④牛島唯パート「なんで、こんなとこにいるんだよ……」
◇キャスト◆
釘工男子生徒
―――――――――――――――――――
『正直、避ける気はなかった……殴られることなんて、慣れてるから』
局地的に注目が集まる野球及びソフトボールコーナー。一人立つ男の広い背中を見つめながら、唯は次第に冷静を取り戻していた。
『けど、まさかコイツに護られるとは思ってなかった……いや、そもそもココが虹色スポーツだなんて気づいてなかった』
遂行した
顧問である信次の友人らしいが、共通点を挙げるとすれば性別くらいだ。
優男の担任とは違った鋭利の目。
世間不相応ながら長髪を結んだオールバック。
そして男らしく筋肉質な巨体からはアスリート以上の迫力を感じる。
その名はかつて唯も、またきららと美鈴も聴いたことがある。
「大和田、慶助……」
「あん? なんで
「はぁ? オレらのこと、気づいてなかったのかよ?」
「わ、わりぃ……あのガキしか見てなかったからよ……」
誰とも理解しないまま助けた慶助には、呆れて物を言えなかった。咄嗟に守護してくれたことは多少なりとも
「はぁ~……いい大人が、正義のヒーロー気取りかよ」
「別にそんなんじゃねぇよ! 内海に言われて来ただけだ! 一応これでも、時間帯責任者だからよ」
「でも、
「クッ……なんでそんなことまで知ってんだよ?
「安そうな服装見ればわかるって。全身黒スウェットとか……ヤクザですらスーツなのに」
「だから
「……嘘くせぇ~」
「チッ……人を見た目で判断してると、ろくな人間になれねぇからな小娘!」
「どっちがじゃ」
現況を忘れたかのように、二人だけの世界が拡がる。激しい言い合いには違いないため
無論、その時間も長くは続かない。
――「ヤ゛ルォォォォオッ!!」
「ウッ!!」
「――ッ!! お、おい!!」
男が倒れる現実を見せられた刹那、思わず声を張り詰めさせる。
先ほど殴りかかった
『田村も
倒れた仰向けの表情は気絶したように
衝撃的な光景の目前では、きららと美鈴も唖然と硬直。
慶助を呼んだ空飛までも自失気味だ。
一方の釘工女子の美依茅とあおいも、
「あーあ、やっちまったな~」
「はぁ……後処理マジめんどい……」
と、金髪男子の悪行を苦く振り返っていた。
暴行事件と称されても仕方ない事態。加えて以前も似た場面に遭遇した故に、唯は更に眉間を集める。
「おい? 生きてるなら生きてるって言ってくれよ?」
「……いーち」
「はぁ? 何言ってんだよ? ホントに大丈夫なのかよ?」
「……よいこらせっ、と」
結局自力で起き上がった慶助だが、まるで会話が成り立たず不審だった。鼻血を裾で拭き取ると再び金髪男子の前に立ちはだかり、不適な笑みまで浮かべていた。
「な、なんだよ、オッサン……まだ、やんのかよ?」
「逆に聞くけど、テメェは一発だけでいいのか?」
「……う、ウルアァァァァア゛!!」
「へへ……にー」
再び男子生徒の拳が頬へ直進。しかし今回は倒れることなく持ちこたえた。
「……」
「どうしたよ? 威勢が良いのは髪色だけか? 頭皮が泣くぜ?」
「……う、ウッセェェェェ!!」
「さーん……」
「ウルァア!!」
「しー……」
「チッ、死ねよ!!」
「ごー……」
豪打の数は増していたが、男子生徒が明らかに怯えているように見える。
無論慶助はボロボロだったが、ついに直立歩行で歩み寄る。
『
「なってねぇんだよ、テメェのパンチ。折角だから、教えてやんよ」
「な、何すんだ!! 放せッ!!」
金髪を左手で握られた男子はそのまま壁に押し付けられた。両手で引き離そうと試みるが、びくともせず虫の息だ。
「いいか? テメェのパンチは、肘と肩しか使ってねぇから、まるでなっちゃいねぇんだよ」
「は、はぁ?」
徐々に恐怖を浮かべる生徒とは真逆に、男はどこか楽しそうな表情を出しながら右足を一歩退く。
「大切なのは、上半身より筋肉が多い下半身を使うこと……相手に対して半身になることで、腰の回転が使えるんだ」
言葉通りソフトボール投手のように身体を横に向け、徐々に右拳を肩の高さまで上げていく。
『やっぱり、殴る気だ!』
「おい! 大人気ねぇからやめろよ!」
「理想の角度は傾斜約三十度。上から下に向けて拳を飛ばす」
さっきまで
「そして、インパクトの瞬間に拳を固めて、相手に捻りこむように、全体重を乗せる……」
言葉を徒然なるままに続けると、最後にニヤリと口を伸ばし、更に強く金髪を握り締める。
「――腰の回転、上から下に向けた拳の軌道、そして相手に体重をぶつけるような拳。この三拍子を揃えるとな……こうなるんだよッ!!」
「おいッ!!」
――ズゴォォン!!
放たれた鉄槌が壮大なる衝撃音を生ませ、辺りさえも鎮まらせる。
が、慶助が貫いた物は、決して男子生徒自身ではなかった。彼の顔面すぐ横を通り過ぎ、結果として壁を砕いただけで済んだ。
『……んな、なんだよ……心配かけやがって……』
相手が傷を負わなかった現在に安堵し、力が抜けたように肩を落とした。もう警察沙汰になるのは御免なのだから。
「……」
「へへ、わりぃな。売られたケンカは、クーリング・オフする
一方、慶助たちの小競り合いも終演を迎えていた。大の大人らしからぬ壁ドンと、恐ろしい言葉を残すことで。
「――まだ刃向かうなら、まずはオメェが殴った五発分、今からちゃ~んと受けきってもらうぜ?」
「――ッ!! ……す、すみませんでした!!」
男子生徒は顔色を変え、すぐに土下座を始める。思わず苦笑いで見下ろしてしまったが、それは慶助も同じように頭を掻いていた。
「すみませんっした!! ホントにすみませんっした!!」
「みっともねぇから顔上げろ……んで、とっとと家に帰れ」
事なきを経たとは言いがたいが、大事には至らなかった。これで釘工生徒たちも全員帰ってくれるだろうと安心したときだった。
――「ダッセェ。負けてやんの……」
ふと遠方から鳴らされた低い女声に、唯たちは瞬時に振り向く。
美依茅とあおいが目に映るが、その禍々しい声質は二人でないと誰もが気づいていた。
『うそ……まさかこの声……』
しかし、唯は声主の正体をすぐに理解した。しばらく聞いてはいないが、耳に焼き付いているほど覚えがある。
やがて赤髪と青髪の背後から、革靴のクレッシェンドと共に第三者が近づいてきた。
同じく釘裂工業高校の制服を纏った女子で、ブレザーボタンは全開の、シャツボタンも第二ボタンまで解放した状態。
膝下から更に延びたスケバンスカートで、何よりも目に残る長い金髪を揺らしての登場だ。
「ま、負けじゃねぇよ! 今度は……」
「……負けは負けだろ? 今回も」
言葉尻を被された男子生徒だが、すると現れた女子に金同じ髪を握られる。
――ドゥグッ!!
「ウ゛ッ……」
そのまま彼女の膝蹴りが顔面にヒットし、男子の鼻が赤く染まっていく。
「て、テメェ……」
「ホントありえねぇわ……女にも勝てねぇで何が男だよ? 黙ってオネエでもやってろ、クズ」
「だ、だいたい……」
「……うっせぇ~バカ犬の遠吠え。二度とウチの視界に入んな。聞けなきゃ……今度はバットでシバく」
苦い顔を浮かばせた男子は即座に走り去り、唯たちには負け犬の遠吠えすら残せなかった。釘工内のヒエラルキーが垣間見えると、再び焦点が返る。
「……さてと、懐かしいコンビだと思って来てみりゃ、やっぱオメェラか……」
「なんで、こんなとこにいるんだよ……」
唯だけでなくきららにも視線を飛ばした金髪女子は、美依茅とあおいの間で腕組みを構える。釘工生徒すら沈黙させるオーラを放ちながら、顎を突き出して紡ぐ。
「――よぉ、唯……それに植本きららも、久しぶりだな」
「――あ、愛華……やっぱり、愛華なのか……」
お互い名前で呼び会う関係だが、空調の利いた店内で冷や汗が流れていた。
唯にとって、そしてきららにとっても、想定していなかった再会だったが故に。
―――――――――――――――――――
美依茅「それにしても、愛華来るの遅かったね😃」
愛華「誰のせいだと思ってんだよ?連絡しても全然出やしねぇし💢」
あおい「迷子の迷子の愛華ちゃん🎵」
美依茅「とっととおうちに帰りなさい🎶」
愛華「チッ🔥まずテメェらから八つ裂く……😡」
※三人を今後よろしくお願い致します🙇
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