4-2 終章2

「それでぇ。救世主さまはこの後、どう対応するつもりなのかしら?」

フェニックスが羽を広げて少し大げさな身振りでそう言った。

「・・・。」

私は一呼吸ぶん間をおいて、

「今日、夏値が修学旅行から帰ってくるわ。

だから、対策は、明日練りましょ。」

そう言った。

こうしてこの場はお開きとなった。



のだが、

ーーーその晩。

多くの職員が帰宅して一般受付のゲートが閉じられて間もない頃。

市役所の裏口、警備室の前に作業服姿の小さな影が一つあった。

「集配に来ました。」

「おや、夜間集配かな。キミ、配達員?

・・・にしてはずいぶん小さい気が。」

「part time job!」

「ん?なんだって?」

「あ、えーっと、バ、バイトです。」

実はアルバイトとはドイツ語で、これを英語で言うとパートタイムジョブになる。単語が混在するこの国の文化にまだ馴染めていない少女は、違和感を感じながらも『バイト』と、

「バイトは絶対、コンピュータのデータ単位のことだと思うんだけど・・・。

語源がドイツ語のarbeitであるなら、頭のアルの部分はどうなったって話で・・・。」ぶつぶつと小さく不満を口にする。


「いや、それにしたって、小学生が夜間のバイトなんてねぇ・・・。」

「しょっ?!

私、これでも大学生なんですよ!!(飛び級だけど。)」

そう言って茉理は学生証を見せる。

実は学生証に生年月日は記載されていないのだ。

このやりとりに少女のカバンが小刻みに震える。その震えを軽く小突いて静止させた。


「おぉ。本当だ。科学技術女子大。エリートなんじゃな~。いやー、疑ってすまんかった。

事務所は階段を上がってすぐ右手だよ。」

「ありがとうございます。」

目指し帽を深く被って、螺旋状の階段ルームに入ったところで、肩に掛けたカバンの中のフェニックスが顔を出した。

「ププッ・・・小学生だって。」

「うるさいです。」

背が低い、身体的に未成熟なのは茉理のコンプレックスだった。


階段をゆっくり警戒しながら登っていく。

現在地は二階と三階の中間付近。


「ところで茉理。どうして、春化ちゃんに連絡せず単独行動なの?」

「お姉さんの言っていたことは“嘘”ですから。」

「嘘?」

「夏値さん。いえ、マジカルマジデが帰ってきてから対策を考えるという話です。

おそらく、お二人は『私抜きで今夜行動を起こす。』つもりです。

そう感じたから、出し抜いたんです。」

「そう。」

(「茉理。それはたぶん貴方を出来るだけ巻き込まないようにするための“思いやりのある嘘”というやつだと思うわ。」)フェニックスのこのセリフは声にならなかった。


「それに、私は理科世界管理局を全面的に信用しているわけではありません。」

「あ、ソレ同感!

あいつら、ホントもう、ねぇ・・・。」

「・・・いや、フェニックスが毛嫌いしている類いのものとは違います。誤解しないでください。

管理局の行っている、世界の安定を図るための理科の管理は良いことだと思います。」

「うへぇー。」

「ただ、一方で巨大な組織の持つ秘密主義が疑惑を生んでいる。どこの世界も同じですが。

世界の生命に関わる理科の全てを管理されているだけに、私たち人類が完全に信用するわけにはいかないという意味です。」

「何それ、子どもらしくなーい。」

「子どもらしくなくて結構です。」


生命に溢れたこの星は宇宙の中でも奇跡も言える確率のもと誕生し、生命にとって都合の良いこの環境は、星の周期と水と気候と植物によって維持されている。

星の生命は皆平等に理科によって支配されているのだ。


もしもある日突然、全ての酸素がなくなったら。生命は数分で死滅する。

そんな非現実的なことあるはずがない。そういう結論に至るのが人間の“当たり前”なのだが、理科を誰かに管理されている以上、これは当たり前などではない。誰かによって生かされていることになる。

だから、理科世界管理局がこれほどまでに環境を破壊する人間をどうして生かしているのか。それは疑問点でもあり、不安要素でもあった。


ーーー

そうこうしているうちに誰に会うこともなく、茉理は研究施設のある四階へたどり着いた。

この先、市長室のある五階に行くには、エレベーターを使うか、四階のフロアにある専用階段使う、窓ガラス清掃員の使う屋外非常用ハシゴを登る、空から屋上のヘリポートに向かってダイブを決める、しかない。


「割と選択肢あるわね。」

「いや、後半のやつはちょっとオカシイです。」


茉理が選んだのは四階にある奥の専用階段を使うルートなのだが、フロアに入る扉のドアノブを回してみても、もちろん鍵がかかっていて中に入ることは出来ない。

茉理は周囲を見渡し、天井にあるプラスチックの蓋を外し、三角蹴りで蹴り上がった。

スパイ映画でおなじみの通気口を這って進む。作業服で来たのはこのためだ。

飲食店などを見てもらえばわかるだろうが、実際の通気口というのはかなり小さく、成人男性が入れるようなサイズではない。身体の小さい茉理ならではの作戦といえるだろう。

「うるさいです!」


フロア内のダクトの蓋を外して侵入すると、茉理は埃まみれになった作業服を脱いだ。

中に着ていたのは、黒のタンクトップにサスペンダー付きのホットパンツ、革製のミリタリーブーツにレザーグローブだった。そして仕上げにカバンからバンダナを取り出して髪を括る。

「何よ、その格好?」

「建造物潜入の正装だと思いますが・・・。」

潜入任務の服装に決まりごとがあるのかは不明だが、これには先週テレビで見た、古代遺跡を探検する女性冒険家が大活躍する映画の影響が大きい。

「あんた、ホント形から入るわねぇ~。」

「私は、“ちゃんと”したいんです。」

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