③星川美鈴パート「――ッ!! 唯先輩危ない!!」
◇キャスト◆
釘工男子生徒
―――――――――――――――――――
時刻はもうじき二十時。多くの家庭では晩御飯を済ませ、明日への準備を取り掛かる頃と言えよう。
『店内でキャッチボールって……あいつらムチャクチャっす……』
しかし今宵、とあるスポーツ店内の少女たちに長き夜が始まろうとしていた。
グローブ購入を目的に訪れた笹浦二高生徒――唯ときらら、そして美鈴の三人は異次元な他校生二名を観察していた。
「いっけぇ! アタシの全力ストレートッ!!」
野球投手ばりに振りかぶった奥のスレンダー女子は、荒気味の長髪をワインレッドに染めていた。スカート丈を短く整えているにも関わらず躍動感が受け取れ、頻繁な大声や粗末な話し方を窺う限りお転婆娘と映る――名は
「いってぇ~……これだから美依茅の球捕るのダリーわー」
また嫌々捕球した手前の小柄少女は、小綺麗に掻き分けたショートをディープブルーを彩らせていた。度々溢す愚痴やため息だが、常時マスク状態克つ細い黒タイツ姿が特徴的である――名は
張り込み刑事のように陳列棚の隙間から覗いてるため、二人にはまだ気付かれていないようだ。しかし、現実離れしたマナー違反の光景には目が止まってしまい、美鈴たちも場に足裏を残す。
「なんかヤバいヤツらっすね……あの制服って、ドコの高校っすか……?」
「あれは、
「く、釘裂って、あの……」
高校名を知った途端、つい眉間に皺を集めた。悪い意味で有名だと既知しているために。
『かの有名なヤンキー高校じゃん……』
県立
数々のスポーツ部を設け、その成績は確かに優れた面々を連ねている。県立とは思えないほどの力量が揃い、メジャーからマイナー系まで勝ち進む印象が強い。
ところが、最も耳に入る情報は当校の悪評だ。
学業を怠り平日午前からゲームセンターやカラオケ、夜中になれば原付きバイクの無免許走行等、何人もの補導者が続出している。
また赴いた先々でも悪態でニュースに載ったこともあり、女子ならば万引き、男子ならば暴力の事件に
学力もさることながら、人としての成績にも欠ける者ばかりだ。毎年逮捕者や定員割れを招いていることから、今時珍しいが悪い意味で有名な一県立高校である。
「てか美李茅、肩強くね? マジ半端ねぇって」
「ヘッへ~。このまま野球でも初めて、プロ野球界にでも行っちゃおっかなー。豪腕少女現る! 年棒はなんと億千万!!」
「マジエキゾチック……てかさ、美依茅は女だからプロ野球は無理だって」
「ガーン……生きる希望を失ったわー」
「だったら、女子野球目指せばいいんじゃね?」
「そっか!! あおいは天才だなぁー! 発明家マシソンもビックリだねぇ」
「はぁ?……ああ、エジソンね」
快活なミスに冷静な突っ込みが入ったが、問答無用で再びキャッチボールが始まる。捕球時の大きな乾き音からは、彼女たちの大層な球速が伝わり、仮に他者に直撃すれば怪我をさせてしまうだろう。
想像を超える景色を目の当たりにし、美鈴は言葉も行動も出なかった。辞めてもらいたい思いばかりで
「行こうぜ……アイツらとまた絡んだって、面倒なだけだしよ……」
「え……
「唯の言う通り、にゃあ。店員さんにすぐ知らせにいこうにゃあ」
不可解な一言に思えたが、妙に真面目顔のきららに被せられた。
グローブ購入がてら、改めてレジに向かい出す中、美鈴だけは不良生徒たちを再視する。いつしか置いてきた、貧しい過去を思い出しながら。
『――もしかして、あの二人……あのとき、の……?』
「――っ! あれって……」
「美鈴? 早く行くぞ?」
「あ、その唯先輩……アイツが使ってるグローブなんすが……」
不完全な記憶のまま停止すると、小声と指先で情報を知らせた。唯に続ききららも視点を合わせた物とは。
「あのグローブ、さっき唯が欲しがってたやつ、にゃあ……」
「っ……」
赤髪の美依茅が手に着けている、ホワイトライン入りの黒グローブ。
それは確かに、先ほど唯が気に入り手に取ったオールラウンド用だ。購入するつもりが無かったため陳列棚に戻したのだが、我が物顔で使用する姿には細眉がつり上がっていた。
「あんのヤロウ……」
――「あ、あのお客様!!」
先輩の怒りも燃え上がった刹那、突如釘裂工業二人組へ震えた男声が飛び出した。
美鈴たちも棚越しから視線を移すと、胸元に“
正直、頼れる存在とは言いがたい。
「あれあれ店員さんじゃん! なになに~? もしかしてスカウト的な!? いや~参ったなぁ~! アタシがそんなに美人に……」
「……て、店内でのキャッチボールは、お控えください!!」
言葉尻を被せた対抗だったが、美依茅とあおいは互いに顔を会わせるとブッと吹き出す。
「あのさーお兄さーん? 相手と話すときはー、元気にハキハキと言わなきゃじゃーん?」
「モジモジしてて、マジモジキモいんだけど」
「お願いですからお止めください! き、聴けないならすぐに帰ってください!! 退出してもらいますッ!!」
挑発的態度を続ける二人に、男性店員が負けじと貫いた。怯える様子で目を閉じながらの号令には、さすがの釘工生徒も沈黙すると思えたが。
「……へへ。上等じゃん」
ふと重
「な、なんですか……?」
「安心しろよ、すぐ帰っからさ……あおい帰ろー」
「フフ、オッケー」
店員に踵を返し、
「どぉーあおい? イイカンジに動画撮れたー?」
「フフフ! 名札も撮れたし、これはバエるわ。“キチキモガキ店員にイジメられるJK”でアップしとくわー」
美依茅ばかりに注意が向いていた間、あおいが隠れてスマートフォンカメラを起動していたようだ。動画投稿サイトで公開されることになるだろう。全くの非のない店員だと言うのに。
「お、お客様、お止めください!!」
「だってー、アタシら人の話聴けないしー。だから今すぐ帰るんだしー。そもそも客のつもりないから、アンタに注意される筋合いもねーしー」
意見の平行線が辿った状態で、美依茅とあおいは出口へ向かい出してしまう。最後には置き土産の如く、手に持つ黒グローブをフロアに叩きつける。
「こんな店のグローブなんか、こーしたるわ!!」
「ハハハ!! 美李茅マジウケる! チューバー向いてるわー!」
革靴底でグローブを踏み潰し、
『
行き過ぎた悪フザケが継続される中、美鈴も気分が落ちていた。商品であり商品であり、唯が気に入っていたグローブでもあり、胸底が大層苦しい光景である。
場の収拾さえ一向に整わないため、他なる店員を呼ぼうと考えたときだった。
「チッ……も゛ぉ~ガマンできねぇ」
「ちょっと唯!」
「え……唯先輩きらら先輩!?」
怒濤の舌打ちを込めた唯が先陣を切り、続いて不安がるきららまで向かってしまう。思わず二人の後を追ったが、拡がる景色など高が知れていた。
「おいっ……いいかげんにしろよ」
「はーん?」
「……なに?」
一寸の反省を見せずポカンとした美依茅とあおいに、唯の目付きが更に尖りを放つ。背後からきららに落ち着くよう右手を引かれるも、
「店員のアンちゃん、困ってんだろうが……オフザケはもうやめろよ」
「……フフフ! だぁってぇー、アタシたち試用してただけなのに、帰れとか言うんだよー? それってヒドいと思いませーん? 試用だけに、使用してましたーなんちってー!」
「……」
誰もが認める極寒の静けさに見舞われたが、唯の炎までは消せなかった。
「テメェ
「なに? ケンカ売ってんの? いくらいくらー? ハウマッチ?」
「チッ……迷惑行為はやめろっつってんだ。小せぇ子だって来てんだから、危ねぇだろ」
無理強いにも激怒を抑えた唯が、開かれぬ両拳から窺えた。
今までなら喧嘩に発展していたが、ここ一ヶ月で様々な面が変わったが故に抑えたのだろう。たった一歩なのかもしれないが、大人の階段を昇るように。
『きっと唯先輩は、うちの前でケンカを見せたくないからだ……苦しくも冷静になって、会話で解決しようとしてるんだ……』
肩を張る健気な先輩の想いを悟り、声が出せぬまま後ろ姿を見つめた。
『――だって、あのときもそうだったから……』
睨む唯を一歩後ろで寄り添うきららも黙り、事態に
冷戦状態の静観が漂い続けていたが、するとまた一人の釘工生徒が現れる。
「濱野どうしたん?」
「お! いいとこに来たね! それがさー聞いて聞いてー」
同じく制服を纏った男子生徒が、当てになる訳がない美依茅の耳打ちに傾ける。片耳ピアスに荒れた金短髪を跳ねらせ、猫背からの細目で威嚇していた。
やがて聞き終えると気怠そうにため息を鳴らし、矛先がまず唯へ向かう。
「女が相手とか、マジ面倒なんだけど……あのさ、お前ドコ高?」
「……」
「なぁ、聞いてんだけど?」
「……」
隙間風も通らない程の距離を詰められた唯が心配だ。一方的に金髪男子生徒から言葉攻めで襲われるが、退く素振りなど皆目見当たらなかった。
細目には細目を。言葉には無言で返していると、やはり相手のボルテージを上昇させてしまう。
「なに? ナメてんのかよ? 女だから手ぇ出さねぇとでも思ってる?」
「……」
「それとも、ハハ! ただビビってるだけかー?」
「……」
「いい加減喋れよ!!メスブタがイイ気になってんじゃねぇよ!!」
美鈴を怯えたその刹那、ついに唯の反撃が鼻笑みを合図に始まる。
「息臭ぇよ、
「て、テメェッ!! っざけんなゴルアァァ!!」
「――ッ!! 唯先輩危ない!!」
怒り狂った金髪男子の右拳が現れ、美鈴の悲壮も
微動だにしない唯。
きららも庇おうと走り出すが間に合いそうにない。
一方の美依茅とあおいは嘲笑いを放つのみで、止めになど全く入らない。
危険が生じた光景を目の当たりにした美鈴も、絶望的恐怖心で動けず仕舞い。
ついに勇敢な先輩の顔付近に迫ったところで、固く目を閉じてしまった。
――パシッ!!
しかし、予想された鈍い音が響かなかった。
『――っ! あの人、確か……』
唯の顔面に向かっていた大きな拳が、更に大きな
「な、何すんだよオッサン!! 離せよ!!」
「はぁ~……呼ばれて来てみりゃ、ずいぶんと面倒そうじゃねぇか……とっとと帰ってりゃあ良かった」
釘工男子すら取り乱す気怠そうな男性とは、肩幅が富み背が遥かに高く、無精髭を浮かばせ立ち
「い、いいから離せよ!! 気持ちわりぃ~な!!」
「……へへ。レディーに手ぇ出すなんて、オメェ男としてのプライドねぇのかよ? なぁガキんちょ?」
「う……うっせぇよ!! 引っ込んでろよジジィ!!」
「チッ……」
太き重低音で返答した男性はついに金髪男子の拳を降り投げ、改めて互いの距離を戻す。歓喜とまでは及ばないが、驚きの再会を意味する三者の視線を浴びながら。
「わりぃけどよ、
気づけば再来していた眼鏡店員も注目するブース。
美鈴たちも一度は会話を交えた男が、店名と共に正体を公にする。
「――虹色スポーツの、大和田慶助っつうんだ。まぁ試験には出ねぇから、覚えなくていいけどよ……」
私服姿から察して帰宅間際だったであろう、唯を暴力から守った虹色スポーツ店員――慶助の登場で、先程までは無かった安堵の静寂が返り咲く。
「男の値打ち、下げんじゃねぇよ……クソガキ」
未だ威嚇する男子生徒だが、頼れそうな慶助によって事態が収縮されると思われた。
―――――――――――――――――――
唯「……もうじき三十の大人が、な~にカッコつけてんだよ😒」
慶助「いいだろ別に❗ お前らと違って登場シーン少ねぇんだし、それに助けた恩人にそんな態度ねぇだろ😠」
一方……
愛華「……チッ。返信も来ねぇし電話も出ねぇし……美依茅とあおいのヤツどこにいんだよ💦」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます