1-3 ヤタガラス編2
ポラロイド写真の人物、ワイズマンよりも身長が随分低い。それに仮面も木彫りではなく、布製だ。
両手に持った扇と羽織ったマントを翻しながら優雅にヤタガラスの攻撃を躱している。それはさしずめ舞踏会でワルツのステップを踏んでいるかのようだった。・・・いや、ワルツのステップなんて見たことないんだけど。想像で。
手にするのは鉄の扇。鉄扇がヤタガラスの爪を弾く度に甲高い金属音が周囲に広がる。その扇が顔を遮る度、喜怒哀楽、仮面の表情が変化した。
ワイズマンとは違う変面の魔法使い。
クルクルと優雅に舞うことで攻撃を躱してはいたが、それも対抗策のないまま続けていると次第にヤタガラスの爪が当たり始めた。
劣勢なのは明らか。
変面が最後の一枚となり、ついにその素顔が晒される。
変面の下にあったのはなんと、
少女だった。
それも肌の白い、目鼻立ちの整った美少女である。
「ま、魔法少女なの?」
ヤタガラスの攻撃を躱すあの身のこなしは人間業ではない。明らかに、人知を超えた理科のチカラ、生物学を用いたものである。だが、劣勢なのは意図するところではない様子で、その表情には焦りが見える。
致命傷ではないものの、ヤタガラスの爪がアオザイの布を引き裂いて、小さな切り傷が白い布地に赤い斑点をつけ始めた。
「助けないと。」
「春化。いいのかい?まだあの子の正体が何者なのかもわかってないのに。」
「・・・。何言ってるの?」
私は両手を天高く掲げ、
「理科っていうのはね。人を救うためにあるのよ!」
大振りに回転させて、
「変身!」
と叫んでジャンプした。
賢者でありながら変身を必要とする。まるでヒーローのようだが、これが私の魔法の形態だった。
淡い緑色の光が私を包み込むと、衣服の繊維一本一本を再構築し特別なものへと変化させた。
クリスマスのような赤白カラーのチューブトップミニドレス、ワインレッドのガーターベルトに大きな白いリボン。そして、正義の印、長いポニーテールをなびかせる。
ケミカルヒロイン
マジカルマヂカ
降臨!!
「変身完了!!」
目の前にいる仮面の魔法使いがどういう存在で、何故、召喚獣と戦っているのかもわからないけれど、これから私は戦闘に介入する。
「マヂカ、気をつけてね。ヤタガラスは分類的には僕と同じ一般召喚獣だけど、その存在や特性は僕たちの間でも知らないことが多いんだ。」
「了解。」
そりゃあ神の使いなんて言われるぐらいだもんね。魔法少女として“上がり”を迎え、賢者としてはまだまだ見習いの私がチカラで圧倒出来る相手の筈はない。(チカラ不足を補う反則技のアイテムは理科世界管理局で保管されている。)
そうこうしているうちに、ヤタガラスのかぎ爪が、転倒したあの魔法使いの女の子に向けられようとしていた。まさに絶体絶命。ヒーロー登場のシーンとしては王道の瞬間だ。
私は化学式H2SO4を意識を集中して右手を突き出した。すると掌の数センチ手前の大気が収縮し、
「マジカル希硫酸!」
その場には無い物質を生成する。これが私の理科。錬金術と言う名の化学魔法である。
硫酸の濃度が90パーセント以上の濃硫酸に比べて、希硫酸には硫酸最大の特徴である脱水作用がない。(生物を相手にするのに、濃硫酸はほぼ無敵の攻撃力を誇るのである。)
魔法使いとしてそこまでの知力が無い私には自力で濃硫酸を放つことが出来なかった。
よってこの硫酸は主に目眩しとして使用する。
「カアァ、カアァッ!!」
「!?」
私の思惑通り不意打ちの攻撃は見事に直撃する。特に霧状となった希硫酸が目にしみるようで、ヤタガラスは大混乱し、空中でのバランスを崩して地面を転げ回っている。ただ、これでも致命傷には程遠い。
「マヂカ、この後の作戦は?」
「考えてない!」
「そんな・・・。」
この現場に遭遇したのだって偶然だし、私は召喚獣ヤタガラスの特性、それに第何族の元素の鍵を所有しているのか、などの情報が何もない。
まぁそれもこの子の手助け。スポット参戦なので別に良いだろうと考えていた。女の子の様子はというと、アオザイについた血の斑点、鍵爪につけられた擦り傷はすでに癒えている。おそらく身体能力を操る生物使いなのだろう。
「ねぇ、大丈夫?!」
「!?」
状況判断が追いつかないといった表情だ。
絶体絶命の状況から起こった突然の出来事に呆気にとられた少女だったが、私が話しかけたことでビクッと肩を震わせ、我に返った。
そして、私の容姿と肩上のケットシーを確認して、
「魔法少女。」
そう呟いて立ち上がった。
そうしているうちにヤタガラスも回復しつつある。
「マヂカ、来るよ!」
カアァカアァ!!
私に向かってヤタガラスのかぎ爪が襲いかかる。この子のように優雅に舞ってかわすことは無理なので、私は、
「いったぁ。」
しりも・・・いや、回避技である臀部後退着地を使用する。
「単なる尻餅でしょ。」
「うるさい!!」
もたつく私を尻目に、ターゲットを完全に私の方へと切り替えたヤタガラスの追撃が迫り来る。
「え、えぇーっと。マジカル、マジカル・・・」
ダメだ。有効な物質を思いつかない。
その時、スカートのポケットから偶然、ケータイが転がり落ちた。
「これだ!!」
私が着目したのはLEDによる照明機能。
LED電球のような発光ダイオードの光は周囲に拡散するものではなく、基本的には直進する。
よく商品の注意書きに、発光部を直接目で見ないでくださいと書かれているが、確かに強力な光が目に与えるダメージは相当なものがある。
これは人間が真昼の太陽を直視出来ないのと同じ理屈だ。
黒い瞳を直撃した可視光線は再びヤタガラスを大混乱に陥らせる。
「もう、魔法でもなんでもないよ。」
「理科には違いないでしょ。」
魔法のチカラじゃなくて文明の利器だけど。
私は光源をさらに微調整してヤタガラスの目に向ける。
カアァカアァ!!
注:実際のカラスにこれをすると仕返しをされますので、真似しないでください。
動きが止まったのが幸いとばかりに、地面を転げ回るヤタガラスを少女が取り押さえようとする。体格差は約二倍。
「・・・。」
「あ、ちょっと!」
私も手伝いたいが、私には生物魔法による強化もなければ、自らの腕力に自信も無い。暴れた際に跳ね飛ばされるのがオチだ。
「くぅぅっ・・・。」
少女は一生懸命ヤタガラスを引っ張ろうとする。その先にあるは野球のバックネット。
なるほど、網で囲んで飛び立てなくしようというのか。
だが、その作戦の準備が整う前に、ヤタガラスは二体一を不利と判断したのか、その羽根をやや大振りに羽ばたかせ、風を起こすと上空高く飛び去ってしまった。
「あぁっ!!」
作戦は失敗だ。
「あ、待って。ヤタガラス!!」
そして、その場にはヤタガラスに跳ね除けられた少女と天を見上げる私だけが残った。空は雲ひとつない満月だった。
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