④清水夏蓮パート「みんなといっしょなら、大丈夫だよね!」

◇キャスト◆

清水しみず夏蓮かれん

篠原しのはら柚月ゆづき

中島なかじまえみ

舞園まいぞのあずさ

月島つきしま叶恵かなえ

牛島うしじまゆい

星川ほしかわ美鈴みすず

植本うえもときらら

東條とうじょうすみれ

菱川ひしかわりん

Mayメイ・C・Alphardアルファード

田村たむら信次しんじ


筑海つくみ高校女子ソフトボール部のみなさん

花咲はなさき穂乃ほの


磐湊戸いわみなと学院高校女子ソフトボール部のみなさん

―――――――――――――――――――


「……と、まぁこんなところね」


 マネージャーの柚月によって、去年のインターハイ予選決勝戦――名門筑海つくみ高校と王者磐湊戸いわみなと学院高校を見せられた笹浦二高女子ソフトボール部。

 貸しきりのコンピューター室にあかりが戻るも、選手個々人の表情は茫然ぼうぜんと染まり静寂だった。


『スゴい試合だった……同じ高校生とは思えないくらい、レベルが高かった……』


 小学生当時から経験者の夏蓮も、両校の試合姿勢に唖然あぜんとしていた。


 ソフトボールならではの素早さ。

 欠点など窺えない攻守の的確さ。

 そして決戦に込められた各々のいさましさに魅了され、声が喉を通らなかった。


あたしたちが茨城県にいる限り、この二校とは必ず戦うことになるわ。インターハイ出場の目標を叶えるなら、尚更なおさらね……」


 教壇に立つ柚月がそう告げると、人一倍険しい顔色の叶恵も隣に現れる。


「チッ……磐湊戸は、全国の中でもトップクラスのチーム。毎年スポーツ推薦で選手をるチームだから、映像以上に手強い相手よ……」


「叶恵の言う通り……並大抵の努力でかなうような相手じゃないってことね」


 ミーティング開始時よりも、明らかに雰囲気が暗くなってしまった。夢の前に立ちはだかる、厳しい現実を目の当たりにしたせいだろう。無論叶恵のみに限らず、他の部員たちも微笑む余裕が見受けられない。


「……ねぇねぇ柚月?」

「なに、咲?」


 何とか沈黙を破らんとばかりに、お転婆娘代表の咲が挙手した。


「どうして、この試合だけを観せたの? 他にも色んなチームがあるのに……」


 あの赤点まみれ少女にしては優れた質問だった。団体競技の女子バレーボール部から転部した咲も、夏蓮と同じ気持ちでいるのかもしれない。



『ヤル気無くす人も出ちゃうよね……いきなり、あんなスゴいチームを見せられたら……』



 創部して間もない笹二ソフト部。その内半数以上は未経験者で埋まっている。ならば興味がくような、自分たちに相応ふさわしいレベルの試合を観戦するべきだったのではないか。去年のインターハイ予選ともなると、引退した選手たちも多いはずなのに。


 そう思ってならなかったが。


「確かに、咲の意見は間違っていないわ。……でもね、この試合をみんなに観てもらった理由は、、ではないの」


 真剣ながら肯定した柚月に、皆の視線が注目として集まる。


……これを知ってほしかったの」


「柚月? つまり、どういうことなの?」

「梓、それがね……」


 咲の隣に座る梓もかしげると、マネージャーの顔に妙な暗雲が立ち込める。

 どうも発言しづらそうで、悪い報告だと表情で既に語っていた。しかし、隣で目を落としていた叶恵が顔を上げ、柚月の抱えた真実を代弁する。



「――今の試合で活躍してた選手ヤツらは、アタシらと同い年なのよ……」



「――っ! うそ……」


 見開いた夏蓮だが、衝撃の事実には他の皆もが驚きをあらわにしていた。映像で活躍していた同級生と言えば、先日練習試合で再会した花咲穂乃以外思い当たらなかったが。


「穂乃だけじゃないの……磐湊戸の先発投手も、捕手も、今はあたしたちと同じ二年生……」

「筑海は三年生だったけど、磐湊戸の方は一年生バッテリーだったってことよ」


 柚月の苦しそうな一言に叶恵も加わると、投手目線で観戦していた梓も不意に立ち上がる。


「じ、じゃあ、最後にホームランを打ったのも同級生だってこと!?」

「えぇ。それに足の速い一番バッターも……一年生のときから、既にあの力量よ……」


 経験者ですら恐れてしまう存在を見せられていたのだ。走攻守それぞれで活躍した選手――穂乃を抜いて四名だが、その逸材者たちははかなくも磐湊戸学院側である。同級生などど微塵みじんにも感じさせないプレーを放った、あの驚異的な四人たちが。


「要するに、よ……」


 叶恵が再び鋭い目付きを尖らせ、教壇上一歩前に出る。全部員たちの心髄しんずいにまで訴えるように、静かながら低いトーンで紡ぐ。



「――アタシたちは、あの選手たちと競いあわなきゃいけないってことよ……どう? これが目標としてる、インターハイへの道。そんなに甘くない道だってことを、しっかり覚えておきなさい」



 真剣な副主将の前には、誰一人を上げなかった。返す言葉が無いのではなく、県内のライバルに対する恐れ多さに愕然としていたからだろう。主将でさえも、小さなこうべが垂れ落ちていた。


『みんなの気持ちが心配だな……これで辞めちゃう人とかが、出なければいいんだけど……』


 最高の絆で結ばれた十一人で、いつまでもソフトボールをやりたい。


 それが一人の少女としての願いである。信次の協力もあって創部できた現在を、早くも失いたくなかった。


 しかし、愛好会レベルでとどめてしまえば、また別方面から反感を買うことになるだろう。特に、去年から創部活動をおこなっていた叶恵から。


『本気でプロを目指してる叶恵ちゃんの夢だって、是非叶えてもらいたい……』


 誰よりも苦労を重ねてきた夢追い人を、目の前で見捨てる訳にはいかない。同じ競技を愛する者として応援している。ならばチームの目標は、おのずと高まっていくが。



『みんなと楽しく過ごせて、しかも夢に向かって努力できるような環境……どうしたらいいんだろ?』



 相反する状況に挟まれ、成すすべが見当たらなかった。二兎にと追う者は一兎も得ずなのだろうかと、堂々巡りの想いに駆られているときだった。



――「へぇ~。な~んか、おもしれぇじゃん」



 取り巻く暗雲を払うような、たくましい女声が響いた。

 背後から受け取った夏蓮も振り向くと、やはり唯が腕組みで白い歯を見せていた。


「唯ちゃん……どうして……?」


 どことなく楽しそうな表情を浮かべる唯に、夏蓮だけでなく周りの選手たちも視線を送っていた。すると一度鼻で笑ってみせ、室内全員に聞かせる。



「――オレたちだって、努力次第であんなスゲェ選手に成れるかもしれねぇってことだろ? まぁ、ヤツらは経験者なんかもしれねぇけど、同い年ってことは、オレらだってあんなプレーできてもおかしくねぇって訳だ。そう考えたら、な~んか今後が楽しみで仕方なくてよ……へへっ!」



 未経験者とはいえ、勇敢で前向きな考えだった。心を動かせる唯の発言には、周囲の部員たちにも拡散していく。


「ハイハ~イ!! ワタクシも唯ちゃんセンパイと同じくデ~ス!!」


 まずは経験者のメイが、高々と短い右腕を挙げていた。サファイアの瞳をキラキラと輝かせて起立する。


「だって、強いrivalがいるなんてワクワクシマセンカ? ワタクシはこのgameを観て、こんな熱い試合をやってみたいなぁって思いマス!!」


 幼い子どものような無邪気さが放たれると、そばの未経験者――凛と菫も微笑む。


「わたしたちでも、できるのかな?」

「きっとできるよ! せばるってことだね!」


「ああー菫!! そのことわばワタクシが言おうとしてたノニ~!!」

「ゴメンゴメン……ッウフフ!」

「なんでヘラヘラしてるのデスカ!! しっかり反省してクダサイヨ!!」


 笑いながら謝る菫にメイが何度も叱っていた声が、暗い雰囲気など既に消えていた。幼い妹に怒られる姉のような風景に皆揃って笑っていたが、一人夏蓮だけは唯へ目を送る。


『ありがと、唯ちゃん。未経験者なのにそんなことが言えるなんて、経験者顔負けだよ』


 ヤル気が下がってしまうかもしれない。

 誰かが辞めてしまうかもしれない。

 そう抱いた悩みは、過ぎた思い込みのようだ。二兎のように別れるかと思いきや、一つにまとまってくれた。


「ああー凛!! 菫を放してクダサイ!! 今ワタクシは、ヘラヘラしている菫を叱っているのデスカラ~!!」

「あなたの方がいつもヘラヘラしてるじゃない!」

「あ、あの~凛? 守ってるくれるようで嬉しいんだけど……抱き締め、強くない?」


「おお!!やっと菫が反省してきマシタネ!! まったく、困った子デス!!」

「あなたにだけは言われたくない!」

「だから、凛……痛い……苦し、い……」


 胸の締め付けが増しているせいで、徐々に顔を青くしていく菫だが、必死に言葉をぶつけ合うメイと凛も。


「へへっ! オレたちもまだまだガンバんなきゃな!」

「もちろんッス!! 唯先輩になら、うちはどこまでもついていくッス!!」

「仕方ないにゃあ~……このきらら様も、唯に同意にゃあ!」


 ニッと口を開けて微笑ましい唯の隣で、赤面を抱え始めた美鈴も。

 おちゃらけつつも了承したきららも。


「ったく~何やってんのよ? アンタたちはホントに幼稚で小さいんだから……」

「叶恵の身長と、あんまり変わらない気もするけどねぇ……」


「このドS……」

「よく言われるわ~」


 凛とメイの争いを見て呆れていた叶恵も。

 また、かつて一年生と見間違えられた彼女を笑う柚月も。


「夏蓮?」

「梓ちゃん……それに咲ちゃん……」


ウチらも同じだよ。だから、これからもいっしょにガンバろ?」

「強敵に挑むのは、強くなるための近道! よく涼子りょうこちゃんが言ってたんだぁ!」


「二人とも……うん!」


 そして肩に手を乗せてくれた、梓と咲も。

 十一人の想いが一つになっていると確信できた夏蓮は、ホッと安心した。大好きな言葉を発することで、改めて微笑みを上げる。



「みんなといっしょなら、大丈夫だよね!」



 誰もが求め、誰もが夢見るエリア――インターハイ。


 全ての学校の選手たちが無限の努力を重ねたとしても、同じ汗の量をかいたとしても、県内ではたった一校しか出場できない。

 映像でもあったように、泣き崩れる敗者の目前で勝者が喜びに浸る残酷極まりない大会だが、残念ながら毎年行われている。


「みんな!」


 しかし、インターハイを目指す選手たちだって消えることはない。県内たった一校という狭き門を通ろうと、選手誰もが最高の舞台を目指し励んでいる。


 もちろん笹浦二高女子ソフトボール部も、その内の一校だ。


「険しい道だけど……このみんなで目指そうよ、インターハイ!」


 新設された部としては、高過ぎる目標設定なのかもしれない。が、今現在の選手たちは決して臆せずに目を開き、明るい未来への希望を信じているようだ。いつまでも、どこまでもと願うばかりに。



――「「「「オオォォォォ~~!!」」」」――



 全員の声が揃い、いつしか晴れたコンピューター室。

 時計も夕時の五時半を示す頃で、オレンジの夕陽が射し込む。初めてのチームミーティングが終わるかと思っていたが。


「フフフ! それでは熱くなってきた最後に、あたしから提案があるの!」


 ふと声を投げた柚月が、教卓に隠されていたプリントを取り出す。十枚ほどをそれぞれの部員に手渡していき、やがて夏蓮も一枚受け取る。


「柚月ちゃん、これは……?」

「来週からゴールデンウィークが始まるでしょ? その三日間を使ってね……」


 紙面には、タイムスケジュールと練習メニューが記されていたが、特に注目したのは上部のタイトル欄だった。

 そのタイトルとは……。



「――やりましょ! このみんなで、合宿!」



 描かれていた内容は、三日間の合宿計画だったのだ。丸く丁寧な字からは、柚月本人が書いたよう見受けられるが。


「え゛っ! このスケジュールでやるの……?」

「えぇ! 練習は量より質なのか、それとも質より量なのか考えてみた結果……みんにはこれがベストだと思ってね!」


 確かに明るさが際立つ柚月だが、一方で夏蓮は思わず眉間に皺を寄せていた。


 また他の部員たちも徐々に表情が移ろい、明らかに困惑色へ染まっていく。前向きだった雰囲気とは打って代わり、凍りついたように驚き固まっていた。微笑む者などドSマネージャー以外誰もいやしない。


『なに、これ……? ホントに、なにこれ!?』


 なぜならそのプリントには、とんでもない過密スケジュールが計画されていたからだ。一体全体聞いたこともない、合宿スローガンも記載されて。



「――“量より、質より、両方!”このスローガンで、三日間やってもらうわねん!」



――――――――――――――――――


合宿メニュー


6:00 集合、柔軟体操


6:30 三十分完走


7:00 サーキット、ベースランニング


7:30 キャッチボール、バント練習


8:00 個別短距離ノック

   ※投手はピッチャー特訓開始!


9:00 フィールディング


10:00 ケースフィールディング


11:30 昼休憩


13:00 三十分完走


13:30 トスバッティング


14:30 フリーバッティング


15:30 ケースバッティング


16:30 走塁練習


17:00 筋トレ


17:30 ストレッチ、練習終了


20:00 ソフトボール勉強会


22:00 消灯


5:00  起床



スローガン―量より、質より、両方!!

      ヽ(^。^)ノファイおー!

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