第10話【古典】芝浜(後半)

『ーーちょいと、ちょいとおまえさん』

『あー……なんだ?』

『いつまで寝てるんだい? もう、お天道様はのぼっちまったよ? 今日こそは商いに行くって約束したじゃないか』

『あぁ? 四十両も拾ったのに、商いなんて行ってられるか』


「いい気持ちで寝ていたところを、女房が起こされ、不機嫌な三郎。しかし、それを聞いた女房は三郎を睨み、怒りだしました」


『どこにそんなお金があるんだい? ははぁ、おまえさん、仕事をしたくないもんだから夢でお金を拾う夢を見たんだね』

『な、なんだと?』


「女房が言うには、昨夜にずっと酒を呑んでいて、急に寝たと思ったら、なにやら喜ぶ寝言を叫んだと言うのです。言われてみれば、ここ数日はずっと呑んだくれていたので、自分でも自信が無くなってきました」


『それじゃ、なにかい? 俺が酒を呑んだのは現実で、金を拾ったのは夢だってのか?』

『そうだよ。疑うなら、家中探してごらんよ。四十両という大金なら、すぐ見つかるでしょうよ』

『…………』


「女房に言われて、三郎、戸棚の中など探してみますが、小判の一枚も出てきませんでした。しばらく探した三郎、さすがに自分が情けなくなり、『今日から酒はきっぱりやめて仕事に精を出す』と、女房に誓うのでした。そして三年後……」


『あー。今年はやっと借金のない年を迎えられるな』

『お仕事、ご苦労さまでした』

『そう、かしこまるなって。夫婦じゃねえか』

『……おまえさん、これを見てくださいな』

『なんだい、なんだい』


「三郎は、妙に緊張した面持ちの女房に笑って答えると、女房が出してきたのは夢の中で拾った財布でした」


『実は、おまえさんがこの財布を拾った時、酒を買って来いって言ったじゃない? あの時、おまえさんが酔っぱらって寝た後で、大家さんに相談しにいったのさ』


「当時、拾ったお金を使ったり、ネコババしようものなら、犯罪として逮捕されました。ましてや四十両などという大金を使い切ろうものなら、死罪もまぬがれませんでした」


『だから、これは奉行所に届け、あの時のお酒の代金は大家さんから借りたのさ』

『……拾ったのは夢にしろって大家さんから言われたのか?』

『そうだよ。このお金は落とし主不明ということでお奉行様から先日、届けて頂いたものです』


「そうとも知らず、おまえさんが好きな酒もやめて懸命に働くのを見るにつけ、辛くて申し訳なくて、陰で手を合わせていたと泣く女房」

 左近が、女房を真似て、泣くしぐさがなんとも女性らしい。思わず梓はぞわっと鳥肌がたった。


『とんでもねえ。おめえが夢にしてくれなかったら、今ごろ、おれの首はなかったかもしれねえ。手を合わせるのはこっちの方だ。女房大明神様だ』

『よしとくれよ。ささ、もうおまえさんはもう立派に禁酒を果たしたんだ。もう大丈夫だから、呑んどくれ』


「三郎は女房がついでくれたお猪口を手に取るが、そっと返しました」


『どうしたんだい?』

『いや、やっぱり、呑むのは止めておこう』


「また夢になるといけねえ」


 そう締めくくり、左近が頭をさげる。

 すると、会場から拍手がおきた。


「ああ、そういう終わり方なのね」


 梓が独り言をつぶやくと、周りからぎょっとされた。


「では、次は同じ題材で梓さんと風音さんに演ってもらう予定ですが、準備はどうですか?」

「はーい。では着替えてきます」


 言うなり、梓が風音の手をとり、舞台裏へとかけだした。

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