4-15 ラストバトル2

「市長マダムサイエンス。こんな大掛かりなことをして、一体どういうつもりなの?」

夜中に飛行船を飛ばしてライトアップしている。スクープやサプライズに過剰反応するこの町の市民からの注目度は抜群だ。

これだけの騒動を起こしているというのにパンディットの動機や真意は未だ謎なのである。

「そうね。

もう少し時間はあるし、私の話を聞きたいと言うのなら聞かせてあげるわ。」

そう言うとパンディットは装置の動力源である元素の鍵を胸のポケットに仕舞い込んで、装置を背にして語り始めた。


「これはね公共事業よ。私の自主的な。」

それは公共事業とは言わないでしょ。

「目的は何?」

「・・・。」

パンディットは私にわざわざ背を向け、もったいぶるようにこう言った。

「貴方が私に警告したことをそっくりそのままお返しするわ。」

「えっ?」

「今のままだと世界は滅ぶ。

でもそれは私が元素の鍵でエネルギーを無限供給するからじゃない。

人類の科学技術の発展が資源を食い尽くし星を滅ぼすの。

私はそれを食い止めたい。


私たちはもう十分な技術と生活を手にしているでしょう?だから科学はここで一旦、休憩して星を治癒するの。」

「ど、どういう意味?」

「比喩でもなんでもないわ。言葉通りの意味。

今ある物理法則に感謝をし、恩恵にあやかり、永続的に人類を自己管理していく理想的な生態系の創造。その実現が私の目的であり、物理教の本質なのよ。」

「?!」

文明を発展させることが目的じゃない。物理教の本質はその真逆。研究を止めさせることが目的なんだ。

ぶっ飛んだ思想ではあるが、主張する意図は理解できる。だが、あまりにも無謀で乱暴だ。

「宗教で全ての人間に理科の研究をやめさせるなんて不可能よ。」

どんなに物理教が優れていたとしても全人類が心酔して信仰するなんてことありえないはずだ。そこに人の意思がある限り倫理や信念が邪魔をする。

「もちろんよ。私は人類が今すぐ研究を止めるなんて言っていないわ。

でも次の世代、その次の世代が徐々に研究から離れればどうかしら?」

「それまで物理教が健在である・・・。

あなた不老不死、八百比丘尼(ヤオビクニ)か何かのつもりなの?」

「そんなバカなこと・・・。

どんなに素晴らしくても、一人の人間、宗教のチカラには当然限界がある。私もそれは理解しているわ。だから見届ける必要はない。

しかし、

遺伝子に書き込まれたゲノム情報はどうかしらね?」

なっ?!こいつ遺伝使いか。

となると後ろのソレはウイルスの培養装置。

パンディットはバイオテロを起こすつもりなのだ。


「甘みの少ない黄緑色のバナナ、

酸っぱくて渋みのあるキウイ、

固くて青臭いトマト・・・。

この中のものを一つでも口にしたことある?

私たち人類はね、品種改良という名で、自分たちの都合の良いよう動植物に対して自在に手を加えているの。」

グレゴール=ヨハン=メンデルはオーストリアの植物学者である。

メンデルは表面がツルツルのえんどう豆とシワのあるえんどう豆の交配によって遺伝のプロセスを突き止めた。生物学の基礎。有名なメンデルの法則である。

動植物は交配を行うと、オスメスが同数の染色体を出し合い、受精卵はその総数から半分を選別する。父親似や母親似というのはその染色体の数量の多さが色濃く出た結果なのである。

「だからね。文明を発展させない遺伝子をより多く持った人間の遺伝子を世界に蔓延させることで、私の計画は成功する。」

「人間の品種改良をするって言うの?」

「えぇそうよ。」

まっすぐこちらを見据えて即答。

「私がこの街にばらまいていたのはそういう遺伝情報を持ったウイルスなの。

今年は原因不明の“夏風邪”が大流行するでしょうね。」

すでに小規模な実験は済んでいる。これから行うのはその遺伝子の広域散布ということか。

「どうしてそんな恐ろしいこと平気で言えるの?

アンタも科学者なんでしょ?!」


「科学者・・・。

科学者・・・・科学者、科学者ッ!

自分たちがさも聖人君子のように振る舞うどうしようもない人種。」

「えっ?」

「考えもしないでしょうね。

貴方達、科学者がもたらした文明は、加速度的に星を破壊し続けていることを。」

そ、それは・・・。

「人類が自然環境を破壊している。誰かが隣で囁いても、報道が伝えても、何処かで災害が起こったとしても、それは対岸の火事。

科学の発展が人類の幸福に繋がると信じて疑わない。理系の業だわ。」

「そんなの・・・。」

「違う?

環境汚染を計測し、自分たちの得意分野である数値情報を目の当たりにしても、自分たちの研究を続けるために、物質の消費をやめさせないように、人心を煽って操作する。それが科学者。」

偏見と歪みまくった思想であるが、歴史の裏付けもあり、理にかなっていて否定出来ない。


「星の歴史は何億年もあるのに、産業革命が起こったのはほんの二百年前。

たったそれだけで理系のもたらした科学がどれだけ星を傷つけてきたのか。

ルポライターや歴史学者がそのことを発表しても当の科学者たち自身は見向きもしない。

そしてついに、環境の変化は目に見える形で様々な異常気象、自然災害をもたらした。

愚かな人間たちはそのうえ更に科学にすがり、災害対策と称して、根本を変えず、今度はそれすらも制御しようとしている。


だけど、

あの手この手を尽くしても、自然の猛威、環境の破壊を止めることは出来なかった。

その結果が、いまの危機的な星の姿なのよ?!」

情熱を語る科学者の答弁とはまるで違う。

憎しみや殺意に近い、理科に対する激しい憎悪。

まさか、マダムサイエンスは・・・。


「まるで理系が文系を支配してきたような言い方・・・。」

「・・・フッ。

アッハッハッハッハッハ。

貴方のような生粋の科学者がそれに気がつくとは思ってもみなかったわ。

えぇそうよ、その通りよ!この世界はなにもかも理科が支配している。

だから私は、一握りの理系エリートが導き出した答えに全人類が従属する時代を終わらせる。

そして、虐げられてきた文化人たちを解放するのよ!!

私はそのために“こんな街”に来たのだから。」

これがパンディットの憎悪の正体。

過去に自分が虐げられたから、理科という巨大な概念に向かってやり返す。

「そんな理屈・・・。文化人とは程遠い。野蛮人と一緒だ!なぜ、相互理解で歩み寄ろうとしないの?

文系だって理系だって、同じ人間の学問のはずでしょ!!」

「違う!!」

「!?」

「理科は私を否定した!

言葉を学ぶ、歴史を学ぶ、芸術を学ぶ私を、理論という名の鋭いナイフで串刺しにしたんだ!

そんなヤツに対して理解など出来るものか!?」

パンディットは仮面の下の顔のメイクにいくつもの亀裂を入れて絶叫した。

「だから私は宗教で理科を取り込んでやった。

物理教とは、理科を管理することのできる足枷なのよ!」

理科のことが心から嫌いだから理科を学んだ。掌握するために。

理科学実験都市の市長マダムサイエンス、馬路理科乃子は賢者でありながら想像を絶する理科嫌い。さしずめそれは“偽りの賢者”。

理科嫌いを口にする上辺だけでいうなら、それはマツリと同じだが、根本では理科を憎めない、理科の存在価値を認めているマツリとは真逆だ。

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