②??→星川美鈴パート「いっ、一万八千ッ!?」 

◇キャスト◆

星川ほしかわ美鈴みすず

牛島うしじまゆい

植本うえもときらら


愛華あいか

翔子しょうこ

美依茅びぃち

あおい


※今回より、未成年者の喫煙描写が含まれます。

未成年者によるタバコの喫煙は法律で固く禁じられております故、一切の真似事が無いようよろしくお願い致します。

―――――――――――――――――――


 十八時を回った日没間際。

 笹浦ささうら市から離れたこの市――稲武騎いたけぎ市にも暗夜が拡がっていく。菊の花やうぐいすの声で包まれた緑多い田舎町だが、国道を少し渡った駅近郊では家具店にホームセンターや大型ショッピングモールなど、先進的な夜景さえ楽しめる世界が浮かんでいる。


「わぁったよ。明日は行くから、もう勘弁してくれよ……」


 そんな灯りよりも目立つ、金の長髪がいびつにもなびいていた。


 頭頂部で一つにまとめた長身の制服女子高校生は、周囲の大人から視線を浴びながらも、スマートフォンを片手に通話中だ。しつこい指摘ばかりを受けるせいで、うんざりと制服のリボンをぶら下げている。


(もぉ~! 愛華あいかちゃんしっかりしてよ!! また出席日数足りなくなっちゃったらどうするの!?)

「欠席じゃねぇだけまだマシだろ……」


(遅刻も早退も、三回で欠席一回分だってことはわかってるでしょ!?)

「へいへい……じゃーまた明日ー」


(あーちょっと!! 待って愛華ちゃん!! まだ続きがあ……)


 愛華あいかと呼ばれた彼女は電話を切り、騒音から解放されて安堵あんどの一息を漏らした。やれやれと言わんばかりにスマートフォンを降ろし、今度はゆっくりと夜空を見上げる。


「……無理に決まってんだろ……バカ翔子しょうこ


 独り言まで放った上空は妙に曇りがちで、星一つまたたかない闇で埋まっていた。一寸の光さえ通さない分厚き壁を見つめながら、愛華は舌打ちと共に心で語る。


 途中で切った翔子しょうこという少女の台詞をさとって。


『ウチらが、活動再開だなんて……県のテッペンだんて……』


 最後は呆れたように鼻で笑い、派手に彩られたスマートフォンを着崩した制服胸ポケットにしまった。すると、周りの視線から逃れるようと建物の狭間へ向かい、年齢不相応な赤黒の箱とライターを取り出す。



『ウチらはもう、んだから……』



 その瞳には、希望の欠片など一切残っていなかった。決して納得している訳ではないのだが、未来への諦めを抱いている。去年、前代未聞な事件を起こしてしまったがゆえに。



『――犯罪者集団が戻れる訳ねぇんだよ……ウチも、みんなも……翔子だって』



 苦き過去を即座に思い出すほど、心内まですさんでいた。無表情に付いた細目が徐々に落ち、しばらく孤独と背中を合わせる。


『つまんねぇな……こんな人生も、早く終わっちまえばいいのに……』


 確かに一年前も険しい生活ではあった。が、痛いほど刻まれている記憶は、更にさかのぼり中学生当時に該当する。突然現れた転校生のせいで、元親友に粗末にも置いてかれたあのXエックスデーに。


『何ならあんとき、全部終わらせときゃあ良かったな……生きる価値なんてねぇんだからよ……』


 かつての二人を脳裏に宿し、大きくため息を吐いて忘れようとした。二度と会うこともないだろうと赤黒箱を空け、口許に一本を送ろうとしたときだった。



――「こっちにゃあこっちにゃあ!!」

――「はぁ~……マジで来ちった……帰りどうしたらイイんだよ……」

――「あんまり遅いと帰りのバスも無いかもっすね……」



『――っ! この声、この喋り方、まさか……』



 突如口を開けてしまい、聞こえてきた空間へ目を送った。あれほど避けていた表道にすぐ向かい、建物の隙間から声主を覗いてみる。すると、十メートル離れた地点に他校生三人の後ろ姿が窺え、思わず不適の笑みを浮かべた。


『へぇ~、マジかよ……こんなことあるんだな』


 一人は、麗しきロングブラウンを揺らす御嬢様系。

 また一人は、黒髪を纏う長身且つ肩が富む姉貴系。

 もう一人の背が低いツインテール少女は見覚えがなかったが、主要たる二人に関しては顔を見ずともあばいていた。


 笹浦二高の制服だということも。



『こんなとこで再会だなんて……フフ、神様も残酷だわ。やっぱウチらには、絶ち切れねぇ因縁があるみてぇだな』



 こちらに一切気づかなかった三人は愉快のまま、そばのスポーツ用品店を潜っていく。要件は知らないが、今は正直どうでも良かった。


『お前も、そう思うだろ……?』


 姿が消えたとはいえ、愛華は壁越しで恐ろしい眼光を向け続けていた。先ほど手放してしまった一本を唇で挟み、ライターを光らせながら嘲笑う。



『――なぁ……唯?』



 ◇美鈴、グローブを買う◆



「へぇ~……結構でけぇんだなぁ」

「そっすね……」


 入店した美鈴は先輩の唯と揃って、広々しい空間内に唖然としていた。


 数多くのスポーツコーナーを設けた店内は、端から端までの距離が百メートル近く、奥行きも背伸びですら見通せない。どんなアスリートも受け入れているように、品数豊富である。


 高さ自体も二階建ての構造で、見上げればロッククライミングの凹凸壁、会員制で利用できるジムルーム、フードコートさえも目に訪れる。


 スポーツ用品店という割には、何でも買い揃えられる大型スーパーと近似していた。


「……迷子にならねぇように、と」

「ゆ、唯先輩? どうかしたっすか?」


「え、あいや……武者震いってやつだよ……美鈴もはぐれねぇようにな」

「は、はぐ……はいッス!!」


 あまり慣れていないせいか、唯の拳が静かに振動していたが、反って嬉しさを覚えた美鈴は得意の空想を膨らます。


『よ~く考えれば、これは唯先輩とのデート!! しかもうちに心配の一言!! アッハハァ~ん幸せっす~唯先輩!! うち笹浦市で生きてて良かったっす~』


 本題を完全に忘れ、乙女の胸が高鳴っていた。


 バスで来るまでの間は運命的にも唯と相席し、時おり放つクールな横顔に見とれてしまった。母親の牛島恵に携帯電話で帰宅時間を知らせていたが、その家庭想いの優しさこそチャームポイントと言えるだろう。


 格好良さと優しさを兼ね備えた、初対面当時から憧れている先輩だ。



『アッハハァ~ん~唯せんぱ~い うち、歩くの疲れたからオンブしてほしいっす~。なんなら抱っこだって構わないっすから~ははぁ』



「ミ~スズン! 行くにゃあよ?」

「あ、きらら先輩……そ、そっすよね……」


 一声で我に帰った途端、ツインテールがしおれてしまう。決して二人きりのデートでは無いと確認したからだ 。して先輩方二人に迷惑など掛けられないため、トボトボと歩き始める。


『そっすそっす! 今はどうやってグローブを買うべきか考えないとッス!! ……はぁ~』


 後輩が先輩の前で生意気にも買って良いかと悩みながら、三人で案内表に従い“ベースボールコーナー”を目指した。ソフトボール関係の商品も野球のくくりで収められていることから、マイナースポーツではあることが暗示されている。


「……あそこにゃあ!!」


 グローブやスパイクの修理も行うカウンター前には、棚と壁に数々のグローブとバットにスパイク、練習着や新球が所狭しと陳列されている。また野球史に残る偉人の紹介写真が掲載されており、直筆のサインユニフォームまで飾られていた。


「へぇ~……グローブって、こんなに種類あんだな……」

「ポジション毎に形も違うし、色も黒以外にこんなあるんすね」


 設置されたテレビのプロ野球放送が響く中、美鈴と唯は色とりどりのグローブたちを見上げていた。


 打者に対してボールの握りを隠すべく、外から中身が見えないような網付けのピッチャー用グローブ。


 捕球の際に痛みを軽減する厚革で、横姿がたらこ唇に似ているキャッチャーミットと、先端が少し長くなったファーストミット。


 捕った打球をすぐ持ち換えられるように作られた、一回り小さめの内野用グローブ。


 広い守備範囲を促す長い指先で、自身の顔も隠せそうな外野用グローブ。


 またミットではないが、全ポジションに適応するオールラウンドと呼ばれる標準型も存在する。


「みんなキラキラしてんな~」

「はいっす。キラキラでピカピカしてるっす」

「鼻をプーンにゃあ」


 普段は石灰や砂ぼこりで染まった体育倉庫グローブを使用してるため、新品が発光体の如く窺えた。知識がまともに無い未経験者でも憧れ衝動に駆られ、一つ一つとゆっくり対面していく。


「……おっ! これ、カッコいいじゃねぇかぁ~」


 微笑んだ唯が手に取った一品は、黒にホワイトラインが走る、内野用よりも少し大きいオールラウンドグローブだ。十字形の網にも惚れたようで、“試用可”の看板も確認できたため早速左手を差し込む。


「すげぇ~! ザラザラしてねぇしサイコー! 美鈴も入れてみろよ?」

「……ホントっす! 指一本一本が優しく包まれてるカンジっすね!」


 握りづらい固さは否めないが、甲に当たるクッション毛の肌触りが魅力的だった。革質も上々でうるおさを感じ取れ、新品の香りが更に購入精神を働かせるが。


「これで、一万五千っすか……」

「いッ! 一万以上!? マジかよ……」


 高級品の値札を確認すると、やはり険しさへ移り変わる。驚き叫んだ唯もガックリと肩を落とし、結局棚に戻すことにした。


「また会えたら会おうな……黒グローブ」

「唯先輩……ホントに気に入ったんすね」

「ミスズンは、どんなグローブが欲しいにゃあ?」


 惜別せきべつを経た直後、棚越しからきららの笑顔が垣間見えた。どうやら一人で見回っていたようで、再び三人が狭いソフトボールコーナーに集まる。


「うちはファーストっすから、やっぱり中島先輩のような、長いファーストミットを買おうと……」


「え? 美鈴は買うの?」

「ア゛ッ……」


 思わぬ展開に引き込まれてしまった。突発的な事故でもあったために、身体の震えが瞬時に現れる。


「そ、その……唯先輩すみませんッス!!」

「い、いきなりなんだよ……?」


「いやその……実はうち、本気でグローブを買おうと思ってて……」

「べ、別にイイじゃんか」


「ほ、ホントっすか!? 生意気だと思わないっすか!?」

「なんで生意気なんだよ? オレは、美鈴は計画的で貯金ができるイイだって、思うだけだよ」


「い、イイ……うちが……」


 想像と違った思想観念を伝えられ、徐々に緊張がほぐれていく。


嫉妬しっとみてぇなくだらねぇことは、これっぽっちも思っちゃいねぇよ。それに、三人で来たんだ。品選び手伝わせてくれよ!」

「唯先輩……グズッ……ありがとうございますッス!!」

「え……何故の涙?」


 素敵な先輩の前で感極まり、不意に流れ出た乙女のしずくを拭う。人脈に恵まれていると再確認され、抱いていた悩みなどくだらない勘違いだったようだ。


「唯先輩……これからもよろしくっす!」

「へへ! まぁ良くわかんねぇけど、サンキューな。さてと、じゃあ本命のファーストミット探そうぜ!」

「ウッス!!」


 いよいよファーストミット選びが三人係りで安心して始まった。一つ一つ目と手で感触を確かめ、右手にめ外しを繰り返す。


「ファーストミットって、でかくていいよなぁ……」

ひらめいたにゃあ!! きららのグローブもこのくらい大きければ、きっとトンネルもなくなるはずにゃあ~!!」


「だったら、みんなファーストミットにしちまえば、いいんじゃね?」

「唯さすがにゃあ!! それだけで博士号獲得にゃあよ!!」


「それが、どうもダメらしいんすよ……ルールでは、ファーストとキャッチャーだけしか認められてないらしくて、他のポジションは禁止なんだそうっす。篠原先輩がそう言ってたっす」



――――――――――――――

 オフィシャルソフトボールルール 3-3項

 1.グラブは、すべてのプレイヤーが使用してよいが、ミットは捕手と一塁手だけが使用できる。

 2.投手が使用するグラブは、グラブのひもを含め、多色でもよいが、球以外の色でなければいけない。

 3.他のプレイヤーは、どのような色のグラブを使用してもよい。


 《効果》3項

 野手が不正用具で打者・打者走者・走者に対してプレイをした場合は、攻撃側の監督に選択権が与えられる。

(1)打球を処理した場合

 プレイの結果を生かすか、打ち直し(打撃完了前のボールカウント)をする。

(2)送球を処理した場合

 プレイの結果を生かすか、投球時に占めていた塁に戻らなければならない。

――――――――――――――



「そ、そんにゃあー!! 単位不足の留年ガビンにゃあ……」

「なるほどな~……筑海つくみのヤツらだってそうだったしな」


 様々な話題を盛り上げながらも、グローブ選びは思いの外スムーズに進行した。求める左利き用は断然少なく、ポジションも限定していたことが要因なのだろう。選択肢が三つとまで絞ることができたが。


「う~ん……最後の一手が決まらないっす……」


 一つ目は赤基調のホワイトラインで、二つ目がブラウン一色、そして三つ目が黒とブルーラインを並べた美鈴。しかし、ここにきて候補から決めることができず、苦悩の時間が開催してしまう。


「……お二人とも。時間を掛けてしまって、ホントに申し訳ないっす……」


「気にすんなって。大きい買い物なんだから、決めづらいのも無理ねぇよ」

「そうにゃあ。ミスズンはゆっくり考えてくれていいにゃあよ」


 二人から温かく返答されたが、悩める少女に眉間の皺が残る。右手を嵌めて感触を確かめるも、全て同じような心地良さを感じた。一体どれが一番適しているのかなど、皆目不明で立ち竦んでしまう。


『ソフトボールの経験なんて全くないウチが、グローブ選びなんてまだ早かったのかなぁ……?』


 決定要因を見出だせず、大きなため息で肩を落としていた。


「……唯先輩ときらら先輩だったら、どうやって決めますか?」


 一人では決められないならば、先輩の意見も参考にしたい。すると唯ときららは一度互いの目を会わせ、自分のことのように真剣に考えてくれた。


「う~ん……オレは、形が一番カッコいいと思ったやつだなぁ……きららは?」


「デザインも大切だけど、きららはやっぱり色重視にゃあ。好きな色で選ぶのもアリだと思うにゃあよ!」


「形と色、っすか……」


 表情に浮かんでいた厚い雲が少し薄まり、美鈴は三つの相棒候補を再注目した。唯が指摘してくれた形については、全て同じだと判断できる。

 あとはきららが助言してくれた配色だが。


「ミスズンは、何色が好きにゃあ?」

「色、うちっすか? う~ん……」


 好色など今まで考えたことがなく、きららからの問いに渋い顔のまま答えられなかった。従順たる舎弟しゃていこそが日常で、思い返せば己の中味を知らない気がする。

 らしさを見つけきれてないことが、今回のグローブ選びを困難にしているに違いない。



『……』



「……唯だったら、何色がいいにゃあ?」


 考えあぐねた心内を見抜いたのだろうか。美鈴が黙り込むときららが唯へバトンを渡した。


「オレだったら……やっぱり黒とかネイビー系かな? こーいう暗めな感じだと、自然と落ち着け……」

「……じゃあこれでっ!!」


 咄嗟に大声で言葉尻を被せてしまい、愛する先輩を驚かせてしまった。他者の意見を丸飲みと言われても仕方がないが、今の美鈴にはこれ以外の選択肢がなかったのだ。


「ほ、ホントにこれでイイのかよ? 美鈴の好きなやつを選べばいいじゃんか?」

「こ、これがイイッス!! ウチも黒と青が好きっすから!!」


 候補の中から手に取ったファーストミットは、口周りが青で染められ、他の広い箇所は黒で彩られている。


 気になる御値段とは。


「いっ、一万八千ッ!?」 

「み、美鈴? も、もももう少し見て選んでもいいんだぞ? 時間のことは気にしなくていいからさ、アハハ~……」


 二万円近くの出費は、女子高校生にとって死活問題だ。貯金があるとはいえ、美鈴も緊張の血流が全身へめぐったが。


「いえッ! 黒と青のミットはこれしかないんで、これで決まりッス!! ゆ、唯先輩の好みはウチの好みなので、完全に決まりッス!!」


 台詞は最早もはや滅茶苦茶だった。

 あまり納得してない顔色の唯がため息を漏らした反面、どこか嬉しそうなきららに、肩に手を添えられる。


「では、ミスズンさん!」


 待ってましたと言わんばかり告げ、開会宣言の如く紡ぐ。



「このグローブ、買いますにゃあ? それとも、買いませんにゃあ?」



 どこかの番組を真似た決まり文句に、更なる重圧へ追いやられる。きららの温かな視線も感じられないまま、美鈴は固唾を飲み込んでグローブを見つめた。


『うちは今、二万円近くの高級品を買おうとしているんだ……』


 震える指先で開けた長財布。中味には確かに二人の福沢諭吉がどっしり構えていたが、所持者はそれどころではなかった。想像を遥かに超えたプレッシャーで、静かに冷や汗を垂らす。


『……ヤバい、声が出しづらい、息もしづらい……』


 心臓の鼓動まで窺える聴覚。

 心身共々の汗すら感じ取れる味覚。



『買う? 買わない? 買う? 買わない? ……』



 瞳を閉じた自問自答の最中さなかでも、グローブの存在を感知する一人の三感。


 歯音しおんを張り巡らした決断がついに、少女の小さな口からおおやけさらされる。



「――か、買います!!」



「オ~……」

「さすがミスズンにゃあ!!」


 覚悟で放った緊迫の一言には、唯からは唖然とした拍手、またきららからは称賛の万歳を手向たむけられた。


「……唯先輩、きらら先輩。長々とお付き合いしていただき、ありがとうございましたっす!」

「いやいや、なんか感動した……美鈴スゲェ~よ!」

「ナイスガッツにゃあ!!」


 ようやく笑顔が戻ってきてもなお、未だに先輩からの感激がまない。確かに、今回のような高額商品を購入した経験は無かった。故に相当な決断力が試され時間が掛かってしまったが、二人の前で乗り切れ内心ホッとしていた。


「じゃあ早速、レジに向かおうにゃあ!!」

「ウッス!!」


 自身も選んだ黄色グローブを握り締めるきららが先陣を切り、美鈴も前向きに歩み始める。一人だけが購入無しと思われたが。


「……ところで、唯のグローブはドコにゃあ?」

「え……いや、さっき置いてきたけど……オレは買えねぇからな! 金欠だし、帰りのバス代でいっぱいいっぱいだし……」


「気にすることないにゃあ!!」

「な、なんでだよ……?」


 困り果てたハの字で返した唯には、美鈴も同感だった。無理強いにも購入させるのかと疑いかけたが、胸を張る猫型御嬢様のたくらみが一段上であることを知らされる。



「きららが二人の分、おごるからにゃあ!! 日々の御礼として、御奉仕させてほしいんだにゃあよ!!」



「「へ……エエエエェェェェ~!?」」


 本人曰く、無理矢理バスに乗せた時から決めていたそうだ。

 驚愕を取り払えない二人は無論遠慮を示すが、胸ポケットから取り出された一枚のカードを見せられ更に硬直してしまう。


「こ、こここれは……禁断の、クレジットカードっす!」

「クレカだ……ももモノホンのクレカだよこれ!! お前いつもこんなの持ち歩いてたのかよ?」


「そうですけど、にゃにか? そんな驚くことないと思うにゃあよ?」


「いやいやいやいや! だったら尚更自分で買うからイイっすよ!」

「美鈴の言う通りだぞ、きらら! カードの使い過ぎで借金まみれになった人、テレビで何人もやってたんだから!」


 財閥嬢とはいえ、気持ちだけで嬉しかった。しかし反論には反論が返され、想定外だった平行線が辿る。



「余所は余所、きららんはきららん家にゃあ。唯が持ってこないにゃら、先にミスズンの分買っちゃうにゃあよーヒョイ!」

「あちょっと! きらら先輩!!」

「アイア~イにゃあ」

「いやいや待ってっす~!!」


 ファーストミットをも掴み取り、きららは振り向かずまっすぐレジへ進んだ。取り乱した美鈴も、慌てふためく唯も走り出し後を追おうとした、その時である。



――バシッ……バシッ……


「にゃあ?」

「な、何すかこの音?」

「グローブの、音?」


 三人には聞き覚えのある音色だった。棚越しから聞こえた物音に反応し、足場と視点を一致させる。無論陳列棚が視界をさえぎり、正体までは不明だ。


「……っ! 笑い声も聞こえるっす」

「同じ女だな……」

「なんか面白そうだから、行ってみようにゃあ!」


「おい、きらら!?」

「あ、待ってっす~!!」


 レジからベクトルを換え、きららの後を唯、続いて美鈴の順で連なる。


 時刻も予定より遅く、明日からは初めての合宿もある。先輩をも待たせてしまったために、可能ならば早急に事を済ませたいことが本音だったが。


「待ってっす~ウォット! ……ふわぁ~」


 棚端まで来た瞬間二人の急ブレーキで、美鈴の顔が唯の背中に収まった。ラベンダーの安らかな香りに包まれたが、何一つ応答されなかったことに違和感を覚える。


「あ、あの唯センパ……」

「……ねぇ唯? あの人たちって……」

「あぁ……間違いねぇ」


 言葉尻を被せたきららに返答した唯。目前の光景に集中していることが声質からも窺える。


 美鈴も二人の背中から覗き見ると、約十メートル先に間を開けた二名の女子が映った。学校名までは未見解だが、着崩した制服及び背丈からは高校生だと認識できる。



『あ、あの人たち……』



 しかし最も印象深かった面は、彼女たちの髪色、そして現在進行形の行動だった。


 まず髪色は、手前でマスクを着用した小さな一人がディープブルー。また奥でハシャぐもう一人がワインレッドで彩られていた。間違いなく校則に反した髪染めである。


 そして現在進行形の行動とは、店内としては考えられぬものだった。業務妨害極まりなく、グローブとボールまで使用していたのだから。



『――店内でキャッチボールって……』



 通路で繰り広げられる愉快なキャッチボール。無論周囲がネットで囲まれている訳でもない。ただ我が物顔で店内商品及び空間を、私用の如く扱っていたのだ。


「ねー美依茅びぃちー、まだ続けんのー? ブッチャケ飽きたんだけどー」

「そんなこと言わないで、あおいー! これからこれからー! さぁいくよー!」


 帰り際の遭遇してしまった、異様な高校生――美依茅びぃちとあおい。

 苗字まではおろか背景も未知だが、今宵この二人をきっかけに美鈴たちの長き夜が始まってしまう。


――――――――――


愛華「……道、迷ったな😥」

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