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 最後にもう一度優雅に腰を下ろして礼をするとクロティエラは鷹揚に頷いた。

「体が弱いと聞いています。旅の疲れはもうよいのかしら?」

「はい。安静にしていたおかげで元気になりました」

 アーリアはよどみなく答えた。


「そう。ああ、そこのあなたアウレリア王女に席を作ってあげなさい」

 その声に、クロティエラの近くに座っていた婦人たちが立ち上がる。王妃近くに座ることのできる貴婦人が立ち上がったため、自動的にサロンの女性たちの大部分が席替えを行うことになる。

「こちらへいらっしゃい。コゼントの王女よ」

 クロティエラに導かれアーリアは彼女の右隣の長椅子に腰を下ろした。すぐに女官がカップを用意する。


「長旅ご苦労だったわね。コゼントは海に面した国。ここは内陸地。勝手が違うのではなくて」

「恥ずかしながら病弱という言葉に甘えて故郷では滅多に城の外に出歩くこともありませんでした。遊学という機会を与えてくださった貴国に感謝をし、見聞を広めたく思いますわ」

 アーリアはにっこり笑った。

 人好きのする笑みだ。


「ではお励みなさい」

 クロティエラは相変わらず感情を表に出さないまま頷いた。

 その後アーリアは同席をしている婦人らから軽い自己紹介をされ、自身も改めて挨拶をし、歓談に興じた。

 皆アーリアの青い髪の毛に興味を持っているのか、熱心に眺める。


「あなた人魚の血を引くというのは本当なのかしら?」

「はい。そのように伝え聞いております。今からおよそ百五十年くらい前の話だそうです……」

 アーリアはコゼントではおとぎ話になってしまった自身の先祖の恋物語をかいつまんで聞かせた。

「まあ、人魚のお姫様と人間の王子との恋物語だなんて。何かの物語のようね」

 サロンに詰める女性の中でも年若い婦人がとろんとした声を出せば、別の女性たちも口々に言葉をしゃべった。


「ほんとう。コゼントにもアゼミルダやマリートにも銀色の髪をした人は多いのでしょう」

「この国にも、国境沿いにはちらほらといるとのことですわ」

「なんでも、銀色の髪をした者は人魚の血を引いているとか」

「アウレリア王女の青銀色の御髪もとてもきれいですわ」

「たしか、コゼントの大使も淡い銀色の髪だったわね」


 そんな風に言いながらアーリアを眺める視線はどれも好奇心に満ちたもの。アーリアは少しだけ体を揺らした。

 こんな風にたくさんの人から好奇の目を向けられたことなど当然初めてだ。

 人魚返りのせいもあってこれまでアーリアは王城の奥で育てられてきたからだ。


「みな、あまり王女殿下を困らせるでない。吃驚しているでしょう」

 クロティエラが不愉快そうに眉を顰めた。

「申し訳ございませんわ、王妃殿下」と、クロティエラの近くに座っていた婦人が慌てて謝罪をした。

 クロティエラは彼女の方を一瞥し小さく頷いた。

 クロティエラの発言でサロンが静まり返る。気を取り直して、先ほど謝罪の言葉を口にした女性が扇を開きアーリアに向かって質問をした。


「アウレリア王女はとてもきめの細かい美しいお肌をされているのね。何か特別なことはされているのかしら?」

 茶金髪をした婦人で、クロティエラよりも少し若いくらいだろう、その顔には純粋な好奇心が見え隠れしている。


 アーリアは少し天井の方に視線をやった。

 特にこれまで気にしたこともなかった。

 アーリアの肌の手入れは侍女たちが念入りにしてくれるからだ。アーリアが積極的に美容に関する情報を集めるまでもなく、仕事熱心な侍女たちが貴族の間で流行っている美容方法を仕入れてきてはアーリアに披露してくれていた。

 アーリアはその場の女性陣が期待に満ちた眼差しでこちらをじっと見つめていることに仰天した。

 ちらりとクロティエラの方を見やると、心なしか彼女からも隠しきれぬ熱気に様なものを感じて余計に「うっ……」となった。


(これは……下手なこと言えない?)

 アーリアは困って、困って、それからもう一度困って頭の中を必死に回転させた。

 それから思い出した。


「えっと。塩です。塩」

「塩、とな」

 ぽつりと漏らしたのはクロティエラだ。

 やはり彼女も気になっていたらしい。

 アーリアは彼女の方を見た。クロティエラはアーリアの視線を受け止めて小さく顎を逸らした。続けよ、という意味らしい。


「侍女たちが何日かに一回、私の体を塩でお手入れしてくれるんです」

「お塩で?」

 質問をした婦人が首をかしげる。

「ええと、コゼントでよく採れるオリーブ油と花の香料とを混ぜたものです」

「あちらではそれが一般的なのかしら?」

 と、別の婦人が質問をする。

 彼女はクロティエラよりも年かさだ。しかし、その瞳のは真剣そのものだ。


「ええ。侍女たちの話によると、貴族から町娘まで幅広く使っていると」

 アーリアはやや気圧されながら頷いた。

「まあ」

 あたりがどよめく。

 なにか、まずいことを言っただろうか。


 その後もアーリアは紙のお手入れ方法を聞かれたから、やっぱりこれもオリーブ油を使っていると答えた。婦人たちはその後もいくつかアーリアに質問をし、アーリアは頑張ってそれらに答えていった。

 話題は美容からトレビドーナで今流行っていることや二人の王子のことまで多岐にわたった。

 アーリアがサロンの婦人から解放されたのはたっぷりカップのお茶を三杯飲みほした頃のことだった。



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