4-4 終章4

スポーツなどの競技において使用を禁止されている薬物は、自然トレーニングの適正値を超えた筋力強化や脳波、神経の興奮状態を作り出す。

「ん?いや待てよ。スポーツ選手でもないし、これはドーピングと言わないのかな?」

「どうでもいいです!そんなこと!」

「ぬんっ!」

振りかぶった一撃は間一髪で茉理の身体をすり抜け、後ろの強化ガラスにヒビを入れた。

「う、うそ?・・・ただの一般人が?!」

しかもアスリートとは言い難い、腹の出たおじさんが繰り出したパンチとは思えない威力がある。


「小さい上にすばしっこい。まるでネズミだな。」

体勢を整えて、茉理は髪止めのバンダナに手を掛けた。

「ぶ、ブレイブ、チャージ!!」

変身フレーズとともに火の粉が周囲を覆い、茉理の衣服を変化させていく。炎が収縮し爆散する派手な変身。いつものアオザイ姿になる。


魔法少女マジカルマツリ

ロールアウト!


「今だ!」

「えっ!?」

マツリは後ろから羽交い締めにされていた。

「私は変身ヒーローのお約束は守らない主義でね。

変身直後の無防備な状態を見逃すほど、お人好しではない。」

「ぐっ・・・。」


「我々は協力を要請しているわけではない。

君の参加を単純に歓迎しているだけだ。」

つまり計画の参加にマツリ自身の意思は反映されていない。このまま強制的に連れていかれてエネルギー分野の研究対象として扱われる。

「・・・オトナのやり口、最低です。」

「他人の評価など無価値だよ。私が重要視するのは、金になる成果だけだ。」

「本当に最低。」

二の腕からホールドされ、得意の打撃技を封じられた茉理はなんとか手足を自由にしようともがく。


「マツリー。どうすんのー?」

フェニックスは人工森林の枝に止まって高みの見物をしているが、

「アタシは助けないわよ。その脂肪、引火しそうだし。」

一人でなんとかしろと言う。

「わかっています。私は他人のチカラなんか借りません。」

「強がっちゃってまぁ。」


そして、

マツリはジタバタともがくのをやめ、平静を装ってこう切り出した。

「おじさん、この前の健康診断の結果はどうでしたか?」

「はぁ?・・・それは、今聞くことなのかな?」

「えぇ。重要です。

健康体なら貴方の勝ちですから。」

「?」

何の話だ。とばかりに要領を得ない男を尻目にマツリは理科を使用した。

「ブラッドキューブ!!」

「!?」

「インパクト!!」

マツリの指先が男の血管に触れると、途端に男は硬直し締め付けの力は弱くなった。


「うぅ、何をした?」

腕からさっと身体を抜け出して、マツリは身繕いを正す。対して、男は顔面からあぶら汗を噴き出し、蒼白となり床に倒れ込んでいた。

「体内のコレステロールを少しずらして血栓を作っただけです。

大丈夫。

今は激痛が走っているでしょうけれど、一時的なものです。」

「ま、待て!!」

男が足を出そうとしてさらに倒れるように崩れた。

「うぐわぁぁああっ!!」

そよ風が吹いただけなのに全身に激痛が走る。まさに痛風のような感覚である。


「あ、悪魔めぇ・・・。」

男を見下し、マツリはこう言った。

「不摂生は貴方の身から出たサビです。

これからの人生では適度な運動と健康的な野菜中心の食生活をお勧めします。」

「ぐぬぬ。」

そこまでを聞き終えると、男は意識を失って倒れ込んだ。


「マツリにしては上出来ね。」

「うるさいです。」



気を失った男を仰向けにし、足を高く上げ楽な体勢(応急処置の基本)をとらせて、マツリは奥の階段に向かおうとする。

ちょうどその時、コツコツと甲高いピンヒールの音を立て、一人の人物が降りてきた。

最上階からこの時間に降りてくる人物など一人しかいない。


「マダムサイエンス・・・。」

マツリの姿、そして寝かされている男を確認して、不敵な笑みを浮かべながらこう言った。

「あーら、貴女からその名前で呼ばれるなんて思いもしなかったわ。」

朝会った時と同じ服装。顔を隠しているわけではない。市長としての姿。

だが、その声と仕草だけで対面する人物が誰なのかはっきりと理解できた。


正体はおそらく誰の目にも明らかであるが、物語の王道と作法、伝統(?)を守って、もったいぶるように、馬路理科乃子(まじりかのこ)は仮面をつけた。

「・・・賢者パンディット。」


「侵入者って聞いたから、私はてっきり。」

マジカルマヂカが来ると思っていた。

「救世主さまはどうしたの?」

「私一人です。」

その言葉を受けてパンディットは辺りを見渡し、倒れている男とマツリ以外の変化点を探る。

「・・・そのようね。

じゃあ、いよいよもって何をしに来たのかしら?

管理局の差し金?違うわよね。貴方とそこの鳥は誰かの言いなりで動いたりしないし。

“なんとなく”でこんなところまでわざわざやって来る理由がわからないわ。」

明確な意思も無しにライオンに立ち向かう人などいない。ラスボスである自分はライオンである。そういう比喩である。


「鍵を取りに来いと煽ったのは貴方です。」

「はぁー。

素直すぎるのも考えものね。

私は貴方をメッセンジャーに使っただけ。

元素の鍵を奪いに来る理科世界に対して宣戦布告をしただけよ。」

「どうして管理局と対立するんですか?」

「・・・どうして?」

マツリの言葉にパンディットは深い闇のオーラを発しながら、

「貴方がオトナの理屈を嫌うのと一緒よ。

私は理科世界管理局の存在意義が気に入らない。」

そう答えた。

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