1-2 ヤタガラス編1

ーーー

「はいよ。カブト焼き定食。」

焼きあがった魚の鱗が一部、炭のように真っ黒に炭化している。カブト焼きはこれぐらいしないと火が通らないのだ。

私の予想であるキハダマグロはハズレ。本日のマグロは、ピンと尖った一本角のカジキだった。カジキマグロと呼ばれる魚であるが、実はスズキの仲間である。DHAはあまり期待できない。

「カジキか・・・。ますますもって勇ましい。」

「はは・・・。これ、私の意図するところではなかったんですけどね。」


歴史を紐解いて考察すればわかることだが、何事も予想が外れるというのは世の常である。

「勝って兜の緒を締めよ。そういう言葉がある。

私は、君の理科だけに尖った成績のことは理解しているつもりだが、何事にも油断せずに望むことだ。」

「・・・教授。

理科だけって酷いです。」

「失礼した。努力は認めよう。」

いや、フォローになっていないし。

「だけどね。橘君。

知識というのは総合的なものなんだ。歴史や語学、社会の仕組みが理科に作用することもある。

その点を踏まえて学習をすると、君の世界はもっと広がるかもしれないよ。」

「は、はぁ・・・。」

確かに私は英語が苦手で出来るだけ避けて生活をしている。

だけど、その考え方を適応させるというのなら語学や文学、歴史を専攻している人がどれだけ理科を学習しているのだろうか?

『私はソッチの分野と違うから。』

幾度となく聞いたセリフだ。

こんなことが通用するのなら、私が無理して英語を学習しなくても良いじゃないか。『アンタたちが理科を学ぶようになったら、私も英語を学ぶわよ。』言い訳の常套句。

・・・まぁ、屁理屈かもしれないが。そんな風にこじれて考えるようになった。



「では、私はお先に失礼するとしよう。」

「あ、はい。

さようなら、教授。」

教授はスッと立ち上がり、勘定を済ませると、ひとり食堂を後にした。

それを確認してから、ようやくケットシーがリュックから顔を出す。あ、そうそう。この食堂、生物学の学部の教員、生徒への配慮もあって、ペットの連れ込み可なのだ。私がここを愛用するのはケットシーを同行させやすいという点が大きい。

「気になるんだったら、直接見たら良いのに。」

「チカラを取り戻しているかもしれないんだから、そういうわけにはいかないでしょ。」

ケットシーは急いで食事を済ませて、教授の後を追いかけたいらしい。

「あ、コラ!がっつくな!!」


だが、マグロのカブト焼きなんて食べ物は、片手一本で歩きながら食べられるハンバーガーと違い、食べるのに手間と時間が掛かる。

そういうわけで、食事を終えて食堂を出た頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。中央棟の明かりもだいぶ消灯されている。

「満腹満腹。」

「お腹も膨れたんだし、そろそろ任務を開始してよ。」

「んー。

さっきの感じじゃ、記憶は取り戻してないんじゃない?」

「そんなことないでしょ!硫酸の話してたし。」

「あのね。あくまでも例え話でしょ、アレ。

マジカル濃硫酸の話じゃない。」

「そうかな〜?意味深なこと言ってた気がするよ。」

確かに教授はワイズマンだったころ、ああいう比喩を多用していた。なので、言葉だけで真意を測るのは困難である。だからといってストレートに『魔法使いですか?』と聞くわけにもいかないし。

「魔法的な何かは感じなかったの?」

「残念ながら。」

役に立たない私の使い魔は、そう言って首を左右に振る。

「上位召喚獣ならまだしも、僕たち一般召喚獣が契約者である人間の理科を探知するのはちょっとねぇ。

春化に頼んだのはそういう一面もあってのことなんだ。」

今、取って付けたような都合の良い理由だ。

「じゃあ、問題無し。教授は単なる一般人だと思うわ。調査終わり。」

「また、テキトーなことを。

教授がこの写真のワイズマンじゃないんなら、真相は分からず仕舞いじゃないか。」

「そうは言っても、証拠がこんな写真一枚じゃねー。」

ポラロイド写真をパタパタと振りながら歩き始めるが、任務を開始するというわけではなく、これから単に帰宅するというだけである。肩の上で化け猫が何やらギャアギャア言っているが、無視する。


その道中、と言っても食堂から五分も歩いていない距離だ。

中央棟から単元棟へ向かう連絡通路で小さな金属音が聞こえてきた。連絡通路の傍は庭園のようになっており、イベント用の広場や野外ライブを行うためのステージなどがある。特にライトアップされているわけではないが、今日は満月で、月明かりがその広場を照らしていた。

金属音はステージの中央にいる白い衣服の人物と、巨大な黒い何かが発しているものだ。


遠巻きに見るに、人物のほうは絹や麻のような軽い素材、ベトナムの民族衣装であるアオザイのような深めにスリットの入った丈の長い白の上着、さらに肩がけの小さなマントを身につけている。

薄明かりにはダンスを踊っているようにも見えるのだが、それよりもその隣に居る存在が異質だった。

それは巨大な黒い鳥。そのフォルムはクチバシから翼、瞳、足先にいたるまで全身が真っ黒のいわゆるカラスであるが、カラスにしてはその躯体が大きく、また、鋭いかぎ爪を持つ脚が三本ある。

「もしかして召喚獣?!」

「うん。アレはヤタガラスだ!」


八咫烏(ヤタガラス)は日本神話に登場する脚が三本の巨大なカラスである。異形の突然変異と言われているが三本の足の詳細についてはよくわかっていない。

神話においても詳細は不明のままだが、太陽の化身、導きの神と信仰されている。


ヤタガラスはヒットアンドアウェイを繰り返し、その鋭い爪の三連撃で白い衣服の人物に襲いかかっていた。

様子を伺うためにさらに近づいて、その人物の容姿を捉えると私はこの状況にさらに混乱することになる。

「!?」

白い衣服の人物は仮面で顔を隠していたのだ。

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