4-3 終章3
一般研究室の奥、“機密”と書かれた扉を開け、中に入る。するとそこは。
「も、森!?」
地面に根付いた大きな木をそのままにして、それを囲むように建物を作るオシャレ建築とはわけが違う。シンボル的なまっすぐ伸びた大きな木が一本あるのではなく、“フロアに敷き詰められた土”に木々はしっかり根付いている。ここは四階だ。しかしあるのはまさしく森林だった。
「オォ!クレイジー!!」
茉理の肩の上でフェニックスが嬉しそうに声をあげた。
「どうかな、人工森林の空気の味は?」
「!?」
この街では珍しいタップリ皮下脂肪を蓄えて脂ぎった中年男性が現れ、上着のボタンが閉まらないチャコールグレーのスーツからハンカチを取り出し額の汗拭ってそう言った。
茉理を追いかけるように階段を登って足腰にきているらしい。年齢は50代半ばといったところだろうか。
「人工森林?」
「ここの木々は自然を知らぬ、すべてヒトの手によって作られたもの。
ゴミで埋め立てた島を作るように、我々は都市に土を敷きつめ森を作り出したのだ。」
人工島と同じ発想。だから人工森林。
「何のためにそんなものを?」
「もちろん商売だ。
この国にはミネラルウォーターの販売が疑問視されていた時代がある。タダ同然で手に入っていた飲料水にわざわざ金を出すのか?誰もがそう口にした。
しかし、結果は知っての通り。
人は何にだって価値を見出す。欲望は知恵の原動力なのだ。
いずれ世界中で酸素の奪い合いが起こるだろう。
だから、我々は全生命の基本である酸素を良質な商品として売り出すのだよ。」
「なんていう発想。」
恐ろしいことだが、理にかなっている。
ただ、森林を人工的に作り出すことに驚きはあっても、この街の研究機関が機密にするほどのものではない。
なら、ここが機密扱いになっているのにはそれ相応の理由があるはずである。
茉理の思考がそこまで行き着いたところで、奥のガラス張りの部屋が目に入った。
「?!」
分厚い強化ガラスの向こうにはいくつもの保育器が並べられている。総合病院の産婦人科の一室のようだ。
ただ、取り付けられている計器やホースは保育器のものとは明らかに違う。もっとこう実験的というか、医療ではなく理科として扱われている感じがする。茉理はその異様さを感じ取っていた。
取り付けられているネームプレートを見る。
試作型実験体ナンバー1、マジカルマツイ
試作型運用試験体ナンバー2、マジカルマツオ
量産試験型先行体ナンバー3、マジカルマチダ
ナンバー4、マジカルマエダ、ナンバー5、マジカルマエバ。
「・・・何これ?!」
「物理教の信者の、選ばれた子どもだよ。
親は誰しも自分の子どもに理想を投影する。
この世界を支配するほどの圧倒的な理科の知識を備えた子どもが欲しい。
まぁ、自分のことは置いておいて。」
自分が出来もしないことを子どもには望む。
茉理の最も嫌いな無責任なオトナの話。
「・・・。」
だが、目の前のことの恐ろしさに茉理は声を出せず、息を飲んだ。
「古代、ヒトは道具を使って文明を起こした。
道具はもともとそこにあった木や石だ。それを組み合わせることで、狩りを行い、火を生み出した。
それが人の生み出した“創造”のチカラ。
理科の概念は機械ではなく生物に宿る。
道具は所詮、道具。
原理原則を導いても、機械任せではその先の発展は望めない。」
「何・・・言ってるの?」
軽快に語る男の異様さに、茉理はさらなる恐怖を覚え、後ずさりをして、そしてついに、保育器の置かれた部屋の強化ガラスに突き当たってしまった。
「だから、我々は、想像の原点である子どもの夢そのものを買ったのだ。
次世代の供給エネルギーとして。
人間の進化を示す道しるべとして。
信仰の対象となる理科の申し子として。」
「・・・。」
「人工的に魔法少女を作り出す我々の行く末。
それがマジカルナンバー計画だ。」
理科世界管理局を通ぜず、人為的に魔法少女を人間の手で作り出すシステム。
知識の探求に対する努力を必要とする“賢者”でないことがこのシステムの浅さを物語る。
「一体何をするつもりなんですか?!」
「無論、実験だよ。
例えば、
医療とは数多くのトライアンドエラーを行った中のほんの僅かな奇跡で成り立つ分野だ。君たちが薬局で購入している薬が生み出される確率を知っているかね。
三万分の一だ。
身体能力を強化した人類の誕生は薬に頼る必要性がずっと抑えられた、より進化した人間。
理科の回復力を有する魔法少女は、新たな医療を進化させる。
新たな薬を生み出す理科を操るか、肉体の側を進化させるか。魔法少女はどちらの可能性も有する、まさに人類の夢。そうだろう?
それに親は口々に言うのだよ。
“自分の子”には『健やかに元気に育って欲しい』とな。」
だから子どもを強化する。倫理観を完全に無視している。
「故に、我々は天然の魔法少女の参加を歓迎する。」
「そんな話を聞かされて、協力するとでも思っているのですか?」
脂ぎった男性は声を一段低くして、
「一般人を舐めるなよ。」
一歩前に踏み出して、そうすごんだ。
大柄な五十代男性の威圧は、背の低い女子中学生にしてみれば相当な恐怖だが、茉理は格闘戦を得意とする生物使いである。
身体能力で言えばそれほどの脅威ではない。だから、思想は恐ろしくとも心のどこかで身体的に遠慮する傾向にあった。・・・が、
「茉理、変身しなさい!」
フェニックスが何かに気づいて声を上げた。
「えっ?」
「ただの一般人じゃない!」
注目したのは首筋の注射針の痕と、大量に吹き出していた汗に含まれる特殊な匂い。
すなわち、
「そいつ、ドーピングしてる!」
「!?」
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