第二章

祝言

* * * * *


 戦が始まる──。

 そんな話を父から聞いたのは、若葉が芽吹く初夏の頃だった。

 最初耳にしたのは、重い租庸調という制度が課せられるという話だ。今まではムラひとつひとつに首長がおり、首長が作物を集めて皆に均等に分けていたため、裕福ではないにしろ、ムラの民が食べることに困ることはなかった。ムラの民は、ムラの首長の支配下にあり、彼らを支配する代わりに首長は大きな責任を担い、ムラを統治して周囲の他のムラとの均衡を保っていた。だからこそ平和だった。

 だというのに、今は西に立ったという大王がただ一人の権威者となって君臨し、すべての民はこの大王一人のものになったという。その大王がいると言う西の地を、世間はいつからともなく『まほろば』と呼ぶようになった。

 当初ムラたちは皆新たな統治者のやり方に反抗していたものの、まほろばの勢力は衰えることを知らず、膨大な武力でそれをねじ伏せた。

 まほろばに攻め入られることも問題だったが、そこの支配下になることによりムラひとつに恐ろしいくらいの量の作物が要求され、作物を作るための土地や水を巡っての戦がムラ同士で多く勃発したというのがまた問題だった。要求される作物の量は、ムラが潰れ、死人が出るほどに多いと言う。

 前々から戦が増えたという話は聞いていたが、思っていた以上に早く、遠く離れたこの地までその話が回ってきた。

 そしてついに、我々も例外ではなく、大王の支配下に入るようまほろばから申し出があったのだ。その申し出に対し、我らは断固拒否の意を示した。これはムラの者たちの総意であった。

 それから間もなく、我々と同じように申し出を拒んだ近くのムラがまほろばの勢力によって滅ぼされ、その勢力は自らの力の大きさを示すため、そしてこちらの土地を奪うべく、我々にまで戦を仕掛けてくるという。

 しかしここは何もない、ただ森のカミを崇め奉る田舎だ。今まで大きな争いなどしたことがなかった。彼らとの勢力の差は歴然だった。



「ならば父上、まずは武器を集めなければならぬでしょう」


 大巫女を含め、ムラの男たちが私の家に集まり、父を中心に話し合っていた。

私の意見に、周りの男たちは大きく頷く。


「銅では勝てぬ。鉄だ、鉄を用意せねば」

「心当りはある。用意することに問題はない」

「ならば次は人の数だ。若者を駆り出し、武力を強化せねばならん」


 隣のムラを滅ぼした勢力は歩いて七日ほどかかる場所に大きなムラを構えた。ここらの地方を預かる拠点とし、まほろばの大王から政権を直々に頂いたという豪族が治めている。まほろばからわざわざこちらの田舎へ出向き、他のムラを制圧するためなのだと思うと、嫌悪で吐き気がした。


「噂によれば、カミを忘れた者たちだと聞く」


 大巫女が静かに、男たちの会話を割って声を発した。皆の視線がすっと、背の曲がった小さな老婆に集められる。


「我ら人々が森や川に生かされていることを忘れ、すべてを蔑ろにしておる。それぞれに宿るカミをとしているのだと……なんと愚かなことか」


 大巫女の言葉に、男たちは何てことだと更に身体を震わせて怒りを露わにした。

 まほろばの者たちの考えることは、我らの常識から大きく逸脱していた。考え方だけではない。連れてくる女たちもまほろばの者たちで奇妙な色とりどりの衣を纏い、住む屋敷もここらのものは違ったまほろばのものを模したもの、兵たちも見たことの無い珍しい武器を持っているという。

 自然を崇めることがなく、人をカミとした者共。我らの本来あるべき姿を失った者たち。


「悍ましい者どもだ!」


 そういきり立ったのは私の叔父だ。


「奴らは我々を野蛮だと笑っていると言う。だが、今までのカミからの恩恵を忘れ、今までの規律を乱し、欲を露わにし、今まで安泰であったムラをいくつも滅ぼし無理に従えている!どちらが野蛮だと言うのか!」


 寡黙な我が父と比べると、叔父は思ったことを直ちに発言する性格だった。まるで猪のようでもある。そしてその猪に他の男たちはそうだそうだと大きく賛同した。


「叔父上、気をお鎮めください」


 血気立つ叔父を、私は横から宥めた。


「だが、与一」

「この怒りをここで露わにしても仕方のないこと。戦の際に出せばよいのです。今は冷静になることが大事でしょう。冷静に策を練るのです」


 叔父は鼻息を荒くしたまま、胡坐をかいて座り直す。それを見届けてから、先ほど大巫女が言った「」ということが可能であるのかと漠然とした疑問を抱いた私は顎に手をやって考えた。

 カミの姿を、我々は見たことが無い。どのような姿をしているのか、そもそも掴めるような、この眼で捉えられる存在であるのかもわからない。

 ただ、カミはが苦手であるという話は沙耶から聞いたことがある。人が作り出したものをカミは酷く嫌うのだ。持ち入れば森は荒れ狂うと。鉄を持って入れる森は、最早死んだ森なのだとも。

 故に鉄を持ち、森に入ってはならぬと昔から伝えられてきたのだ。


──カミを殺すとしたら、それを使うのか。しかし一体どうやって。


 そこまで考えて、カミなど今はどうでもいいのだと首を振った。交わされる男たちの議論に耳を傾け直す。今考えなければならないのは、これから攻めてくるまほろばの勢力にどう立ち向かうかだ。自分が一瞬でも悍ましいことを考えたことを恥じる。


「とにかく、武器も人の数も足りぬ」


 皆の話を一通り聞いた父が静かにそう言った。


「今回の由を振れまわり、志を同じくする者共を集めよ」


 昔より鉄が珍しくなくなったとは言え、こんな田舎では集めるどころか取り寄せるのも一苦労だ。ムラの男たちが問題ないと言っているのは、昔と比べての話であって、戦う相手と比べての話ではない。そんな現状の我々に対し、相手はまほろばを後ろ盾にしているのだから、いくらでも武器は手に入るだろう。きっと悩むことなどないくらいに。兵力は雲泥の差だったが、勝てるのか、そう疑問を発する声は無かった。言っている暇がなかった。勝たなければならない。相手を負かさなければならない。今まで守ってきた伝統を突如現れた南の一族のために崩して成るものか。

 いつも冷静沈着である父は何とも言えぬ表情を浮かべていたが、一切弱音は吐かなかった。


 父と私はまず、若者を集めた。友であり、今まで同じ土地で生まれ育ってきた仲間を呼び集め、武器を作った。鉄は前々から用意していたものを使い、槍やら矢やらと作ることに専念した。どれだけあっても足りない。結局は昔から作っており、鉄よりも入手が簡単な銅も使うことになった。

 兵役の無い老人たちさえもが参戦したいと申し出る程に、彼らの熱気と怒りは高まっていた。穏やかさしかなかったようなムラが幻だったかのように、緊張がこれでもかと張り巡らされ、喉の奥がきりきりとする空気が漂っている。


「誰にもこの森とムラに手など出させはしない」

「どれだけ強かろうが、所詮金持ちの集まりだろう。俺たち田舎者の力を見せつけてやればいい」


 周りは口々にそう言った。


「人数も思った以上に集まっている。勝てるぞ。な、与一」


 友は剣の握り具合を確かめながら、私に声をかける。


「……ああ、きっと」



 次に狙われる可能性のあった山ひとつ挿んだ隣の小さなムラも力を合わせてくれるということで、集まった男たちは総勢千人となった。総指揮は父と私とで担うこととなり、首長の家である私の屋敷の庭は隣のムラからの者たちへ貸し出された。母や侍女たちは懸命に彼らのために食糧を出し、活気づける役目を果たしていた。

 着々と戦の準備を始める皆の姿を眺めていると、小さなムラだというのに、よくぞこれだけ集まったものだと感心してしまう。自分も励まねばと弓を握った時、後ろから父の声がした。


「話がある」


 父は短く言うと、屋敷の中へ戻って行った。

 無口な父が、私を呼んでいる。戦についての話ならば叔父も含めて話すだろうし、自分だけを呼ぶとなると、何か特別なことなのだろうと思うが何もこれといったものは思い浮かばない。首を傾げながら武具を置いて屋敷へあがった。

 父の部屋に向かいながら、外へ目を向けてみる。忙しい日常が続いているせいで、昼間に屋敷から外を眺めるのは随分久しぶりに感じられた。朗らかに季節を迎えていたムラの風景は何だか殺風景になった。緑が見えない。男たちの掛け声や武器のぶつかる音ばかりで、子供たちの笑い声がしない。

 武具があちらこちらにあるからだろうか。皆が殺気立っているからだろうか。物悲しさが胸に灯る。一昔前までは、豊かで穏やかなムラだったというのに。


「父上、ただいま参りました」


 父の部屋の前で声をかけると、低い声で「入れ」と返事が返ってきた。頭をあげ、敷居を跨いで入ると、部屋の最も奥に父が胡坐をかいて座っており、傍に控えるように母が、そして他に三人、私を待っていた。以前隣ムラと結託する際に会った、隣ムラの首長だ。私の父と同じほどの年で、気難しい表情で私を見ている。品定めでもするかのような複雑な視線だ。

 思いがけない人々に軽く会釈をすると、その男の傍に怯えるようにして頭を下げたまま座っている若い娘と、娘に顔をあげるよう促すようにして座る母親と思わしき女が目に入った。相手の母親は私を見ると申し訳なさそうな顔で頭を下げた。若い娘は沙耶くらいの年ごろか。長い黒髪を後ろに垂らし、こちらの顔を見ようとしない。


「隣ムラの首長殿だ。前にお会いしたであろう」

「ええ……しかしこれは一体何事です。随分突然ですね」


 目の前の父を真っ直ぐに見据えた。この状態を見て、両親が何を言わんとしているか思いつかない訳がない。


「戦が始まる。お前にはその前に身を固めてもらわなければと思い立った」


 妻を迎えろと。そういうことだ。

 この状況ではすでに決定して話もそれなりに進んでいると言うところだろう。だというのに自分は何も聞いていない。


「お前に前もって話せば、お前は反対するだろうとお父様は考えられたのですよ。お父様の気持ちも汲んで差し上げなさい」


 絶句している私に、言葉足らずの父を補うように母が緩く微笑んで答えた。私の祝言を心待ちにして母にとって、今回のことはようやく訪れようとする嬉しいことなのだ。一人娘である妹が夫を持てない身であるから尚更。自分が首長の倅であることは自覚しているし、両親の気持ちが分からない訳ではない。だが──。


「立っていないで、そこに座らないか」


 突っ立っているのも不作法なので、仕方なく父の向かい側に腰を下ろした。


「首長殿がお前を大変気に入ってくださってな、御息女をお前の妻としてどうかと申し出て下さったのだ」


 相手の父親が軽くまた私に礼を向ける。娘の父親の、最初に私へ向けた眼差しの意味も納得した。娘の夫になる男だから色々と複雑な感情があったのだろう。強いて言うなれば、最後の確認と言ったところか。


「与一、お前ももうよい頃だ。身を固め、家庭を持つのも良い」


 これからの戦で死んで、跡取りがいなくなっては困るから、万が一のことを考えて戦前に祝言をあげて子を成せと。

 そんなことは分かっている。女を娶るのは遅いくらいだと言うことも。

 それが分かっていて今まで娶ることをしてこなかったのは、遅かれ早かれいつかはまほろばの勢力との戦いが勃発することは分かっていた事実であり、そこで祝言をあげても戦に出て命を落とさないと言い切れないからだ。

 もし自分が死ねば、娶った相手は祝言をあげてすぐに夫を失うことになる。一度誰か男の妻になった女は、夫が死んだからと言って他の男と夫婦になることがただでさえ難しいというのに、そんな危うい身の上で誰が女を娶ることができるだろう。


「親の私が言うのもおかしな話ですが、気立ては良い娘です。人見知りであるのが唯一の欠点ではありますが」


 隣ムラの首長は私にそう言った。相手の両親は深々と私に頭を下げる。父親が言った通り、娘は相当の人見知りなのか、身を小さくしたまま両親を真似て小さく頭を動かすだけだった。

 この三人の反応から察するに、私には内密に婚姻の話を進めていたのだろう。我が両親ながら呆れてしまう。息子の身を固めると同時に、隣ムラとの友好関係をより強いものとするのも目的なのだ。


「ほら、ユキ」


 小さくなったままの娘は母親に声を掛けられた。名はユキと言うらしい。隣ムラとは言え、山を挿んでの隣であるものだから、そちらではこちらよりも雪が降る。そこから名付けられたか、名前の通りと言わんばかりに彼女の衣から覗く肌は、雪のように白かった。


「さ、御挨拶なさい」

「ユキと、申します……」


 身を震わせて挨拶する娘が可哀想でならなくなった。この娘は私と違い、話を聞いた上でここに来たのだ。嫁ぐ身として、どれだけの覚悟でここへ赴いて来たか。今断っては、隣ムラの首長の面目も立たないどころか相手の娘を傷つけることになる。


 「与一、お前も大事な人が出来れば、生きて帰ってこようと思えましょう」


 自分の母は嬉しそうな微笑を崩さない。


──もう引けない。


 自分を取り囲む人々を見て、そう悟らざるを得なかった。夫婦になることに対して私が一度頷くと、そこからの準備は瞬く間に進められ、頷いた五日後に祝言が催された。もう少し何かの障害があるものかと思っていたが、何に邪魔されることなく呆気なく自分は嫁を貰い受けることになった。あれだけの準備をあれだけの速さでやってのけたということは、両親は私がこの婚姻を引き受けると見越して、前々からそれなりの準備を着々と進めていたことになる。戦がいつ始まるか分からないという時分でも抜かりない両親にほとほと頭を抱えてしまう。


「色恋沙汰が一切なかったお前がまさかこんな急に女を娶るとはなあ」


 知人たちは突然の祝言に、めでたいめでたいと言いながらそんなことを言っていた。にやにやと厭味ったらしいと言ったら仕方がない。こちらの気も知らずにその下品な面は何事だと殴ってやりたくなる衝動はどうにか抑え込む。

 自分の妻となる娘は、美しいと評判になった。彼女を垣間見た皆が、夫とのなる私に妬いてあれやこれやと囃し立てていたが、いくら美人であったとしても、まだ彼女とまともに話せてない自分にとっては生涯の伴侶としてお互いうまくやっていけるかが気がかりだった。普通の夫婦である前に、自分たち二人は、ムラ二つを結ぶ架け橋であり、いずれは頂に立ち、先祖代々が守り続けてきたこのムラと森を治めていかなければならないのだ。


「周りがどんどん身を固めていってるってのに、首長の倅が独り身ってのも今までおかしな話だったんだ」


 一人の真面目な友が呟くと、「確かに」と他の友人が頷いた。


「いいじゃないか。ちゃんと夫婦になるんだから。それよりも、歌も贈らず、よくもまあ嫁を貰うまでにきたもんだよな。俺としてはこっちのほうが注目すべきだと思うね」

「そうだ、それだよ。俺なんて、どれだけ熱烈な歌をこの頭からひねり出したことか」


 そう言った当の本人は一目惚れ同然の女に何度も歌を考えては贈り、いくつ贈っても返歌が来ず、挙句の果てに私や友人まで巻き込みながら歌を捻りだし、変わらず返歌が来ないことに嘆きながらも、なんだかんだで諦めず口説き通してようやく承諾してもらった女が妻だった。


「馬鹿。あれの大半は俺たちがお前の為にこの頭から捻り出したんだ」

「うん、そうだったかもしれないな!心から感謝してるぞ」


 けらけらと子供のような笑い声を立てる。未だに少年の様な綻びを見せるこの男も、あとふた月もすれば父親になるのだ。


「だが、さすがは首長の倅は違うわな。女を娶りたいと言えばひょいと飛んできやがる。それもあんな美人が。歌なんて必要ない」

「与一から歌が送られて来やしないかと待ってた女もいたんだぞ。誰を選ぶのかと影で楽しみにしていたら、まさかの隣ムラの長の娘だとは」

「戦もある。この機に隣ムラとの繋がりを強くするのも目的なんだろう」


 囃し立てるやつもいれば、冷静に考えている奴もいる。冗談気味な言葉を交わす彼らに苦笑しながら、戦いへの緊張感が若干ではあるものの和らいでいることに理由もなく安堵する自分がいた。



 相手の顔を真面に見ることも無いまま祝言は終わり、夫婦となって初めての夜は否応なくやってきた。未だに祝言の余興は続き、遠くの広間からの笑い声が廊下を歩く自分の耳までうっすらと流れてくる。そんな賑やかな声を背に部屋に行くと、寝具の上にこれでもかと身を固めた自分の妻がいた。

 初めて会った時と同様に彼女は俯いて正座している。以前と異なるのは、慰めるように隣に寄り添っていた彼女の母親がいないことだけだ。


「待たせてすまなかった」


 声をかけると小さな肩はびくりと上下した。


「い、いいえ」


 自分の妻になった彼女は、生まれ育ったムラを出て、一人ここへ身を置くのだ。これから戦いが起こり、万が一自分の身に何かがあって彼女が一人になったとしたら、彼女は一体どうなるのだろう。そう考えると胸の奥が変に苦しくなった。


「ユキ」


 初めて相手の名を呼び、向かいに腰を下ろすと、膝に乗る彼女の手が妙に震えたのを見た。


「最後に、契りを結ぶ前に問いたい」


 相手はかすれた小さな声で返事をして背筋を正したが、顔は伏せている。私は意を決して、引き結んでいた口元を開いた。

 妻になる娘に、今の自分の身に起きる可能性を伝えなければならない。もし、伝えて彼女が動揺するようであれば、妻にすることはできない。


「これから先、必ず戦が起こる」


 その時初めて、彼女が顔を上げた。


「下手をすれば、私はこのまほろばとの戦で命を落とすかもしれぬ」


 彼女が顔を上げ、真っ直ぐ私の顔を見た。唇を引き結び、静かな目元が私をとらえている。凛とした美しさがあると思った。彼らが羨ましがるのも無理はないくらい、綺麗な女だった。夜のせいで白い肌は余計白く、透き通るように見えた。


「私が死ねば、」

「……あなたが何故今まで誰も娶らなかったのか……何故、私を妻とすることを躊躇ったのか、父から聞きました」


 こちらを遮って彼女は声を発した。発せられた聡明な声は夜の闇を灯すようだった。


「戦が確実に起こることは、この私にも分かります」


 震えた声で紡がれるたどたどしい言葉は、それでも強く向かってくる。強い意志を孕んでいるのだと分かった。


「戦が起こり、ムラ長の嫡男であるあなたはおそらく先頭に立つのでしょう。それで万が一自分が死んでは妻となった女は路頭に迷うことになる。それを恐れているために、誰も寄せ付けずにいらっしゃった……」


 心を見透かされているようにも感じた。


「きっと、きっとあなたはとてもお優しい方なのです」


 あまりに予想外のことに私は食い入るように彼女を見つめた。彼女はひとつひとつ言葉を選ぶように懸命に訴えてくる。


「あの気難しい父も、あなたならと言ったのです」


 そこで言葉を切って、彼女は再び己の膝元に視線を落とした。


「……会って間もないのに、このようなことを言っては変に思われるかもしれませぬが……生まれ育ったムラを出て、ここへ来たのは」


 柔らかな、それでも真摯な瞳は私を映し出す。


「あなたが好きだからです」


 ああ、と吐いた息とともに今まで張っていた何かが緩んだ気がした。


「あなたが好きだから、私はここへ来ました」


 本当に会って間もないのだ。それでもこれほどに溢れてくるものは何だろうか。


「私をあなたの妻としてください」


 心の奥に震えるものがある。自分はこの娘と添い遂げることができる──そんな確信がどこからともなく湧いてくるのだ。


「そして戦になったとしても、必ず帰ってきてください」


 気づいた時には、彼女を強く抱きしめていた。愛おしいのだと、痛いほどに、泣きたいほどに感じた。


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