2-9 ヤタガラス編17
「ずいぶん高いところに居ますね。」
「警戒されているんでしょうね。」
暴走して理性を失っても、生存本能は身を守るように動く。野生動物が高いところに登るのは、自分に迫る脅威から逃れるため、もしくは獲物の位置を把握するため。今回の場合は前者。
バカと煙とはわけが違うのである。
「さてと、
接近するにはヤタガラスを木から落とすか、こちらが近づくか、だけど。」
「どちらにしても気づかれるんじゃないですか?」
鳥を木から落とすのは容易ではない。ヤタガラスに気づかれる前に木に衝撃を与えないといけないのである。
対して近づくのは、暗闇に紛れ気配を消して素早く行動をしないといけない。大勢で向かうのは問題外である。
だから、結論を言うと・・・
「木登りね。マツリ一人で。」
「えぇっ?!き、木登り・・・。」
「子どもの頃にやったでしょ?」
「やったことありません。」
「はぁっ?!
バレエを習っていて、見事なカンフーの妙技を披露したのに、木登りしたことないの?!」
そんなことってありえる?
「・・・マヂカちゃん。あなた、よくわからない偏見があるわね。
世の中の事象に“フツー”なんて言葉は意味を成さないし、真理を求めるのに既成概念にとらわれないのは良いことだけど・・・。
自分の考え方が他人にももれなく適応するっていうのはありえないわ。絶対的に普遍なのは物理法則の真理だけだけど、真理と心理は別物。
それに、この子、箱入りよ。」
自然に戯れて木登りなんてとてもとても。そう言うことらしい。
人間は年齢を重ねるにつれて知識と経験を積み、己の価値観を構成するが、人間の社会の外にいる存在に改めてこう言われると常識という概念の小ささを痛感する。
だけど、マツリの身体能力は折り紙つきだ。一発勝負でもいけるだろう。
「木登りは拒否します。」
!?
「ど、どうして?」
「お姉さんは言いましたよね。作戦の決定権は私にあるって。
お姉さんの提案する作戦は相手の意表を突く、言ってみればイチカバチカの作戦ばかり。
私が“あんな高い木”に一人で登る作戦なんて、成功率からして選択すべきものでは無いと考えます。」
「・・・。」
太い杉の木であるがヤタガラスのいるのは地上からの高さ約五メートルといったところ。
自分で言うのもなんだが、今回の提案はこれまでの私の作戦の中ではマトモなほうだと思う。
だが、マツリの意見は私と違うようだ。
「いいですか。走り高跳びの世界記録は二メートル四五センチですが、人体にはこの数値をはるかに上回る潜在能力があります。しかし、機能にはリミッターがあり、その能力の使用に制限がかけられているんです。」
それは聞いたことがある。
だが、それが不意に解除され、普段は絶対に出来ないようなことでも極限状態では可能になる。
火事場の馬鹿力というやつだ。
でも、それがどうしたの?
「なぜ制限がかかっているのか?
それは必要なことだからなのです。
今回のような場合、機能制限を超えた跳躍は着地の反動に人体が耐えられないのです。」
「・・・何もジャンプでそこまで到達しろと言ってるわけじゃ。」
「そういう問題ではありません!」
「えー。」
モットモらしい、穴だらけの反論で拒否しているが、要約するとマツリは木登りをしたくないらしい。
これはつまり、
「高所恐怖症?」
「ちが、違います!私は、着地のことを考えて・・・。」
「得意のカンフーでいけるでしょ?」
「カンフーが何でもかんでも可能にするかのように言わないでください。魔法は使えても、現実は映画じゃないんです。
着地をすれば位置エネルギーの分だけきちんとダメージがあります。
それに私のアレは単なるバレエの応用で、ジャンプもどちらかというとフィギュアスケートに近いですし。」
「あぁ~、納得。」
あれは空中回し蹴りではなく、トリプルアクセルなのだ。
そのことは使い魔となったフェニックスには想定外だったようで・・・。
「えぇー、そんな大事なことは先に言ってよー!!
バレリーナとか、フィギュアスケートの衣装を用意したのに。」
「衣装なんてどうでも良いです。」
アレ?
賢者の時は形から入ったのに。マツリ、だいぶ混乱してるわね。
それともフリルとヒラヒラは嫌なのかな?滅茶苦茶似合うと思うけど。
「とにかく!木登りではなく、ヤタガラスを落とす方向で作戦を考えてください。」
「ふーむ。」
策としては木登りによる奇襲攻撃が一番だと私は思う。でもそれを拒否するマツリ。
必然的に導き出される答えは・・・
「しょうがない。私が登って木から落とすわ。
マツリはそれを下で受け止めて。」
「・・・わかりました。」
「いい?相手は手負いだけど、元素の鍵がある。
運悪くエネルギーが供給されれば状況は一気に悪くなると思ってね。」
今は元素の鍵がヤタガラスの命綱なのだ。
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