の中に放り込んだ。中にはまだ火がくすぶっていたから、すぐに燃えてくれるだろう。

 まあ中身は見られてもどこにでもある絵にかいたような実家からの手紙だけれど。


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