恐竜アイドル!フテシン!

みたたろ

story:1 恐竜アイドル、誕生

おっきくて 強くて 優しくて 壮大で


初めて行った博物館で、ぼくは心を奪われたんだ。



***



「もうすぐだ、ずっと行きたかった場所」


桜が舞う道を、てとらは夢中で自転車を走らせていた。

胸がドキドキする。わくわくして、自然と笑みがこぼれる。


10年だ。10年、ずっとずっと、憧れていた場所に。


「あの角を曲がれば……!」


急ぐ心をおさえつつ、左右を見て慎重に角を曲がる。


すると見えてきた、赤茶色のレンガでできた塀。西洋風の門。緑が生い茂る庭には、かわいらしい白いベンチが見えた。


その奥に、立派できれいな赤い屋根の……はずが、そこにあったのは、とてもきれいとは言えない、ツタの絡まった古びた建物。よく見ると、門から玄関へと向かうアプローチも、伸びすぎた草で覆われていた。


「嘘でしょ……え、もしかして閉店!?違うよね!?」


そう、ここは、『おもちゃ専門店もこもこ共和国』


3才のときに心を奪われた恐竜の、オリジナルグッズがマニアの間では有名な店だ。博物館の館長さんからこのお店を教えてもらったのだが、昔住んでいた場所からは飛行機に乗らなくてはいけないほど遠い場所で、いつか来れる日を夢見ていた。


そんなお店が、今、目の前で廃墟のようになっているのだ。


本当に、もう閉店してしまったのか。


門に手をかけ、ゆっくりと押すと、ギギギ……と音をたてて開いた。ごくりとつばを飲み、おそるおそる玄関へと足を進める。庭の花壇にはチラホラと花が咲き、雑草は生えていない。じょうろには水が貯まっている。まだ、誰かいるのかもしれない。少しの希望を胸に、ぎゅっと手を握り締め、玄関の扉をノックした。


「すみません…お店、やってますか…?」


あまりの静けさと緊張で、小声になってしまった。もういちど、すみません、と言いながら玄関の扉を引いてみると、鍵はかかっておらず、少し開いた隙間から、電気がついていることがわかった。


少しずつ扉を開き、ゆっくりと足を踏み入れ中を覗き込む。

深呼吸し、もう一度声をかけようとしたその時……


「いらっしゃいませえ~~~」


「うぴゃあ!!!!」


ドテンッ!


ぬっと目の前に現れ声をかけてきた、くまのようなひつじのようなぬいぐるみに驚き、尻もちをついてしまった。


打ったお尻をさすりながら恐る恐る見上げると、そこには手に付けたぬいぐるみのパペットをひらひら振りながらにこっと笑う女性。


「あらら、ごめんねぇ~そんな驚くとは思わなかったわ

 ひっさびさのお客さんだったからついつい」


「……お客さん……

 っ!!

 てことは、閉店したわけじゃないんですね!?」


手をガシッとつかみ、キラキラした目で問いかけた。


「こんな状態でお恥ずかしいけど、絶賛営業中だよ~

 って、きみ、お姉さんの本体はこっちだからね~?」


女性は、力強く掴まれた手のパペットと、そのパペットの目を真剣に見つめるてとらを交互に見ながら、ちょいちょいと自分を指差して主張した。



***



立ち話もあれだから……と、店内中央にあるテーブルにてとらを案内し、ココアを差し出しながら、女性はのんびりと話を始めた。


「本当によくきたね~

 店構えは大きいけど、もうだいぶ前からこんな状態でね。ちらほらマニアしか来ないんだよ~。まぁ、それに甘えてお店の整備もサボっちゃってるんだけどね」


「小さい頃……恐竜が大好きになった時に、ここのお話を聞いて。最近この近くに引っ越してきたので飛んできました」


「あっはは!今も十分小さいよ~

 そうだったんだね。ありがと。残念ながら品数も寂しいけど、貴重なのもあるからゆっくり眺めてってね」


「も、もうぼく中学生です……!」


少しむっとしながらも、気になってそわそわした店内を目を輝かせて見て回り始めた。その後姿を眺めながら、はは、と女性がふわりと笑った。


マニアしか来ないから整備していないのではなく、整備したくてもできないほど、最近の経営状態は良くない。商品の補充も最低限。もはや閉店も時間の問題か、と考えていた。

久しぶりの、目を輝かせた子供の来客に、胸がチクリとした。


(……やっぱり、こうやって目の前で笑顔が見れるのは、良いよなぁ~)


うう~んと、机にうなだれながら考える。

そこに、ぬいぐるみを抱えたてとらが駆け寄ってきて、もじもじと話し始める。


「あ、あの、このガオベエくん人形の、ウィンク版って……」


「ふふ、きみ本当によく知ってるね~

 ウィンク版は貴重でね。もうけっこう前から品切れなんだ~。お店の経営が立て直せれば入荷できるだろうけど……あっ」


ふいにこぼれ出てしまったお店の話に、はっと口を塞ぐ。


「……だいじょうぶですよ!!この前、テレビで見ました、閉店間際のお店が、一発逆転のアイデアで大繁盛していたんです!こんなすてきなところ、つぶれないです!大丈夫です!」


子供にいらない気を使わせてしまったと苦笑いをしながらも、前向きな想いに胸が温かくなった。持ち直すために、特別なことをしてきたわけでもない。何かできることがあるかもしれない。


さっきまでうなだれていたのが嘘のように、元気が沸いてきた。


「ほんとにありがとうね。ちなみに、そのテレビでやってた方法ってなんだったのかな?」


「えっと……ゆるキャラとか……ご当地アイドルとか……他にも……」


ゆるキャラ……アイドル……

なんだか近しいものを、今見ている気がする。


頭に恐竜のような装飾のついたポップなパーカーとオーバーオールを着た、幼く、かわいらしい顔の少年。ゆるい。女性の目を見ているようで、机に置かれたパペットの目を見て話しを続ける少年。なんてゆるい。手に持ったガオベエくん人形の手をピコピコさせながらあれこれと首を傾げる少年。


ショタに目覚めたのかと疑うくらい、魅力的な存在に見えてきた。

いてもたってもいられなくなってきた。


「ねえ、きみ……

 このお店の看板アイドル、やらない!?!?」


「うぴゃあ!!!!」


ドテンッ!!

突然立ち上がり、輝く目でとんでもないことを言いながら目を覗き込んできた女性に、てとらは本日2度目の尻もちをついた。


「いける……いけるよ!きみならいけるって~!!

 お店の特徴、恐竜を前面に押し出して……恐竜アイドル!まだ世の中にいないんじゃない~!?これは、売れちゃうんじゃない~!?

 お願いお願い……!うまくいけば、ガオベエくん人形の入荷もほいほいできちゃうよ~!」


興奮して話す女性に圧倒され目をパチクリさせていたてとらだが、ガオベエくん人形入荷の話は聞き逃さなかったようだ。

すくっと立ち上がり、抱えた人形をぎゅっと抱き締め


「や、やります……!!ぼ、ぼくは、何をすればいいですか……!店長さん…!」


「ほほほ、ほんと・・・!?ありがと~~!

 相変わらずパペットの目を見てお話しちゃってるけど~!ありがと~~!!」


がんばれ、てとら!


そしてがんばれ、店長!


いつか、目を見て話してもらえる日は来るのだろうか!

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