0章 前回のあらすじと今回の起点
かつて、いや、今でもそうなのかもしれないが・・・
人々のそばには宗教があった。
それは、
絶望に苛まれ暗闇を手探りで生きる人間にとって、心の拠り所となる存在だった。
しかし、ある科学者の衝撃的な化学的発見と、宗教の否定が時代を揺るがせた。
『人類の信仰する宗教という思想は地域や身分、人種によって異なる。それに対して科学がもたらすものはただ一つの真理そのものである。これは人間の思想によって左右されることなどなく、この星に住まう者たち全てにおいて絶対的に平等なものだ。』
産業革命以降、人々の生活のそばには科学技術があった。
科学者たちは宗教の作り上げた概念的なものと生活の基盤を実験と証明によって破壊し、新たな概念に塗り替えた。
科学で証明された絶対的な真理。
厄災や疫病を制御し救済を求めるのなら、物理を学び、解明すれば良い。
不確かな思想でしかないこれまでの宗教に比べ、真理のもたらす数々の現象は絶対であり、人々の生活を豊かにした。
そして、
物理はいつしか宗教という概念を取り込んだ。
【物理教】
この宗教に神や仏といった概念、偶像信仰の対象はない。あるのはただ、導き出された答え、真理のみである。
キリスト教、仏教、イスラム、ヒンドゥー、神道。其の者がいかなる信仰をしていたとしても理科は全てにおいて平等である。
それが物理の持つ絶対的なチカラ。
真理と信仰、人類が種として生きながらえることの出来る究極の形。
それが物理を宗教として崇める概念の始まりだった。
だが、それは・・・。
『さぁ目覚めよ、救世主。』
あぁまたこれか。
『睡眠は脳細胞にとって必要な動作のひとつだが、
お前はこんなところで立ち止まっている場合ではない。
目の前の常闇を目の当たりにし、何故、立ち上がらないのか?』
何の話なのよ?
『迫り来る脅威に立ち向かい、人間という種を存続させるための、希望の話だ。』
・・・・。
目の当たりにした常闇とか、脅威とか希望とか。
抽象的過ぎて具体的な項目が何一つないじゃないの?
だいたい、人の夢の中に勝手に現れて、そのくせ、姿も見せず一方的に会話して・・・。
いったいアンタ、誰なのよ?
『ボ、いや、私か?
私はお前が一番よく知っている・・・。』
―――
「おはよう、春化。」
目が覚めると目の前には黒地に顔の白い、ついでに性格が悪くて、餌代が不経済極まりない・・・猫がいた。
「化け猫・・・・。」
「ヤァヤァ、おはよう、おはよう。
さてさて任務の時間だよ。」
一週間も帰ってこないで、突然、朝っぱらに枕元に立ったと思ったら、何を言い出すのだろう。この野良猫は。
「春化〜。ドライフードじゃなくて、猫缶無いの〜?出来ればサーモン系が良いんだけど。」
「・・・。」
私は無言で地元の保健所の電話番号を検索し始めた。
――――――
この世界には理科と言う名の魔法が存在する。
完成された理論によって不可能を可能にする夢のようなチカラ、それが理科。
魔法使いはそんな理科のチカラの一部をプロセス抜きで使用することができる。
そう、私は化学という名の理科を使う魔法しょう・・・いや、魔法使いなのだ。
本名は橘春化だが、魔法使いとしてはマジカルマヂカを名乗る。使い魔は役立たずのこの化け猫のケットシー。
私は布団をバサっとあげ、着替えをしながら、
「それで、何の用?」
備蓄していたドライフードを勝手気ままに食べる化け猫に言った。
「ご挨拶だね。元素の鍵はまだ全部見つかっていないって言うのに。」
「鍵は管理局が回収してくれているじゃない。今更私が出向いて何するって言うのよ?」
世界の物質の絶対量を管理する元素の鍵。それはメンデレーエフの周期表に則って存在する物質の18族元素の源。
今から約五ヶ月ほど前、ある事件がきっかけで全ての鍵が理科世界から紛失してしまった。
事件の発端となる鍵は、ある一本が盗み出されただけだったが、鍵を警備していた召喚獣の命を危険に晒すことで、元素の鍵を使用させ、召喚獣の暴走と理科世界の混乱を招いたのだ。
その事件の首謀者は既に収監されている。
だが、回収出来た鍵は半分以下の八本。残り十本は理科世界の管理局と協力をして回収となったのだが、実際は、能力の低い私が矢面に立たずとも、“そういうこと”が専門の召喚獣はたくさんいる。
「それに、私は賢者。魔法少女の任務を背負う義務はないはずでしょ?」
魔法使いは二種類いる。思春期の少女の持つ夢のチカラを具現化させる魔法少女と、探究心と深い知識、創造力をチカラに換える賢者。
魔法少女は魔法契約の際、任務である義務を背負うが、賢者はそれを免除される。
子どもが義務を背負い、オトナはソレを権利とする。なかなかズルい構図だ。だが、今や私は権利を行使する側のオトナの魔法使い、賢者なのだ。
それに賢者に成り立てで、まだまだ理科のチカラが弱い私に、体を張ったあの任務はかなり無理がある。
しかし、そんな私の主張も汲み取った上で、
「これを見てもそう言える?」
ケットシーは尻尾を器用に使って一枚のポラロイド写真を取り出してそう言った。
そこに映されていたのは・・・
「これは、ワイズマン?!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます