十七球目◇美鈴、グローブを買う◆

①東條菫→星川美鈴パート「明日からの合宿、何かお話できたらいいなぁ~……」

◇キャスト◆

東條とうじょうすみれ

菱川ひしかわりん

星川ほしかわ美鈴みすず

牛島うしじまゆい

植本うえもときらら

Mayメイ・C・Alphardアルファード

―――――――――――――――――――

 だいだい注ぐ放課後を迎えた、笹浦二高一年二組の教室内。

 明日から大型連休が始まる生徒たちはいつも以上に開放的で、高らかな会話を通してさかっている。ゴールデンウィーク中の予定を確認し合ったり、中には共に計画を立て合ったりと、今朝のごとく快晴の雰囲気が舞っていた。


「さてと! 凛帰ろっか!」

「うん菫。今日も泊めてもらっちゃって……いつもありがとね」

「いつものことでしょ? 気にしない気にしない! 百合も蓮華も、桜に椿だって喜んでるから!」


 少年少女が退出する中、一際ひときわ笑顔が光る菫は凛と同時に、珍しく軽めのスクールバッグを肩に掛ける。いつものように廊下に出向いたが、ヤル気に溢れていたばかりにため息を落としてしまう。


「今日は部活お休みか……やりたかったのになぁ~」

「明日から合宿だもん。“ゆっくり休んで明日に備えるように”って、田村先生も言ってたでしょ?」

「そうだね……でも、一番休むべきは先生だと思うんだけど……」


 数日前のミーティング時、柚月から十冊以上のソフトボール教本を渡された信次だが、今朝の練習では途轍とてつもなく眠そうだった。目下に明らかな隈を浮かべていたが、時おり立ったまま寝ていたに違いない。


「ウフフ。そんなこと言ったって、先生は休むような人じゃないから無理だよ。あの人はどんなときだって、自分よりも他人を優先しちゃう人だから」

「なんか心配だなぁ~。お嫁さんとか恋人とか早く見つけたりしてくれれば、見てるこっちも安心なんだけど……」


「あの人は……無理だよ」

「そんな酷いこと言わないでよ」


「じゃあ菫がなってあげたら?」

「えっ!? あ、あたしはちょっと……恋愛とかよりも、家族の方が大切だし」


「ね」


 顔を赤らめる始末に至ったが、身長開ける凛と姉妹の如く進んだ。騒がしい廊下をゆっくりと歩み、見えてきた階段もそっと降り始める。


「話変わるけど、さ……」

「ん?」


 すると凛の小口が話題変換の形で動き、先に一段降りた菫は首を傾げて立ち止まった。改めて瞳と微笑みを上向きに交わすと、一部膨れたスクールバッグを押さえながら紡がれる。



「ありがと、新しいグローブ買ってくれて……大切に、使わせてもらうね」



 凛の感謝とは、ソフトボールにおいて必需品であるグローブに関した内容だった。


「あ、いやいや! 買ったのはあたしのお父さんだし。気に入ってもらえたなら良かったよ!」


 昨日の部活動終了後、二人は市内のスポーツ用品店を訪れることとなった。早めの帰宅だった菫の父――東條とうじょう太陽たいように車を出してもらい、折角の機会だからと新しいグローブを購入してもらったのだ。


 実の娘である菫はもちろん、小学生当時からの親友である凛も含めて。


「一万以上もするとは思ってなかったから……ホントに、ありがと。パパもママも感謝してる」


「そんなそんな! あたしのお父さんだって、百合と蓮華の面倒見てくれる凛に感謝してるから。その御礼の印ってことで! ……でも、凛はそのグローブでホントに良かったの?」


 実際に二人が購入してもらった物は、向日葵ひまわりのような黄色に染まる内野用グローブだった。それもメーカーや網も瓜二つで、全くのお揃いと断言できるが。


「うん……菫とは、どうしてもオソロにしたかったから。後悔なんて微塵みじんもないよ」


「そ、そう……フフ。実はあたしも、凛がオソロにしてくれて嬉しいんだ! ペアルックみたいで、今まで以上にヤル気が出てくるよ!」


 欲しいグローブを先に選んだ菫は、わざわざ真似てくれた凛の優しさを今も感じていた。


 物欲の無い少女であることは以前から知っていたが、お揃いにしてもらったことでいつでもそばで繋がっているように思える。

 セカンドとショートという二遊間を守るコンビでもあり、素直な愛心まなごころと親近感を得られた。


「まぁまだまだカチカチだから、ボール捕りづらいんだけどね……」


 早速今日の朝練習で使用してみたが、まだまだ新品らしい固さで扱いづらかった。キャッチボールやフィールディングでは“グローブで握る”というより“グローブに入れる”感覚に等しい。今まで体育館倉庫から借りていた貸出用の方が、残念ながら捕り安く感じた。


「でも、使っていればすぐ馴染むよ。それに合宿があるから、尚更なおさら柔らかくなると思うよ。清水先輩たちもそう言ってたし」


 ただ面白かった出来事と言えば、全ての笹二ソフト部員らに注目され、特に経験者の先輩たちから歓声を浴びたことである。まるで有名人のように感嘆で包まれ、照れ隠しに困る一方で心が弾んだ。


「そだね~。はぁ~、早く明日にならないかな~」

「フフ。遠足じゃないんだから」


 緩やかに通路を辿たどり、気がつけば昇降口も見えてきた。凛との一寸ちょっとした会話を続けたまま到達する頃だが、向かい側廊下から近づく一人の少女を見て立ち止まる。



「みす……星川さん……」



 菫と凛に体面した相手は、同級生であり同部に所属する一年生の美鈴だった。一度は目が合うも、距離が縮まるに連れて徐々にれていく。


「……な、なに?」

「えっ、あ、その……」


 瞳を細めた気まずさに襲われ、菫も思わず下を向いてしまった。

 ムスッと肩を落とした美鈴も再び歩き出し、可視的なへだたりも戻るときだった。



「良かったら、あなたもいっしょに帰らない? わたしと菫と、三人でさ?」



「――っ! 凛……」

「……」


 通り過ぎた美鈴を再停止させた音色は、意外にも凛の小喉から出た声だった。思わず菫も驚きを隠せず静まると、後ろ姿とはいえ返答が渡される。


「うちは、唯先輩たちと帰るから……」

「そう……わかった。先輩を待たせちゃ失礼だものね。引き留めてゴメンなさい」

「……」


 足音で消えそうな会話は長く続きそうになかった。


「明日からの合宿、いっしょにガンバろうね」

「……うっす」


 結局振り向かず終わった美鈴はいよいよ離れ、昇降口前廊下から姿を消した。普段からそばにいる先輩の唯ときららとで下校するに違いない。長続きの会話でなく良かったのかもしれないが。


「……星川、さん」

「菫、帰ろ?」

「う、うん……」


 晴れない菫には、曇りがちの下校が始まる。凛が代弁してくれたから良いものの、美鈴と思い通りに話せなかったことで落ち込んでいた。

 同じソフトボール部にも関わらず、してや同学年にも関わらず。履き替えた革靴から嫌な冷たさを感じながら、夕空の下を歩み始める。


「……凛って、スゴいよね」

「いきなりなにの?」

「いやその……星川さんとあれだけ話せるなんてさ……ちょっと羨ましいぐらい……」


 校門から出た二人はいつも通り東條家を目指すが、いつにない内容に重くとどこおっていた


「何言ってるの? ただ誘っただけのことなのに、スゴい訳ないでしょ。菫だって、メイをよく誘ってるじゃない?」

「メイとは、何も気にせず話せるんだけどさ……」


 こちらも同学年のメイとは、共に下校しようと何度か声を届けてきた。しかし実家の門限が厳しいようで、チャイムが鳴ると常にダッシュで帰宅してしまう。ちなみに本人からは、


 “「親の心、子知らずにはなりたくありマセンノデ!! デハデハ~シュワッチ!!」”


 といつも快活に言い残されてきた。


「美鈴にだって、気にする必要なんかないと思うよ? 菫がはじめてわたしに話しかけてくれたときと同じだよ」


「あのときは、凛が一人で寂しそうだったから……でも、みす、星川さんは……」


 喧嘩など一度もしたことがない。

 ところが裏を返せば、愉快な語り合いも皆無である。

 正負に至っていないぜろの関係こそが、足止めに繋がっているのかもしれない。



『上手く、近づけないんだよな……星川さんには、星川さんの大切な人がいるから……牛島先輩や植本先輩がいるから、かな?』



 仲良くしたい気持ちは確かにあるのだが、途中に心で呟いた菫は未だ言語化に苦しんでいた。幼馴染みの凛から受けた指摘を飲み込みながら、あと一声出せない己の弱さに打ちひしがれていた。


「明日からの合宿、何かお話できたらいいなぁ~……」

「できない訳ないよ。チームメイトは、家族のようなものでしょ?」

「……うん、そうだよね」


 そのとき、菫には新たにもう一つの合宿目標が生まれた。


 過酷な練習を乗り越えることは言わずもがな、まだ出会って間もない仲間たちと親睦しんぼくを図ることだ。


 家族のように結び強い部にしたいという願いから、照らす夕陽に祈る。



『――ガンバろう……みんなとの練習も、みんなとの絆も!』



 姉妹にも窺える凹凸な二人は歩道を進み、明日に向けて進むことにした。



 ◇美鈴、グローブを買う◆



「唯先輩きらら先輩!! お待たせしましたッス!!」


「ミスズン遅いにゃあよ~……レディーを待たせるにゃんてひどいにゃあ!!」

「二分も待ってねぇだろ……んじゃ、三人で帰ろうぜ!」


 同時刻の夕方。唯ときららの元にたどり着いた美鈴は、菫と凛に告げた通りの三人下校を始めた。裏門を出て細い道を踏み、相変わらずのトークをあわせて影を並べるが。


「……」

「……明日っから合宿か~。二人は準備終わったか?」


万端ばんたんにゃあ!! あとは信次しんじくんといっしょに寝るベッドを持ち込めば完璧にゃあ!!」

「即タイーホだよバカ……美鈴は?」


「……」

「美鈴?」


「ハッ!! 申し訳ないッス!! あ、明日から合宿っすね!」

「あ、あぁ。だから準備終わってっかって聞いてんだけど……」


 端で下を向き考え込んでいたために、尊敬する唯との会話がぎこちなかった。純情乙女の脳裏に潜んでいた正体とは。


『冷たくしちゃったかな……菱川と東條に』


 先程の凛と菫を思い出し、妙な罪悪感を覚えていた。二人を悪く思っている訳ではない。共に下校しようと誘われた過去は、内心すこやかだったと称せられる。


 しかし、優先順位を理由に断ってしまった現在が、どうも呼吸しづらい。結果として一方的に避けるイメージが否定できず、未来に恐れながら先輩二人に溶け込めず歩いていた。



二兎にとを追う者は一兎いっとをも得ず……メイならきっと、そう言うんだろうな……』



 両グループ共々と願うばかりに、欲張りの疑念が目覚めてしまう。道は同じなれども、いつもとは異なる風景を見下ろしたまま、いつしか唯ときららの背後に並んでいたときだった。



「スミスとリンリンのオnewグローブ、キラキラしててスゴかったにゃあね!!」



「――っ! きらら先輩……」

「そうだなぁ~。新品グローブ、か……」


 先頭に抜けたきららの唐突な一言に、唯が夕空を見上げる一方で美鈴は驚き固まった。うずく心の内を見透かされた気がしたからだ。返答に困ってしまう少女のスカート掴みを見せると、尊敬人が呟きでフォローする。


「マイグローブ、か……。財布の中身は~っと……はぁ~。野口が一人か……」


 小銭の音さえ鳴らず、儚くも所持金は千円札一枚ほどのようだ。


「はぁ~……あんな高級品、オレが買える訳ねぇよな~……」

「唯先輩……」


 ため息を止められない唯の一言は、何とも寂寞せきばくに満ちていた。


 一月ひとつき前に変わった家庭の都合上、母子家庭の一人娘である現状に関しては美鈴も既知だ。パート務めの母――牛島うしじまめぐみと共に小さなアパートで暮らし、経済面では決して豊かとは言えないだろう。


「……ま、仕方ねぇよな! 早く帰って、飯かねぇとだし!」


 しかし今春、満開の笑顔が散る瞬間は無かった気がする。中学生当時から知る唯の現在は、とても幸福に窺えた。憧れが更に増し、新品のグローブよりも見とれてしまうほどである。



『やっぱり、唯先輩の笑顔は……サイコーっす!』



 裕福と幸福を一致させない、頼れる王子様的先輩。そんな高鳴る唯を目に残すことが、高校一年生になった美鈴にとっての幸甚こうじんである。背を隠すほどの長髪を左右に揺らした、スレンダーな後ろ姿を眺めていた。いつしか夢で見た、男性紳士服を纏った唯も思い出しながら。



『ふぅ~わぁぁ~ハハァ~ン! そんなぁ~、うちを御姫様っこだなんてダメっすよ~。最近ポテチ食べ過ぎちゃって重いっすから~ラララ~』



「み、美鈴……どうした? ボーッとして……」

「――ッ!! イヤッ!! すみません!! なんでもないッス!! 面目めんぼく無いッス!!」


 現実に引き戻された喪失感の分だけ、何度も頭を下げ続ける。つい妄想を膨らませてしまうくせこそあり、恋愛小説大好きな純情乙女の失態だった。


「……風邪でも引いたか? 顔真っ赤になってんぞ?」

「ホントにホントに大丈夫ッス!! ホントにホントにホントにホントにライオンだ~ってぐらい元気ッスから!!」


「ほれ、ちょっとデコ触るぞ? 熱ねぇか確認すっから」

「アアァァァァ!! 唯先輩近すぎッス!! 近すぎちゃってどぉ~しよ~ッス!!」


「……オレはけものか」

「そ、それはそれで……」


 まぎらわそうとした努力も束の間、唯に傾げを解いてもらえない美鈴は再度謝罪をし、短いツインテールを上下に振った。勢いのあまりヘアゴムが外れそうになっていくが、もう一人の先輩が見せた仁王立ちに振り向く。


「きらら先輩……」

「にゃあにゃあラブラブな二人とも~?」


「なんだよ? てかラブラブって……」

「ゆ、唯先輩と、うちがラブラブ!?」


「ニャハハ~!! せっかくの機会にゃあ!!」


 突如後方に指差したきららにつられると、すぐ近くに立ったバス停が視界に入る。幾人が並び待っている様子からは、もうじき来車することが推察できるが。


「ば、バスっすか?」

「贅沢は魔物だぞ?」

「ニャハハ!! あれに乗って、三人で行くんだにゃあ!!」


「行くって……」

「ドコにだよ?」

「決まってるにゃあん……」


 唯と共に傾げた美鈴がまばたきを繰り返すと、胸を張った猫姫がルージュの唇で表す。



「――きららたち三人も、オnewグローブを買いに行くんだにゃあ!!」



「「……エエェェェェェェ!!」」


 意味理解に遅れたが故に一間空けてしまったが、美鈴は唯と同じく口がふさがらなかった。誰もが認める唐突な発言には驚くばかりで、思考が否定方向のみ指す。


「お、オレ金ねぇって言ったじゃんかよ!?」

「う、うちもっすよ~……たぶん」


「まぁまぁ~。お金のことなら気にしない方がいいにゃあ……ニャッ! バスが来たから乗るにゃあよ~!!」


「ちょ! きらら離せよ!!」

「きらら先輩……首、キマってるっす……」


 高らかな財閥嬢に右腕を鷲掴みされた唯。そして、美鈴も同じくして首を抱き締められながら、停車寸前のバスへ連行されていく。


 足掻あがきは試したが、前回の練習試合でレーザービームを放った右腕から離脱できず、徐々に気も失いかけてきた。


『ど、どうしよ~……』


 ただ、一人の純情乙女には、とある隠し事が胸中きょうちゅうに潜んでいた。



『実は、このあと……』



 運命の悪戯いたずらかと疑った。なぜなら本日の夜に予定を立てていたからである。入部当初からコソコソと貯めていた、物品相当の貯金額を使って。



『――一人でグローブ、買おうとしてたのに~!』



 このままでは、唯の前で購入することになるだろう。買いたくても買えないと公言した先輩のすぐ目の前で。だからこそ先ほどの会話中、避けるために誤魔化してしまったのだ。


『どぉ~しよ~……どぉ~しよ~……グブッ』


 言いたいことも言えない少女のまま乗車すると、呼吸ままならずだった美鈴は座席でぐったり寝込んだ。


 帰宅後の家事も予定していた唯も猛反発していたが、きららのワガママが消えることはなかった。バス自体もドアが閉じ、ついに三人での出発を向かえてしまう。


「さぁ出発にゃあ!! 目指すは……ドコのバス停にゃあ?」

「ハァ!? お前知らねぇで乗ったのかよ!?」

「何とかなるにゃあ!!」


 ドタバタな会話がバス内にも起き、目的地を示さない出発となった三人。周囲の同乗者にも迷惑を掛けているに違いなかった。


 しかし、これから予期せぬ出来事が待っていることなど、少しも感じていなかった。まさか、別高校の彼女らと再会することになろうとは。



 まさか、と同じ事態になろうとは。

―――――――――――――――――――


??「……フフ😏やっとウチらの出番だな✨👿✨」

メイ「Waoh❗ ワタクシと同じgolden hairデスネ😍」

??「……フフ。どうだかな💀」

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