4-18 ラストバトル5

シュウゥゥウウッ

「えっ!?」

培養されたウイルスを含んだ水蒸気が飛行船の排気口から勢いよく噴き出し、雲となって周囲を取り囲んだ。

「そんなバカな?!だって、鍵はまだここに。」

「ふふ、フフフ・・・。

アーッハッハッハッハ。バカなのは貴方よ。

理科世界からの解放を目的とする実験で、理科世界のエネルギーを使うわけがないでしょう?

“ヒトの変革はヒトの手で行う”」

「そ、そんな・・・。」

鍵は私を惹きつけておく為の餌。

元素の鍵は本物だが、これを装置の動力源とするというのはフェイクで、動作は既存技術で行う。パンディットの狙いは起動までの時間稼ぎだったのだ。


「いよいよ時代は変わるわ。

生活の中心を理科文明に支配されたこの世界から、文系科目が根源となる技術を作り出す新たな世界へと!」

「・・・。」

いや、理科以外がインフラ整備をするっていうのはちょっと想像がつかないんだけど・・・。

それは私が“当たり前”を刷り込まれているからだろうか?

(文系のインフラ整備のイメージ。

古文の電車?英語でお湯が沸く?歴史で家を建てる?

アレ?わけがわからなくなってきた・・・)


「マヂカ、どうするの?」

状況は劣勢、というかアクション映画の展開なら既にアウトだろう。

「・・・。」

「どうやら、もう策がないようね。」

「・・・切り札は最後にとっておくものでしょ。」

私はふてぶてしく笑みを浮かべてそう言った。

・・・が、

「貴方、私の実験を阻止することが目的じゃなかったの?」

「うぐぐ・・・。」

「無理した強がりが心地良いわ。」

性悪女めぇ~。


「マヂカ・・・。」


既にウイルスは街にばら撒かれ、

白い日傘のカートリッジは弾切れ、

ハイブリッドドライブによる私の夢もほとんど底をついている。

悔しいが、あいつの言う通り、打つ手がない。


“それで、行き詰まったら諦めるの?”

しょうがないじゃない。

“本当にそう?”

えっ?

“理科の根本は何?”

理科の根本。

それは考える事。

・・・・・・・そうか!

たしかにアイツは理科嫌いでも逃げなかった。理科に立ち向かうために何をすれば良いか、考えて行動に移した。


だから、打つ手は無いんじゃない。

迎え撃つにはどうすれば良いか?


考えろ、私!

ペスト、コレラ、天然痘・・・

人類は歴史の中で様々なウイルスと戦い、その境地を知恵と科学と行動で乗り切ってきたはずだ。

だから考えろ!!

理科に不可能なんて何もない!!


「“periodic table”展開!」

筋肉の塊である心臓の拍動が血流を促す。

ポニーテールのリボンが真紅に染まり、外れたガーターベルトからは私の汗が水蒸気となって立ち込めた。

あの時と一緒だ。

私の背後には例の魔法陣、周期表がある。

これならパンディットに勝つことが出来る。

このチカラがあればたとえどんな相手だろうと・・・。

その考えが脳裏に浮かぶが、


・・・・いや違う。

誰かと喧嘩することが目的じゃない。

科学は、

理科っていうのは、

誰かの役に立つためにあるんだから!


「世界を構成する円環の軛(クビキ)よ。」


それは、

炭素原子を亀の甲状に構成し、その周囲に水素を配置したフェニル基と呼ばれるもっとも安定した芳香族化合物。ベンゼン環。


無数に発生したベンゼン環は結合の手を伸ばし、私の周囲で螺旋を作るように舞っていた。

「な、なんだこれは?!」


私は空中に浮かび上がった周期表の周りを能楽のような足取りで歩く。変化させたい物質をイメージしながら、集中して、一歩、また一歩。化学反応式を組み立てるようにゆっくりと、丁寧に。

そして、

「今ひとたび、その鎖を解き、モトなる元素へと還りたまえ。」

掛け声とともに足で周期をドンッと踏みしめると、飛行船の周りに台風にような渦を巻いた雲が発生する。ここは北半球なので渦の向きは反時計回りだ。


「我、紡ぎ出したるは、生命の水。

アクアヴィッテ

ディスティレーション!!」


ディスティレーション(distillation)は蒸留を意味する英単語。(英語の苦手な私が、こういう時にポンと出てくるのは何故だろう?)

そして、

アクアヴィッテは十五世紀、ヨーロッパで製造されたジャガイモを主原料とする蒸留酒である。


通常、酵母発酵によるアルコールの限界は約二十パーセントだが、蒸留はそれ以上の濃度に高めることに成功した精製方法である。中世の錬金術によって生み出され、物質の沸点の違いにより混合物から片方のみを取り出すことを可能にする。

この方法により、アルコールに限らずあらゆる分野で混じり気のない純度の高い物質が精製されるようになったのである。


飛行船を取り囲んでいた“私の”蒸気は、とうとう飽和水蒸気量を上回り、雲となって実体化し始めた。

そして、

世にも珍しい酒の雨が街に降り注いだのだ。


「こ、これは・・・アルコール?!」


法律的にはごめんなさい。だけど、人命、いや人間族の将来がかかっているのだから今回ばかりは目をつぶっていただきたい。


アルコールには細胞膜の破壊と脱水、タンパク質の構造変化という三重の殺菌効果がある。これによりパンディットのばら撒いたウイルスはそのほとんどが死滅した。

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