第11話 【現代】芝浜(前半)
「えー、昔は「働かざるもの食うべからず」って言葉がありましたが、現在では住む所と着るものさえ我慢すれば、多少の期間働かなくても食べていけるんですね。働かない者を不労者なんて呼んだものですが、いまの若い者が『フリーター』とか『ニート』なんて横文字で呼ぶとかっこよく聞こえるもんだから不思議です」
中学生の梓が『いまの若者』と言うものだから、会場から軽い笑い声があがった。
「さて、芝浜に住む三十路のオタクニート、遊希もその一人です。この男、自分のやりたい事はそこそこがんばるくせに、会社の仕事にはまるで気が入らないという。一度は正社員になったというのに、漫画を描く時間がなくなる、とそそくさと退職してしまったほどのダメリーマン。四年勤めた貯金を食いつぶしながら生活している遊希を見かねた幼なじみの花梨は毎日のように遊希の家に言っては説教をします」
『好きな事をやって生活なんてできるわけないじゃないの。あんたが漫画家になりたいと言っても、出版不況のこのご時世、ヒット作をだすってどれだけ大変かあんたの方がわかってるでしょう?』
そう、遊希は漫画家になるために会社を辞めたのでした。
『あんたが辞めてからもう一年、投稿した作品だって出版社から連絡ないんでしょう?もう、いい加減に就職活動してよ』
「そう言われ、悲しげな瞳で見つめられると、遊希とて強気に出られない。たっぷり二時間説得され、ついには就職活動することを了承してしまった」
梓が会場の雰囲気を確認するように、だが、その様子をできるだけ悟られまいと最小限の動きでぐるりと見渡す。
「面接当日、花梨から矢のように『スーツ汚れてない?』、『髪の毛は整えなさいよ!』、『遅刻しないように地図は印刷しなさいね!』というメールを見ていると、じょじょに遊希の気持ちが落ちてきた。とはいえ、全力で部屋にこもって面接をぶっちぎる勇気のない遊希はしぶしぶと家を出て、会社へと向かう。花梨に急かされるようにして地図を持って家を出た遊希は、迷うこともなく会社についてしまい、面接時間までかなり時間があることに気づいた。『なんだよ。こんなすぐわかるならもっと遅くでればよかった』ちょっと気分を悪くした遊希は、花梨に『早くつきすぎたぞ』とメールすると、暇つぶしにコンビニで買ったおにぎりを持って公園へと向かった。人気のない、海の見える丘に座って食事していると、遊希はふと、目の前の草むらに何かが落ちていることに気づいた」
手に持っている扇子を柵のように見立て、梓はそこからひょいっとのぞき込む仕草をする。
「すると、どうでしょう。そこにはなにやら巾着袋のようなものがおちているではないか。ずいぶん厳重に縛られている縄をほどいて中を覗いて見るなり、遊希は目を疑った。一分ほど息をするのも忘れたように手に持っている袋を見つめていたかと思うと、急に我にかえり、辺りを見渡す。そして、面接のこともすっかり忘れてしまったように全力で自宅まで走りだしました」
『遊希!面接はどうしたの!?』
「家に帰ると、なぜか勝手知ったるなんとやら。仕事中のはずの花梨が部屋にいるではないか」
『な、なんでお……ま……はあはあ、おま……はあはあ』
『なにがあったの?そんなにあわてて……』
「玄関に倒れ込む遊希を見るとさすがに怒るのも忘れて心配そうに覗きこむ。しかし、遊希に怪我がないことを確認するなり、嫌みをつぶやいた」
『……はあ、面接すっぽかしたのね』
『うるさいっ!それはこれを見てから言え!』
梓が閉じていた扇子を広げて、客席につきだし、まるで、遊希が花梨に持っている袋の中身を見せつけるように演じる。
「それは数枚のカードだったんですね。昔で言うところの浮世絵と言うんでしょうか? トレーディングカードというのはゲームマニアにはたまらないが、一般の人にはただの絵にしか見えない。花梨もその一人で、目を細めながらこう言ったんですね」
『……ごみ?』
「それを聞いた遊希はあわてました」
『ばっ、バカやろう!これがどれだけの価値かわからないのか!このレアカードはこれだけの枚数あれば、オークションで数百万で売れるんだぞ!』
『ふーん、で、面接は?』
『バカやろう!ン百万が入ってくるのに、働いてられるか!こいつはなかなか芽がでない俺を哀れんだ神様が「もうしばらく創作活動をするように」と、お恵みをくれたに違いない!』
そう言うなり、遊希はパソコンを繋いで、持って帰ってきたカードの写真を取り込んで、大手オークションサイト、つまり昔でいうと競りとか競売所ですね。【yahhoオークション】に拾ったカードをすべて本当に出品してしまいました。
『あんた、拾い物を売りにだしていいと思ってんの!』
『大丈夫だって、金を拾ったわけじゃないんだから。お前だってゴミだと思ってたろ? よーし、今日は前祝いとして呑むぞぉ!』
「もうお金が入ってくることが決定したかのように、有頂天になっている遊希は普段買わない量のお酒を買ってきて盛り上がってしまいました。遊希とは逆に、どんどん不安になってきた花梨は入札がないことを祈るようにサイトを見ていると、一通のメールが届きました」
『初めまして。こちらに出品されている物は先日亡くなった父の所有していた物ではないかと思い、確認させていただけませんでしょうか? ぶっしつけなお願いで恐縮なのは重々承知しております。所有権につきましてとやかく言うつもりはありません。父の遺品であるならば、そのカードの価値を問わず、謝礼をおし払いいたします。なにとぞよろしくお願いします』
「これはまずいと思った花梨は、遊希が完全に眠っていることを確認すると、遊希が寝ている隙にメールの返事をするのでした」
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