2-10 ヤタガラス編18

よし、それでは作戦開始!


いや、格好良く、作戦開始!と銘打ってはみたが、音も立てずに忍び足で登るため、速度はかなり遅く疾走感は皆無と言って良いだろう。


物音をたてないゆっくりとした足取り、だが、それを尻目に幹を螺旋状に這うようにして登ってくる“存在”を私は確認する。

「!?」

這うというのは比喩でもなでもない。だってそれは巨大な蛇だったのだから。ニシキヘビというにはもっと色は飾り気のない擬態色。全身の筋肉を使い一目散に駆け上がっていった。

そして、

「なっ!?」

私が目的地に到着するころには、さっきの蛇がヤタガラスに巻き付いていた!

「ちょ、ちょっと!!」

「カアァッ!!」

何が起きているのかを理解出来ずにいると、木に絡みついた蛇が枝を占有する面積を拡大していく。そして、ついには足場をなくした私の身体は木から離れ、

「えっ?」

重力に従い地面へと引き寄せられていた。

落下の感覚。

フワッとした浮遊感が内臓の違和感を脳に伝える。

「やばっ!!」

この高さ、死にはしないが怪我をする。

咄嗟に受け身の体勢などを取ろうともがくが、空中にいる人間のなんと無能なことか。人間は空を飛べない。その現実を突きつけられて私は絶望した。


落下する数秒の間、これまでの私の人生をまとめたプロモーションビデオ、いわゆる走馬灯が見えた。ただ、一般的な生活をしていて走馬灯の実物を目にするのはなかなかない気がする。

・・・アレ?割と余裕あるな、私。



「まったく、世話の焼ける・・・。」

「!?」

走馬灯の幻想から現実へと意識が戻ると、猛禽類の鋭い脚に両肩をガシッと捕まれ、

「フェニックス!?」

その緩やかなホバリングで地面に着地する。

「ありがと。」


地上では私の生還を心配そうに見ていたマツリが・・・

「お姉さん、アレはどういうことですか?!」

私を弾劾した。

「こっちが聞きたいわよ。」


突然現れた巨大な蛇、もちろん野生ではない。

「あれは召喚獣、ヨルムガンドじゃ。」

「ヨルムガンド?」


ヨルムガンドは“ミッドガルドの大蛇”とも呼ばれる北欧神話に登場する毒蛇で、悪戯好きの神であるロキの生み出した魔物の一匹。(魔物は三匹存在し、ほかには狼の魔物フェンリル、死者の女神ヘラがある。)

その語源は古代ノルドの言葉で大地の杖を意味する。


「あやつも暴走しておるな。」

「全く、こんな時に・・・。」

「いやいや。あれは別に偶然じゃないでしょ。」

「誰かが意図的に仕向けたというの?」

「そうじゃないわよ。

暴走した召喚獣はより一層のチカラを求め、さらなる理科のチカラに引き寄せられるんでしょ?

自然の掟を前提に考えてみなさいな。」

「え?」

あぁそうか。

暴走した召喚獣を相手にするのは私たち魔法使いである。当たり前のような定義で話を進めいるが、暴走した召喚獣同士がチカラの源を奪い合う可能性だって当然ある。

事実、現実世界の肉食動物は狩りをする時に、仕留め易い弱った者か子どもを狙うのだ。



「カアァッカアァッ!」

「このままじゃヤタガラスが。

なんとかしないと!」

絡みつく蛇を振り解こうと全力でヤタガラスが暴れると、二つの生物は塊となって木から落ちて来た。

その拍子にポトリと黒くて小さな金属片が、私の目の前に落ちて来た。

あ、元素の鍵だ。


私は“何気なく”、それこそ、音の出ない口笛を吹きながら、明後日の方向を向いて、それを拾い上げた。


「うっしゃあー。元素の鍵、ゲットー!」

「・・・やはりソレが目的か。」

カトブレパスが呆れ顔で溜め息を吐いた。

「あ、いやいや。任務、任務よ。世のため星のため。この世界の秩序のためよ。純粋に!

さぁさぁ、化け猫!急いで認証登録を!!」


「・・・。」

「あ、そうだった。」

ケットシーはマツリの足元で寝息をたてていた。全く起きる気がしない深い睡眠、ノンレム睡眠というやつだ。

これは参った。


「カトブレパス、代わりにできない?」

「無理を言うでない!ワシはお主の契約者でもないし、化学の担当もしとらん。」

「うぐぐ。」

それじゃあこの鍵の所有権はまだヤタガラスのものなの?今まさに、私のこの手の中に握られているというのに。

「マヂカちゃん。貴女って、本当に心の声が漏れるタイプなのね。」

「声に出てた?」

「ザルだったわ。」


「こ、コホン!」

私はわざとらしく咳をして、鍵をスッとポケットに仕舞い込んだ。

「ヤタガラスを助けましょう!」

「・・・下心が見えすぎだわ。」

「あはは。」

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