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◇◇◇ 


 王妃のサロン訪問から四日後。

 アーリアは第二王子テオドールから昼食会の招待を受けていた。


 今日もまだ人間の姿のまま。

 アーリアは招待状に記載されている宮殿の北側にある小さな棟へとやってきた。

 顔にはすました笑みを張り付かせてるが、内心は緊張でドキドキしている。何しろ今日の昼食会にはアーリアと同じ立場の公女が同席するというのだ。

 コゼントでは人魚体質ということもあって友達らしい友達もいなかったアーリアだ。

 同じ年頃の、それも同じ立場の公女と初対面というだけで胸が高鳴る。


(どんな子なのかしら。えっと、たしかフェラーラ公国の公女殿下で十四歳のころからこちらに遊学されているのよね)


 アーリアは頭の中で事前に収集した情報を反芻する。

 指定された控室には先客がいた。


 赤味の強い茶色の髪をした青年だ。

「は、はじめまして。ぼぼ僕はテオドール・トレビドーナ……。えっと、その……この国の第二……王子です」


 直立不動で顔を赤く染めた青年がとぎれとぎれに挨拶をしてきた。

 視線が少し泳いでいる。どこを見定めてよいか本人も悩んでいるらしい。

 アーリアは一瞬だけ呆けて、すぐに隙のない笑みを顔に貼り付けせた。


「はじめましてテオドール殿下。わたくしはコゼントから参りましたアウレリアと申しますわ。先日よりこのトレビドーナの宮殿に滞在させていただいております。以後お見知りおきを」

 アーリアは最後にとっておきの笑みをテオドールに向けた。

 その視線をまともに受けたテオドールは暑くもないのに茹った蛸のように顔を赤くした。

 何か、まずいことを言っただろうかとアーリアは内心首をかしげる。


「えっと。あの……その。よよよよろしく」

「よろしくお願いしますわ」

 アーリアはここでも友好の証として微笑んだ。

 テオドールは両手で口元を隠した。


(んん?)

 やっぱりおかしい。


 テオドールはリベルトとは顔の印象は真逆だ。下がり気味の眉のおかげか第一印象は優しそう、の一言だったのに。その温和そうな彼を怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。

 アーリアは困惑気味に周囲を見渡した。

 と、室内の窓辺に黒髪の少女がいることに気が付いた。彼女の隣には小麦色の髪をした少年が座っている。


 少女が口を開きかけたとき、後ろの扉がガチャリと音を立てた。

「兄上!」

 テオドールの声にアーリアも後ろを向いた。

 黒い髪の青年の姿があった。

 テオドールの着ている宮廷服ではなく、軍装だ。


「アウレリア王女、すっかり元気そうだな」

 弟王子には目もくれず、リベルトは少し居丈高な視線をアーリアに向けた。

 見下ろされたアーリアはぐっと唇を引き結ぶ。上背のある彼が目の前に立つと、少しだけ圧迫感を感じるからだ。


「ええ。ここ数日は体調がよろしいのですわ」

「車いすを使わずに済むとは、ご健勝でなによりだ」

「ありがとうございます」

「もしも体調がすぐれないままなら強制的に侍医を遣わす予定だったのだが」

 その言葉にアーリアは心の中で悲鳴を上げた。


(そんなことされたら人魚だってバレちゃう)


 実は宮殿へ到着したその日にもリベルトからは打診があった。それを丁重勝つきっぱりと断ったのはフェドナだ。

 もしかしなくてもそのことを根に持っているのだろうか。大国の王子のくせに案外心が狭い。


「だ、大丈夫ですわ! わたくしの体調は連れてきた侍女たちが一番存じておりますの。ですから侍医の診察も結構です。お薬もたくさん持ってきていますし、毎日の健康法もありますもの」

 アーリアは慌てて付け加える。

「健康法?」

 リベルトは眉間にしわを寄せた。


 彼の人相が三割くらい鋭くなり、アーリアの心臓がきゅっと縮んだ。これまで身近な男性と言えば、笑顔を絶やさない兄イルファーカスだったため、不機嫌顔のリベルトにおののいてしまう。

 しかし、ここで言うことを言っておかないと近い将来人魚体質がバレる。


「ええ。お塩健康法ですの。毎日塩水に浸かっていると健康になれますのよ」

 間違いなく人魚返り専用の健康法だ。(ちなみに真水も可。というかコゼントにいたころはほぼ真水だった。塩は兄の好意の選別だ)

「民間療法だな」

 リベルトは鼻で笑った。


「あら、民間療法も馬鹿にできませんわよ」

 その笑い方にカチンときたアーリアは最初のリベルトへの若干の恐怖心も何のその。強気に反論をした。

 お互いににらみ合う。


「兄上、アウレリア王女も! 準備! 準備が整ったそうです」

 剣呑な雰囲気を破ったのはテオドールの大きな声だった。


◇◇◇ 


 小さな食堂の中央には長方形の食卓が鎮座している。真ん中には花が生けられ、銀器が並べられている。

 皆がそれぞれ着席をしたところでテオドールが「本日は、その……お日柄もよく。皆さん集まってくれてありがとう」と挨拶を始めた。


 どうやら彼はあがり症のようだ。

 王族にしては珍しいかも、と思うアーリアだったけれど、大国の王子様と言うからにはどんな冷たい人なのだろうと構えていたから逆に彼のような人となりで安心した。


「僕は、テオドール。アウレリア王女を含む遊学に来た人たちの管理……いや接待を任されているんだ。……兄上と一緒に」

 と最後に付け加えた。


 それから彼は右手を差し出して、「彼がニンフィア公国の第一公子のセレスティーノ。それから彼女がフェラーラ公国の第一公女、ビルヒニア」とそれぞれ紹介をした。

 紹介をされた少年はにこりを笑みを作った。そうすると途端に子供めいて見える。

「こんにちは。アウレリア王女殿下。僕はセレスティーノ。トレビドーナの西側に位置するニンフィア公国の国主の一番上の公子です。よろしくね」


 あどけなさがのこる顔立ちは、アーリアよりも年下かもしれない。

「はじめまして。アウレリアと申します。コゼントからやってきました。ええと、家族からはアーリアと呼ばれています」

 なんて言って自己紹介をしていいかわからなくてアーリアはついどうでもいいことを口走る。


「アーリア……可愛いですね。僕もそう呼んでいいですか?」

 セレスティーノはまだ少し高さのある声を出す。人見知りをしないのか、屈託なく笑いかけてくる。友好的な態度にアーリアは彼のことが好きになる。

「僕も! 僕も、その……アーリア姫って呼んでもいい……かな?」

 セレスティーノの言葉に被せるようにアーリアの左隣に座るテオドールが言葉を重ねる。


「え、ええ……」

 アーリアは頷いた。

 テオドールは、やっぱり真っ赤な顔色をしている。

 アーリアが頷くと、安堵したように下がり気味の眉をさらに下げた。


「ほら、次はビルヒニアの番だよ」

 セレスティーノがにこりと笑った。


 アーリアの右隣にセレスティーノが座り、さらに彼の隣がビルヒニアだ。

 アーリアの席からだと顔を傾けないと彼女の表情を伺うことはできない。

 少女は少しの間沈黙をし、その後固い声を出した。

「わたしはビルヒニア。もう知っていると思うけどフェラーラ公国からきた人質。トレビドーナの王子のわがままに付き合って今日はここにきた」

 早口で一気に言って再び口をぴたりと閉じた。


(えええっ、そんなこと言っちゃって大丈夫なの?)


 アーリアは自分のことではないけれど、背筋に緊張が走った。

 トレビドーナの王子の前で人質とか言うのはさすがに失礼だ。実質は人質でも名目は遊学だ。ついでに王子に対してわがままとか……。というか、今日の食事会はアーリアのために気を利かせてくれた。ということは、ビルヒニアはアーリアと仲良くなる必要はない、と判断をしたのだろうか。

 それはちょっと、いや、結構へこむ。


「急でごめんなさい……」

 テオドールはしゅんと項垂れた。


「本当に困る。今日はお客さんがくる予定だった。王子のせいで変更してもらった」

 アーリアが凍り付いていることもお構いなしにビルヒニアの口調は淡白だ。

「ビルヒニア。テオドールに向かってなんて口の利き方をしている」

 ここでリベルトが口を開いた。さきほどのアーリアに対する者より幾分硬質だ。


「わたしは本音を言っただけ」

「なお悪い」

 リベルトはアーリアたちの向かい側に座っている。

 テオドールが一人短辺の席に座っている。

「えっと、テオドール殿下はわたしのために昼食会を開いてくれたんです」

 アーリアが慌てて口を挟んだ。


「別にあなたは謝る必要はない。これはそこの王子の点数稼ぎ」

 けんもほろろな返事が返ってきてアーリアは頭を抱えたくなった。

 そんな彼女もつい先ほどはリベルト相手にテオドールが胃を痛くさせるような会話を繰り広げていたが、そのことに彼女は気づいていない。


「おまえな。いい加減にしろよ」

 案の定、リベルトの険しかった眉間の皺がさらに深まった、ように感じられた。


 アーリアは思わずセレスティーノのほうを伺った。

 懇願の視線に気が付いたのか、彼はアーリアの方に顔を傾けて苦笑いを浮かべた。

「まあまあ、兄上も落ち着いてください。給仕の皆さんが困っていますから」

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