4-1 終章1
いつもの時間、いつものファーストフード店。
茉理は大きな窓の外を指差して、
「馬路理科乃子(まじりかのこ)」
そう言った。
指し示す方向には街の中心部にそびえる真新しい建物がある。
「それが黒幕?」
「はい。ほぼ間違いないと思います。」
「でも、その人って・・・。」
「マダムサイエンス。・・・この街の市長です。」
そう、指先の示した建物は市役所なのだ。
馬路理科乃子は理科学実験都市への合併時、現職村長も、国が推し進めてきたおエライ議員も押しのけ、初立候補で当選した女性市長である。
もちろん、ただ運が良い、時の巡り合わせだけで当選したわけではない。キチンとした基盤がある。
『フラスコで蒸留するように、一滴一滴、魂込めて頑張ります!』
彼女はこのフレーズで選挙戦を勝ち抜いたのだが、その基盤は都市化と同時に拡大した理科宗教『物理教』であると言われている。(宗教が政治に関与することは大きく報道されていないが、間違いなく巨大な権力を持つ立場にいる。)
理科で彩られた都市に、理科の宗教。
信者でなくとも票を得られたのは風土に合致したという点が大きいだろう。
彼女が起こした都市改革は恐ろしく強力で、その概要は街全体で無数の特許を持つというものである。また特許の使用料は生活サービス、税金に還元される仕組みだ。そしてさらに市内の企業団体はこの使用料が無料となる。
科学者が科学を求めて街に集い、また新たな科学を生み出すことで街が潤う。
これが理科学実験都市の発展のカラクリである。
話を戻そう。
この街の市役所は五階建ての中規模ビルになっている。
市民が受ける行政サービスほぼ全て一階で、
合併前の市町村である四神村の役場のデータベース保管は二階、
街の持つ特許管理、運用など会計関連を三階で、
街の進める新技術の研究を四階で行なっている。
残る五階は、フロア的にはかなり小さく、市長室と倉庫、緊急用のヘリポートがあるだけ。
「鍵は実験に使う。欲しければ取りに来いって言ったのよね?」
「はい。」
それはある意味、宣戦布告だ。
タイムリミットは間近に迫っていて、
邪魔をしたければ力づくでかかって来い、
という意味だろう。
「しかし、相手がわかっても、どう接触するかが問題なのですが。」
「まぁ、取りに来いってんなら、とりあえず行ってみようか。」
「えっ?あ、ちょっと!」
私はパンディットの含みのある宣戦布告を敢えてすっとぼけて、正面突破を試みる。
ーーー
「市長に会いたい!」
単刀直入、受付に言った。こういう時は不意打ちに限る。
社会人としての日が浅いであろう綺麗どころのお姉さんは、頭の上に“?”を浮かべながらも、
「は、はぁ。アポイントメントはお取りでしょうか?」
なんとかマニュアルにあるにような対応を捻り出した。(本当にマニュアルに記載されているかは知らないが。)
そして、私は“急かす”という追い討ちをかける。
「いや。飛び入りです。急ぎ取り次いでください。」
「えっ!?あ、あの。」
さあ行け。勢いに圧倒されて、言いなりになるがいいわ、新社会人よ!
・・・しかし、私の想定通りにことは運ばなかった。
アタフタする受付は一呼吸置いて、「こ、コホン。」可愛らしい咳払いをする。
「も、申し訳ございませんが、個人様の面会は現在、お断りさせていただいております。」
惜しかった。あと一歩だった。
ただまぁ、そりゃそうか。一般市民が市長に直談判するにしても、署名とかメディアとか、それなりの手順がある。もし仮に『エネルギーを無限に生み出す魔法の鍵ことで話がある。』と正直に言っても門前払いは当然のことだ。
市長に会う何か正当な理由を、“嘘でも”用意しなくてはいけない。
だけど、私たちは単なる学生。
街への不満も無ければ、提案出来る意見も持ち合わせていないのである。
「失礼ですが、お二人とも、学生さんに見受けられます。市長にどういったご用件で面会希望なのでしょうか?」
「うぅ・・・ちょっと個人的な、金銭の授受で。」
「えっ?」
「あ、いや。金銭じゃなくて金品、具体的にはプラチナを・・・。」
「警備員を呼びますよ。」
うぅ・・・だめだ。何も思いつかない!
えぇーい、開き直ったる。
「チャチな脅しに私は屈しないわ。市民が市長に会いに来て何の問題があるって言うのよ?」
「ちょっと、お姉さん。みんな、こっち見てます。」
「だから何?目的を成し遂げてないのだから、一歩も引かないわよ!」
私の言動は勇ましいけど、単なるワガママなのは明白だ。だけど、こういうときは攻めの一手、勢いが大事なのだ。
「いや、やめましょうよ。こんなことで問題を起こしたらいろいろ迷惑がかかります。」
いろいろの部分には一般社会に加えて、理科世界管理局のことが含まれている。カトブレパスに注意されたのは記憶に新しい。
「うむむ。」
憤慨する私を茉理がなだめる形となったのだが、
「どうやら、そちらの妹さんの方が常識をわきまえていらっしゃるようですね。」
「!?」
受付のお姉さんのこの一言が、
「私・・・。」
「?」
「この人なんかの妹じゃありません!」
逆効果だった。
(物語の進行上どうでも良いけど、“この人なんか”って結構ヒドイんじゃない?茉理ちゃん。)
強い語気で茉理の声がフロアに響き渡った。
面倒な市民が揉め事を起こしている、周囲からはそう見られただろう。
だけど、結果的にそれがキッカケとなり、
「いったい何の騒ぎ?」
「あ、市長。」
馬路理科乃子はやってきた。
茉理ちゃん、でかした。
「こちらの方が面会を希望されていまして。
お知り合いでしょうか?」
「・・・・・。」
ワザとらしくゆっくりと、そしてネチっこくエントランスへ歩いてきた市長は、私たち、特に茉理の方をじっと見つめる。
「・・・・・・。」
長い沈黙があって、ようやく口を開いて出た言葉は。
「知らないわ。」
嘘つけ!!
そして、馬路理科乃子は胸元のコサージュをサッと撫で、私たちの方を向く。それだけでキツイ香水の匂いがした。
「!?」
「どちら様か存じませんが、不躾ですね。
ここがたとえ理科の街であっても、何事にも礼儀作法というものはありますのよ。」
「ぐっ。」
相手、いや、私を黙らせる強い威圧。職員は全員が手を止め、物音ひとつ立てず聞き入っていた。この統率力。なるほど、これがこの街の市長か。
「式典など、来賓のご依頼でしたら、一度、広報を通していただけます?
ワタクシ、これでも色々と忙しいもので。」
式典の予定なんか無いわよ。それに呼ぶ気もない!私は心の中で毒づいた。
ーーー
「はぁー。市長に会うのがこれほど大変とは思わなんだ・・・。」
まぁ、一般的な庶民の学生が市長を訪ねていくという場面はかなり稀だろうから、難易度の高いミッションなことはわかりきっていたのだけど。
「お姉さんは何がしたかったんですか?あんなの、良い恥さらしです。」
オメオメと逃げ帰ってきたファーストフード店で透明な炭酸飲料を飲みながら茉理が言った。
「私は確認しただけよ。」
「確認?」
「私は今年の春、進学を機にこの街に来たの。だからまだ日が浅いわ。
市長選挙の様子も知らないし、物理教や肝入りの研究機関のことも聞いたことがある程度で、情報はかなり不足している。
直接会って、本当に市長があの賢者なのかを見極めたかったの。」
茉理のリュックから火の鳥が顔を出す。
「へぇ~。それで、結果はどう?」
チカラの有無で正体を見抜いている筈だが、私の意見を聞く。
フェニックスは契約者たる私たちに積極的な支援をせず、どちらかというと私たちを見守る、人間の可能性を試しているような節がある。
「間違いなくパンディットね。」
「その心は?」
「何、落語?まぁいいわ。
理由はね、香水がローズマリーだったから。」
「はぁっ?!」
訳がわからないとばかりに茉理が声を出す。
よーし、博識な私が“歴史”を語ってあげましょう。
『中世ヨーロッパ、宗教の異端者に対する迫害として魔女裁判、魔女狩りといったものが行われていたわ。
実際は抵抗勢力へ侵攻をするための大義名分なんでしょうけど、異端者の中には不思議なチカラを使う者がいた。
それが“魔女”
私たちのような本当の魔法使いがそれにどれだけ含まれていたのかはわからないけど、
“魔女”たちは薬草の知識や天文学に長け、高度な文明を築いていた。巨大な帝国であっても、その存在がとても脅威に見えるほどのね。
歴史の表舞台でローズマリーと魔女を結びつける記述はあまりないんだけど、
古くからの伝わる迷信で、ローズマリーは魔法のチカラを封じる魔除けの花と言われているの。
これには諸説あって、ローズマリーが感染病の予防に繋がったというのが当てはまるわ。
科学が未発達な時代だから、流行病は呪いやら、神の怒り、悪魔の災いだと信じられていた。
そんな中、
魔女の作った神秘の塗り薬“ローズマリーの酢漬け”を塗っていた者たちが死に至る流行病“ペスト”に感染しなかった。
科学的にみればハーブの殺菌作用が効果を発揮したのでしょうけど。
以来、西洋ではローズマリーを魔除けの神聖な花として扱うようになった。
これがローズマリーと魔除けの歴史。
』
ご静聴、どうもありがとう。
「で、さっき。
市長からそのローズマリーの香りがした。」
「そんな言い伝えだけで判断したんですか?」
「うん。」
「呆れた。」
物的な証拠はないのでそういうことになる。
でも、比喩を多用する回りくどい賢者という人種はこれぐらいの推測で十分だと思う。そもそも馬路理科乃子、イコール、賢者パンディットなのは既定路線なのだ。味付け程度の証拠で十分だ。
「私の推測はそんなことろ。どう、フェニックス。」
「うーん。まぁまぁ。
でも、春化ちゃんにしたら落第点かなー?」
「えっ?」
どういう意味?あの接近で、気づくべきポイントがまだあったってこと?
だけど、もちろんフェニックスはその点について教えてくれない。自分で気付け。そういうことだ。
「あと、迷信じゃないわよ。茉理。
あんた、秀才のくせに常識からちょっとでも外れたことは知識として持ち合わせないみたいだけど、ローズマリーをはじめとするハーブは人間の嗅覚に作用して集中力を高めたり鈍らせたりするの。人間にしてみれば、おまじないみたいなモンなんでしょうけど、オマジナイとは“お呪い”と書くのよ。」
「・・・。」
恋のお呪い・・・こう書くと途端にホラー感が出てくるよね。
「ローズマリーが私たちのチカラを封じている・・・。」
「微弱なものだけ、だけどね。」
「わかりました。
とりあえず、市長がパンディットという確証は得られたということですね。」
「それは確定で良いわ。
それに私たち、いや理科世界管理局に敵対していることも間違いない。」
ただ、パンディットは“救世主たる”私よりもマツリのほうに固執していることが気になる。ヤタガラスの件がひと段落着いたにも関わらず。
「・・・。」
この時、私は気が付かなかったのだが茉理ちゃんの表情は曇っていた。
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