第9話 【古典】芝浜(前半)

「芝浜の貧乏長屋に住む魚屋の三郎。腕はいいし人間も悪くないが、大酒のみで怠け者。金が入ると片っ端から質入れしてのんでしまい、年中裏店住まいで店賃(たなちん)もずっと滞っているありさまでございます」


 落語ツアーに参加することになった梓と風音が、旅館につくなり、いきなり始まった左近の口上を聞かされていた。


 十数人の落語家の新人たちが持ちネタを披露する懇親会らしい。

 後で、梓も演じてくれと頼まれてしまった。旅費を全額負担してもらってる立場からは断れなかった。


「今年も師走で、年越しも近いというのに、三郎は、相変わらず仕事をほったらかしで、酒を呑んで寝てばかり。女房もさすがに亭主に泣きつきます」


『あんた、このままじゃ年も越せないから仕事してくれませんか? 後生です』

『ん~……。仕事したくても、道具がねぇから無理だ』

『なに言ってるんですか。道具はちゃんと用意してますから、さっさと仕事に行ってくださいな』


「女房の言葉どおり、盤台もちゃんと糸底に水が張ってあるし、包丁もよく研いであったので、さすがの三郎もしぶしぶ天秤棒を担ぎ、追い出されるように出かけました。しかし、外に出てみると、まだ夜は明けていない」


『カカアの奴、時間を間違えて早く起こしゃあがったらしい、今帰っても二度手間だ。仕方ねぇな』


「そう思い、海岸でぼんやりとたばこをふかし、暗い沖合いを眺めているうち、だんだん夜が明けてきた。顔を洗おうと波打ち際に近づくと、何かを見つけました」


『ん? なんだ? おおっ! これは、財布じゃねぇか!』


「中身を見てみると、財布には小判が入ってるではありませんか。これを見た三郎は『これで当分は遊んで暮らせる』と顔色を変えて、急いで家に帰りました」


『あれ、あんた、もう帰って来たのかい? 仕事はどうしたの』

『どうしたもこうしたもあるか!』


「そう言いながら、誰かが後ろから追ってきてないか、三郎は玄関から顔をだして左右をみて、安全だと思うと、懐から財布を女房の目の前に叩きつけます」


『こ、これはどうしたんだい? ひいふう、みい……四十両もあるじゃないの! まさか、仕事したくないからといって強盗でもしたんじゃ……』

『ええい! お前は俺の事をそんな風に見てたのか! これは芝浜を歩いていたら、海の中に落ちてたんだ! 人を襲うなんて、誰がそんな恐いことをするかい!』


「ネコババも決して自慢できることではないのですが、そこは棚上げした三郎。その金で酒を買ってこいと、言うと女房は、これ以上三郎が騒ぐと長屋の住人が覗きにきてしまうと思い、しぶしぶと従います。そんな女房の気持ちをよそに、三郎はその夜は夜通しで酒をしこたま呑んで寝てしまいました」

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