序章

現在の文明社会を支える根幹技術はやはり電気である。

日の光の届かない夜の闇を電気で作り出した光が照らす。

磁力を制御し回転運動をするモーターはあらゆるものの動力として利用される。

挙げ句の果てにはエアコン、IHといった、非効率であるはずの熱変換すら電気で行う始末。

それが電気の実情なのである。


電気の存在を発見、実用化したのは電池で有名なイタリアの物理学者、ボルタであるが、それを広く一般的に普及させた人物は稀代の発明王、トーマス=エジソンである。


しかし、彼の使用した電気と現代の家庭用電源(コンセント)とでは、種類が違うことをご存知だろうか?

エジソンが用いたのは発電機を使用しない直流電源。いわば電池である。

現代のコンセントにつながる電気、プラスとマイナスに変動する高出力の電気、交流電源を普及させ、電波発信を考案した人物というのは別にいる。


1880年代後半

ニューヨーク

大都会の夜を白熱球の街灯が照らす。

これまでのガス灯にとって変わって生まれた、電気代、百万ドルの夜景というものの始まりである。


「やはり社長の発電方式では出力の限界をすぐに迎えます。」

一人の男が発明王エジソンに向かって反対意見を述べていた。


自身の持つ鋭い直感と独自の理論で大成功を収めたプライドの高いエジソンが、何の確証もない机上の空論である否定意見をすんなり受け入れるわけもなく、それはさも当然のごとく反論される。

「お前は馬鹿か?

直流電源は安定的な電圧の確保に最も優れた発電方式なのだ。

発電した瞬間にしか使用出来ない交流発電など普及してみろ、発電所は二十四時間、電気を作り続けなければいけなくなるぞ。」

「ですが・・・。」

その時代の“常識”にのっとるとエジソンの発言は正しい。電気が人々の生活の一部に定着してきているのは間違いないが、ガスや灯油といった既存の全エネルギーに取って代わるものとは考えていなかったからだ。

「物には摂理というものがある。電気とは人が寝る間も安定してそのエネルギーを供給するために存在するのだ。

電灯が良い例だろう。」


「で、では出力の問題はどうするのですか?」

「電圧は直列に繋ぐことで増やせばよいだけだ。何の問題もない。」

直列繋ぎは電圧を足し算する。電気回路における理科の基本。

「では150ボルトにするなら、1、5ボルトの電池を100個繋ぐというのですね?」

「ああそうだ!」

心底ウンザリした顔でエジソンが言い放つ。

「だが、150ボルトなどという高い電圧の必要な機械があるものか?」

デスクの椅子に腰を掛け、男に対して背を向けるように窓のブラインドを開けた。窓からはニューヨークの夜を照らす街灯が見える。

公共事業である街灯に電球と送電線を展開できたというのはエジソンの功績だった。

「今はないかもしれませんが、近い将来、必要になるかもしれません。

それこそ、今、実験中の【電話】には必要な技術ではないですか。」

「何?」

エジソンは電灯による事業の成功の後、離れた場所に声を伝える技術、電話に着手していた。

ライバルはグラハム=ベルである。

「電話には二十四時間、電気が必要なんです。

いや、電話や電灯だけじゃない。音や動力、熱でさえも電気で賄う時代がいずれ・・・・。」

「・・・・もう良い。」

エジソンは専用の棚に置いてあるバーボンの瓶を手に取りグラスに注ぐと、呆れ顔でそう言った。

机に置かれているグラスは一つだけ。

「何を言ってもお前には理解出来んようだ。」

「待ってください。社長。

真面目に話を聞いてください。」

グラスに注がれたバーボンがストレートであり、話を聞く気がないことがわかる。

男がグラスを制止しようとするが・・・

エジソンは構わずバーボンを煽った。


「すると何か?お前の思い描く電気の未来は二十四時間発電を行い、高出力の電圧で動く機械が世に溢れ生活環境を変えると言うのだな。

確かにそうなると、

機械で氷を作ったり、電気で手紙を飛ばしたり、

人類が月に行ったりするかも知れんなぁ。」

「こんな時にふざけないでください。」

「ふざけているのはお前の方だ!

私はお前とありもしない機械の話をするつもりはない。

一人で勝手にその狂気に満ちた高電圧の機械でも作っていろ!」

激昂するエジソンに男は部屋を追い出された。


廊下に佇んで男は、拳を握りしめ、唇を震わせこう言った。

「・・・その言葉、後悔させてやる。」


・・・・

結果論であるが、エジソンはこの後、電話の整備事業でグラハム=ベルに敗北する。



発明王エジソンに対しても物怖じせず、

理論とモノの道理を追求した男。

彼の名は、ニコラ=テスラ。

変り者で、マッドサイエンティストの代名詞と名が残る科学者であったが、現代の科学技術の根幹の一つである交流電源を普及させ、電波の配信を考案したのは彼である。

彼がいなければこの世にコンセントもラジオも携帯電話も存在していない。



先ほどのエピソードにあるように、エジソンの言うことがこの時代の“常識”であり、テスラの言う二十四時間発電するというのは非常識。現在の生活スタイルから、考えると非常に違和感を覚えることだろう・・・。


人間の言う【普通】などという言葉はその程度のものなのだ。

だから世の中には普遍的な普通なんていう言葉は存在しない。

あるのは利己的な人間の平均文化と、自分の周囲でしか通用しない常識という名の共有情報のみである。

稀代の天才、発明王エジソンさえもその枠から完全には脱却できなかったのだが、案外、真理はその枠の外にあるものなのかもしれない。

テスラが主張したものは、そのほんの一部に過ぎないだろう。



これはそんな現実の世界からちょっとだけ枠の外にある、化学と女子大生と魔法使いの物語。


物語において主人公は貴方の分身であるというけれど、彼女はそれほど共感できる存在ではないでしょう。

だから、第三者の視点で、理科を楽しんでいただけたら幸いです。


彼女の戦いが、

貴方の知識と理科に対する興味の一助となりうることを願って・・・。

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