③清水夏蓮パート「この場面で代打なんだぁ……」

◇キャスト◆

清水しみず夏蓮かれん

篠原しのはら柚月ゆづき

中島なかじまえみ

舞園まいぞのあずさ

月島つきしま叶恵かなえ

牛島うしじまゆい

星川ほしかわ美鈴みすず

植本うえもときらら

東條とうじょうすみれ

菱川ひしかわりん

Mayメイ・C・Alphardアルファード

田村たむら信次しんじ


筑海つくみ高校女子ソフトボール部のみなさん

花咲はなさき穂乃ほの

宇都木うつぎ歌鋭子かえこ


磐湊戸いわみなと学院高校女子ソフトボール部のみなさん

―――――――――――――――――――

筑海つくみ高校対、磐湊戸いわみなと学院高校……」


 黒いカーテンで覆われたパソコン室。

 夏蓮を始めとする十一人の部員たちと顧問は、マネージャーの柚月が準備したスクリーンに目を凝らしていた。


 昨年の茨城県インターハイ予選決勝戦の模様がいよいよ再生され、まずは試合開始前の炎天下グランドが映し出される。


「スゴい人数だね」

「それだけ重要な試合ってことだよ」

「早くもexcitingデス!」


 菫と凛にメイも緊張を走らせる次の映像では、バックネット裏で帽子を被り扇子せんすをこなす観戦者も流される。

 また一三塁側フェンスではそれぞれの高校横断幕まで飾られ、ユニフォームを纏ったベンチ外選手や親御たちがメガホンを握っていた。


「オレンジが筑海で、赤が磐湊戸っつうチームか」

「どっちもメッチャ強そうっす……」

「きっと縦社会にゃあ」


 未経験者三人の唯や美鈴ときららでも、相対するチームカラーを理解していた。


 一塁側ベンチには、赤を基調としたユニフォームの磐湊戸学院高校。対する三塁側では、先日練習試合で見慣れた橙の筑海高校。整列した両陣はすでに、皆揃って瞳を尖り放っていた。


 そして審判の集合合図が鳴らされ、激情した火炎同士がホームベースで向かい打つ。


「ねぇねぇ? 梓はどっちが勝ったか知ってる?」

「いや。どっちも強いのは知ってるけど……叶恵は?」


「この試合、生で観たわ……まぁ、最後まで目が離せなかったわね」

「「へぇ~」」


 咲と梓さえ結果を知らない一方で、叶恵が険しく見つめる決勝戦。


 インターハイ出場と三年生の引退を掛けた、天地を示す戦いが挨拶で開始。


 先攻は筑海高校。

 三塁側ベンチに戻った橙の選手たちはすぐに監督――宇都木歌鋭子の威厳いげんに満ちた元に集まり、やがて覚悟の円陣を轟かせる。


 一方で守備に就いた磐湊戸学院は、バッテリー間での投球練習、内外野に別れてのボール回しやキャッチボールを済ませ、ピッチャーズサークルにて円陣を響かせた。


「さっ、始まるわよ!」


 柚月の一声に合わせるように筑海の先頭打者も現れ、主審よりプレイボールが宣告された。


 蝉時雨せみしぐれに劣らない、メガホンと太鼓で広まる打撃音。

 何よりも各選手たちの声援が一挙にこだまする中で、磐湊戸学院の左投手が注目の初球を弾く。


はやッ……」


 夏蓮も不意に驚いてしまった背番号“18”左腕の一球は、手放した瞬間にミットを鳴らしたように見えた。まず直球が決まった訳だが、そのスピードは梓の全力ストレートを超えるているだろう。


“「ストライク!! バッターアウト!!」”


 一回表の筑海高校の攻撃は、四球フォアボールで走者を二塁まで進めたものの、磐湊戸学院の勇猛サウスポーにはばまれ無得点。

 焦燥しょうそうを汗として拭った立ち上がりはボール球こそ先行したが、最後には四番打者を三振に至らせ、胸を撫で下ろした様子で戦友らとベンチへ去っていく。


「攻守交代も早いんだね。一人一人が全力で走ってる」

「強いチームの共通項なんだろうね」

「どちらの勢いも、燎原りょうげんデスネ」


 打って代わった一回裏。

 プレート上には背番号“1”のエースナンバーを背負った右投手が足場をならし、投球練習を開始。球速は相手投手よりも劣り気味だが、捕手の構えたコースにしっかり投げ切れている。その制球力に関しては、腕組む叶恵も黙るほどの繊細美技だ。


「……あ、穂乃だァ!!」

「あ、ホントだ……穂乃って、一年のときから試合出てたんだ」


 咲が指差し梓も注視したセカンドには、当時高校一年生の花咲穂乃が任されていた。誰よりも緊張のおも立ちが窺えるが、既に大舞台に立っていることこそ意外だった。

 かつては笹浦スターガールズの同僚でもあり、夏蓮も思わず見とれてしまう。


「穂乃ちゃん……一年生のときからガンバってたんだね」

「そりゃああんだけ上手くなってる訳よね……可愛くないライバルだこと」


 細身の先頭打者が左打席に入り、一回裏の攻防が開始。ソフトボール特有のブラッシング音と共に初球が放たれると、早速展開されていく。


“――コーン……”


 構え立てたバットを水平に落としたことで、セーフティバントを試みた。サード方向フェアゾーンに転がした瞬間、勢いよく一塁へと駆けていくが。


“「――アウト!!」”


 共に全力前進していたサードが右素手で拾い、肘と手首をしならせて一塁ランニング送球。コンマ一秒を競うワンシーンは、守備の評判が良い筑海に軍配が上がった。


「すっげぇ~……とても同じサードとは思えねぇわ……」

「気づけばファーストもあんなに前進してて……目に追えないっす……」

「レフトは見切れてるにゃあ!」


 一三塁手を守った唯と美鈴も、俊敏で無駄のない的確なプレーを茫然と目に焼き付けているようだ。先ほど告げられた課題を早くも意識している様子で、今や前のめり体勢で観戦している。


 一回裏の攻防もスコアボードには零が記され、緊迫した試合は次々に回を進んでいく。


 コントロールがなかなか定まらないが、速球の勢いで幾多も三振を奪う磐湊戸学院。


 一方で相手を打たせ、鉄壁の守備でアウトカウントを増やす筑海高校。


 センターフェンスの電光掲示板には零のみが並び、速球派と制球派による白熱した投手戦となっていた。


 試合経過時間が短く淡々と進行しているようにも映るが、アウトのシーンどれもがファインプレーの連続と言える。

 凄まじい打球に飛び込んで掴み、すぐに起き上がって投げる内野守備。

 ホームランかと思われる大飛球を、全速力で駆けて落下地点に辿り着く外野守備。

 盗塁を試みるも、捕球した刹那にレーザーの弾道で投じる捕手。


 また両陣無得点とは言え、打撃面の内容も捨てがたい。

 前足を上げずに構え、コンパクトなスイングを繰り返す打者の猛打。

 隙あらば次の塁へと猛ダッシュする、死に物狂いの走塁。


 全身全霊の戦いは均衡が破れないままで、気づけば七回の最終回を迎える。


『この試合、どうなるんだろ……?』


 声も出せず固唾を飲んで観戦する頂上決戦。一歩も譲らない展開が続いていたが、ついに試合ゲームが動き出す。


“「ボールフォア!!」”


 この回から肩で息をし始めた磐湊戸学院投手が、いきなりの四球を与えてしまう。苦しそうに汗を拭う様子からは、甚大な悔しさが垣間見えた。


 するとネクストバッターがバントを成功させ、状況はワンアウト二塁。


 得点圏にランナーを置いた筑海としては絶好のチャンスを作り、対して磐湊戸としては脅威のピンチに立たされた。


 貴重過ぎる一点が掛かった、運命とも称せられるターニングポイント。


 ここで左打席には小柄な一年生が、気合いの咆哮ほうこうと共に構える。


『穂乃ちゃんだ……』


 八番セカンドとして出場中の穂乃。ここまでノーヒットの結果だが、ロジンを叩いた相手投手の強気な表情に負けていなかった。


“「ストライク!!」”

『ガンバれ、穂乃ちゃん!』


 試合結果が決まっているとはいえ、思わず祈りを込めてしまう一打席。唸りを上げる直球には、バットコントロールが上手い穂乃ですら当てられていなかった。


 ボール球を挟み、カウントはツーボールツーストライク。追い込まれた穂乃はバットを短めに持ち、足場を掘って再び闘志で構える。

 快投中の左腕も一度大きく深呼吸をし、磨かれたウィンドミル投法を繰り出すと。



“――カキーン!!”

――「「「「おぉ~~!!」」」」――



 笹二の観戦者をも感嘆させた打球は、直線的に放たれたライナー。瞬く間にセカンド頭上を越え、外野の右中間に落ちる長打コースだ。


 映像からも大歓声が聞こえてくる中、打者走者の穂乃は一塁から二塁へ。一方の二塁走者もすでに三塁を経過し、ガッツポーズと同時に本塁を踏み込む――待望の一点が筑海高校に点灯された。


「穂乃ちゃんスゴ~い!!」

「そうねぇ……」

「ん? 柚月ちゃん?」


 かつての仲間が見せた活躍だったが、柚月は喜ぶ間もなく険しさを表していた。結果を知るためだろうか、これから嫌な展開が起こると暗示するように会話がとどこおる。



『まだ、終わりじゃないってこと……?』



 球場全体が橙のチームカラーに染まっていた。後に磐湊戸がバッテリー選手交代を決行し、勢い付いた筑海は惜しくも追加点を阻止された。


 しかし、大きな一点を得たことで活気に溢れ、横断幕にも記された念願のインターハイ出場を叶えるべく、最後の七回裏へ飛び込む。


『……あと、アウト三つ』


 打たせてアウトを取る筑海のスタイル。洗練された守備は未だ顕在で、早速一死ワンアウトを奪取。


 磐湊戸打線はここでトップに戻り、細身の左一番打者が登場した。ベンチからのサインをヘルメットつばまんで了解し、左打席やや後ろで構え始める。


 その初球だった。


“――カキーン!!”


 打席内で走りながら叩きつけるように弾かれた打球が、ワンバウンドして高々と宙を舞う。すると、セーフティバントを警戒していたサードの頭上を飛び越え、即座に移動したショートが捕球。すぐに一塁送球を試みるが。


“「セーフ!! セーフ!!」”

“「ッシャア゛ァァァァ!!」”


 俊足を生かした見事な内野安打が決まり、出塁を果たした打者の雄叫びが拡声した。


 ちなみに今回の打法は、練習試合で叶恵もおこなった“スラップ打法”と認められている。


『これでワンアウト一塁……っ! ここで代打だ』


 筑海のドンマイコールで包まれる頃、磐湊戸ベンチから目新しい一人が出向く。

 先発していた二番打者に比べ背が低く、大きなヘルメットを深々と被ったせいで顔も見えない。背番号“20”からも控え選手と見受けられるが、左打席でどっしりと構え始める。


「この場面で代打なんだぁ……」

「……ストレートを打つのが得意なんでしょうね、あのバッター」

「え……?」


 ふと言葉尻を被せてきた柚月に目をやると、先ほどよりも表情がかたくなに満ちていた。


「ワンアウト一塁。ここで代打を出すってことは、二番バッターの使命である進塁打を目的としていない」

「ど、どういうことなの……?」


「代打として現れたバッターに、ヒットを打ってもらうことが目的なのよ……磐湊戸はこの回、この瞬間に、決着をつけようとしてたんだわ……」

「え? どうしてそう言えるの?」


 マネージャーの不可解な呟きを更に問うと、夏蓮の瞳は柚月の人差し指に先導される。


「あの一塁ランナーが全てよ。足が早いってことは、盗塁が考えられる……仮に、ここで二塁に行かれたら得点圏。一塁にいるよりも、失点の可能性が高い。この場面で進塁打が筑海にとって痛いのは、誰にだってわかるわ」


「うん……でもそれだったら、どうして磐湊戸は送りバントとかの進塁打を諦めたの?」


 矛盾を感じ首を傾げたが、柚月はじっと映像を睨みながら続ける。


「筑海の気持ちは、もちろんアウトカウントを増やすこと。それと忘れてはいけないのが、ランナーを二塁に送らせないこと……」

「うん、そうだけど……」


「じゃあ、もしも夏蓮がキャッチャーだとしたら、ピッチャーに初球何を要求する?」

「え……やっぱりまずは、走られたくないから速い……っ!」


「そういうことよ。心理を逆手に取ることで、磐湊戸は決めようとしてるの」


 ついに夏蓮も気付き、決着の映像に注目する。筑海投手のウィンドミル動作が始まるが、放たれる球種などわかりきっていた。柚月が最初に告げた、ストレートに強い左打者である理由も加えて。



『――外角のストレートだ……』


“――カキィィィィン゛ッ!!”



 フルスイングした左打者の勇姿から、凄まじい快音が響き渡った。

 すぐに打球を追うカメラアングルに代わると、空に浮かぶ白い雲をいくつも通り過ぎていく。やがて地に落ちる放物線を描くが、やはりセンターフェンスを越えていた。



『逆転サヨナラ、ツーランホームラン……』



 この試合で最も大きな歓声が舞い起こる。見事な本塁打を放ったピンチヒッターはダイヤモンドを一周し、ホームで待つ仲間たちに手厚い祝福を受けていた。


 一方で敗北が決まった筑海の選手たちは、皆揃って下を向いていた。各ポジションで泣き崩れる者も多く映り込む。



『――これが、わたしたちがいずれ戦う、ライバルたちなんだ……』



 崇高たるレベルの劇的な幕切れとなった、去年のインターハイ予選決勝戦。

 結果は一対二。

 名門筑海高校を下したのは、王者磐湊戸学院高校だった。


 勝利に浸る喜びと敗北に溺れる悲しみが混在したまま、試合終了合図が儚くも鳴らされた。今年新設された笹二ソフト部員のほとんどが知らない、極めて重要な背景を残して。

―――――――――――――――――――

メイ「信次くんセンセイまた喋ってないデスネ😣」

信次「ゴメンゴメン🙏テストの採点してるからさ😅」

メイ「test? ワタクシたち、testなんて最近やってマセンヨ?😃」

凛「そりゃあ在校生だもん😒」


県立受験、おつかれ様でした🙇

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