4-19 ラストバトル6

私が大仕事を終えて甲板に“女の子座り”でへたり込むと、“periodic table”(周期表)は姿を消した。これの理論は相変わらず分からない。

「マヂカ、お疲れ。」

「はぁはぁ・・・。」

あーしんど。奇跡的に大逆転だったけど、もうちょっと未然に防げないモンかね。


さて、

展開について行けず、呆然と立ち尽くすパンディット。

「・・・どうして?

そもそもどういうチカラ?マジカルマヂカはもう、エネルギー切れのはず・・・。」

「これが貴方が否定してきた、科学とともに生き、探求するということよ。」

「馬鹿なことをいうな!科学というなら何か理屈があるはずだ。こんなオカルトのようなチカラ・・・。」

「本当に頭デッカチなのね。」

「なんですって?!」

「かつて神の力と言われた稲妻は、その理論は証明されずとも、人々の生活と共にずっとそこに存在していた。

海流や火山、地震だってそう。

人類が解明していく謎は、今もこの世界に満ち溢れているんだから!」

これは物理教の信者だった偽ワイズマンが私に言った台詞だ。アイツは小者で、努力をしないペテン師だったけど、言っていることは筋が通っていた。


「そんなものは理系の理屈だ。

世の中の不思議は不思議のままでいいじゃない。どうしてそれを追い求める?」

「貴方だってウイルスの研究をしていたんじゃないの?」

「それは理科を消すためだ!」

理科を排除するための理科研究。矛盾しているが、理科には違いない。


私とパンディットは、

「どうしてわかってくれないの?」「どうしてわからない!?」ほぼ同時にそれを呟いた。


「・・・。」


そして、結末に納得がいかないという表情で、私の前に立ちはだかる。

「よくもやってくれたわね。」

すべてのチカラを使い果たした私には、

「ははっ。主人公だからね。」

いつもの強がりを言うしかない。


「貴方は救世主なんかじゃない。

世界の滅びを加速させる赤い死神よ!」

「・・・なるほどね。」

ヒーローを描いた英雄譚は、邪悪な存在に支配された世界で一人の勇者が立ち上がり、その支配者を打ち砕くのがセオリーだ。

パンディットの言うこの世界が理科に支配されていると定義するのなら、私は支配者の側の立場に当たる。

赤いドレスを纏い、常識を捻じ曲げ、化学のチカラを使用する魔法使い。理科を理解しない者にとって赤い死神と映るのも仕方がない。


「せめて“後の世の勇者”のために、この死神だけは私が!」

「!?」

おそらく、なんらかのチカラで強化されたパンチがストレートに私の方へ迫ってくる。

万事休す・・・。

今の私にその正拳突きをかわすチカラや策は残されていない。

これもヒーローの悲しいサガ(性)か。


そこへ、


「もうやめてください!!」


パンディットの拳を受け止め、

薄桃色のアオザイが二人の間に割って入る。

「ま、マツリ?」

どうやってここへ?!

私の疑問はマツリの腰を見て解決する。そこには偽ワイズマンの反重力べルトがあった。即席で修理、改良が施されている。やったのはおそらくマジデだろう。


「勝負はつきました。パンディット、貴方の負けです。」

「勝負・・・・・・勝負だと?」

止められた握り拳を振り払い、

「私はスポーツをしているわけじゃない!」

パンディットは絶叫した。

「理科を滅ぼす戦争をしているの!

理科を嫌うとはそういうことだ!!」

降参しなければ負けじゃない。そんなの身勝手な子どもの理屈だ。

しかし、マツリはその圧(あつ)に臆することなく、一歩前に出て胸を張る。


「貴方だって人間です!!」


「!?」


「ヒトの祖先、類人猿は、

道具のおかげで、

理科のおかげで・・・

これまで生きて来られたんです!」

「・・・。」

「だから人間は、文明を捨てて、理科を捨てて生きるなんてこと、絶対に出来ません!」

魔法のチカラでも、物理的な押さえつけでも、権力による威圧でもなんでもない、マツリの発した心の叫びが周囲に静止と静寂をもたらし風が吹いた。

そんな高度五百メートルの夜の風は、パンディットの熱気を奪い、冷静さを取り戻させる。


「その事実で私たち文系は切り捨てられたのに・・・。

どんなに努力をしても、科学に虐げられる人がこの世界には沢山いる。

それなのに、

可能性を追い求めるはずの科学者達が、結局は“しょうがない”という結論に行き着くの?


・・・そうやって、貴方達はいつもヒトの心を後回しにするのね。」

「・・・。」

その言葉が重く、私に胸に深く突き刺さる。

いくら科学者がヒトの役に立ちたいと願っていても、それはやはり純粋な知識欲の土壌に元に成り立つものだ。

理科の恩恵を受ける人がいる中で、理科で傷つく人もいる。

それを思って、パンディット、いや、馬路理科乃子さんは顔を伏せ、表情を隠して涙を流す。

・・・結局、この人の理科に対する劣等感を私は払拭できなかった。

科学が進んで医療がどんなに進化しても、

心を操ることはできない。


「私には、貴方のその気持ち、ちょっとだけならわかります。」

「?」

「人間は自分勝手で、不安定で、まだまだ精進が足りない存在です。

それに対して、理科は嘘をつかないし、結果を裏切らない完璧な存在。

そう思えるから、私たちは理科の文明に甘えて依存しています。


だけど、本当は理科の方もまだ万能じゃなくて、未発達で不安定な部分も沢山ある。

理科で悲しい思いをするのはこのせい。


だから、ただ単に敵対して排除するのではなく、

理科とともに生き、

私たちと一緒に成長していけたら良いのだと思います。」

「マツリ・・・・・・。」

いや、それどういう意味?

良いこと言ったような感じになったけど、理科が成長するって何さ?


「ぐ・・・。」

グレイベアード、そう言いかけてパンディットは口をつぐんだ。


“マツリはもう賢者グレイベアードではない。魔法少女マジカルマツリなのだ。”それを受け入れた瞬間だ。


だけど、それを見たマツリは正面を向いて姿勢を正して言う。

「グレイベアードで良いですよ。」

「えっ?」

「貴方とって私は新米の賢者グレイベアード。

そして私にとって貴方は師匠・・・・・

いいえ、


“母”


だったのだと、思います。」


「!?」


こうして、今回の大騒動、

賢者パンディットの騒乱は幕を閉じた。

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