お年頃なんだもの

 俺は何も考えられずにいた。

いや、正確には何も考えられないのではなく、ある一つのことしか考えられないのだ。


 俺は特に部活をしているわけでもなければ何か係や役を受け持っているわけではない、いわゆる「あ、椎名君いたんだ」ポジションの人間であり、そしてこのポジションの人間はクラスに一人は必ずいるべきだと自負している。だから俺はこのポジションを変えようとしないし、変わろうともしない。


 そんな一連は俺のポジション持論ごとどうでもよくて、とりあえず影の存在である俺だがなぜか時々先生に仕事を押し付けられる。何故なのか、考えてみると簡単で友達と話しているところをあまり見ないのでこいつ絶対暇だろと思われ、口には出さないが友達を作る機会を与えてやるという大義名分を掲げて俺に仕事を言い渡すのだ。その裏付けとして前回はクラスのお頭と、前々回はクラスのムードメーカー的な存在と一緒に雑用を頼まれた。


 そして一週間前、俺はまた雑用を頼まれた。なんとなく頼まれる前から予想はできた。それもそのはず珍しく俺が顔をあげながら担当教師の雑談を聞いていたらなんだかこちらを見ている気がしたのだ、いや見てた。あれは見ていたよ。だから俺はあえて目を背けず寧ろ眼力によってはねのけてやろうと奮闘。1秒後には元気そうだからという理由とともに教室の細かいところの掃き掃除を任せられた。


 完全に裏目に出たぜ……


今回のお相手は、とアニメの次回予告風に頭の中で呟いて先生の指名に耳を傾ける。


「んじゃ、吉田、椎名一人は不安だから一緒にやってやってくれ」


 いや、ひど。そんな大声で不安っていわないでよ、ひどっと思っていたらその吉田さんが返事をしていた。


「え、あ、はい。わかりました」


 いやーこれは、これは、不安という余りも直球すぎる表現に内心戸惑いつつ、あー確かにそうかもしれないと思っている感じの返事の仕方ですな、わかりますわかります。だって俺基本寝てるもんね……


 そして悲しいかな、掃除が始まった、そして悲しいかな、気まずい空気の中掃除が進む、そして悲しいかな、箒のかすれる音が響……そんなに響かない。


あー無理無理無理無理無理、ありえないだろだって考えてもみろ今まではコミュ力お化けの人が相手だったけど今日のはなんだ、まぁ女子のグループと一緒だったら喋るかもしれないけど、そんなに喋ったこともない男子とは喋らなそうじゃん、てか実際喋らないじゃん。こいつはきつい。流石に俺から喋りかけないと印象悪くしてしまうかもしれないな……


「あー、吉田さんだっけ、えーとあの、今日はなんかいつもの俺の雑用に付き合わされてごめんなさい、あと手伝ってくれてありがとう」


「いいよ、気にしないで、椎名君も大変だね、クラスでは雑用担当ってことで定着しつつあるよ」

 

 吉田さんは急に話しかけられて戸惑った様子を見せたけど、かなり気になる情報と共にそう返してくれて俺はほっこり、しないけどね。


「いやいあい、あいあいあい。どういうことだってばよ」


 驚きのあまり口調が安定しない、小野寺のせいか……


「何?その反応、椎名君って意外と面白い人だね」


 お疲れさまでした。女子耐性のないはそんなことを微笑みながら言われてしまうと一撃で堕ちてしまうのでした。



 俺はその瞬間がずっと頭から離れないのである。吉田さん美しすぎる。下の名前も知らない人に恋をしたわけだ。



 寝ても覚めても吉田さんだ、このままではいかんとわかっているのだがそうもいかず、今日も終わろうとしているのだが、今日は久々に小野寺に出くわした。


「あ、椎名くーーん、一緒に、帰ろう……ぜっ!!」


 相も変わらずうざったるい挨拶だがそこは御愛嬌、俺は仏のような心で小野寺と接する。


「あぁ、小野寺か、なんだか久しぶりだな、といっても体育が合同で3日前にあったな、帰りはだいたい一週間ぶりか……」


「やだ、椎名君、最後に帰った日覚えていてくれたの? 私感激だわ!!」


「は? 何言ってんのお前、別にそんなんじゃねえし、そもそもお前にそんなこといわれても嬉しくもねえわ」


 どうやら俺の中で仏様は口が悪いらしい…………仏の心で接するとか思ってたやつ誰だよ、俺だな。

だが小野寺はこんなことで挫けるようなやつではない。もっと何かこう、一言でいうとうざったるい返答が待っているに違いないのでどんな答えでも動じないように待ち構える。


「あらぁ~、ツンデレですか、ツンデレなのですねぇ、でゅふふ」


「……俺の負けだ」


「私の勝ち、か……」


あまりにも気持ちの悪い小野寺の言霊に思わず白旗。それに光の速さで対応してしまう迷惑極まりない小野寺。


「いや、対応すんなよ、そこは勝ちを誇るべきじゃねえ、何に勝ったか訊くのが一般的だろ、多分」


「いや、男ならば勝ちという言葉にまず反応すべきだね!」


「なんで急に元気そうなんだよ」


「ずっと元気だったよ」


「た、確かに……」


「いや~、でも君も元気そうで良かったよ~。なんか最近元気なさそうな気がして、気になっていたんだよ」


「あー、それは、まぁ色々あってな」


 恋をしたなどこいつに言えるわけがない、ばれた暁には散々馬鹿にされてそれはもう酷い辱めを受けるに決まっているのだ。


「何々、何があったんだい、この偉大なる小野寺さんにきいてみぃ」


「普通にうざいよ」


「シンプルにひどい……でも小野寺さんはくじけません……!!」


「そんなところもうざいな」


 そこまで言うとさすがにショックだったらしく“ガーーーン”という文字がすごい迫力のあるフォントで顔の横につきそうな顔をしている。小野寺はいつも表情豊かで面白い。


「いや、まぁそこまでショックを受けるとは思わなかった。まぁ気を落とすなよ、そのなんだ、良いやつ、良いやつだよ、小野寺はうん、良いやつ良いやつ、マジ、そう思う、安心してくれ」


「本当にそう思うかい」


「え、あー、うん」


「本当に本当かい」


「あーはい」


 いや、うぜーよ……そこはかとなく、とてつもなく、かつ際限なくうざい。しかしこれは黙っていなければならない、そうしないと一生帰れない。かれこれこんな不毛なやりとりを20分程はやっていて、いまだ校門から出ていないのだ。

ついでに時計を見ると、5分しかたっていなかった…………


「で、椎名君、話してくれたまえよ」


あ、覚えていたのかちきしょーめと思う。なんか良い言い訳を考えないといけないが、思いつきもしないので、少しそれた話題を提供することにした。


「あー、俺も年頃、思春期真っただ中だからさ、恋愛観についてもうそれはまじめに考えていたんだ。そう、一週間はずっと考え込むくらいには……」


 我ながら言い訳が下手すぎる、どうでもいいとこを強調しすぎだ。


「ほ~、それはそれは興味深いですねぇ……椎名君、まじめに考えすぎっていうくらいまじめに考えすぎてますねぇ……」


「まじめに考えてるからまじめに考えすぎっていうくらいなのは当たり前だろ」


「はい、おっしゃる通りです」


「はい」


いや、こいつはなんで急にこうやって話を区切るんだよ、バランかよ。


「でも水臭いじゃないか、ワシントン君!!」


「スケールがでけえよ!」


「ワトソン君?」


「引きずりすぎだろ!」


「そんなことより水臭いじゃないか、椎名君!」


何事もなかったように話を進めるなよと言いそうになるがここは我慢、なぜならまだ校門をでていないのである。


「まじめに考えるときこそあのファミレスに行くべきなのに、一人で考え込むなんて」


「正直すまないと思っている」


「それ思ってないやつでは」


「い、いや思っているとも、だから、うん、今日はぁ……じゃあ俺が現在迷走中の恋愛観について話し合おう、な、ほら(死ぬほど恥ずかしいが)」


「よし、行こう! すぐ行こう!!!!! 」


 い、いやすぎる……ぼろが出るのも怖いし、もうすでになんだか長いのにこれ以上長くなることなど地獄でしかない、助けてください……あぁ、吉田さん……



「というわけで、やってきました。本能寺~~」


「いや、明智光秀のりが軽すぎるだろテレビのロケかよ、てかそもそも本能寺じゃなくてただのファミレスだ」


 ならば敵はファミレスにありぃ、とか野太い声と精一杯の渋い顔で小野寺は言っているがスルー、あと頑張って渋い顔してもイケメンなのが少しむかつく。

入店と共に店員さんはいやそうな顔をするが流れるような手順で席に案内する。そしてテーブルを挟んで向かい合わせに座る。


「で、なんだっけ、椎名君好きな人できたの」


「いひぃ。」


「いふぅ?」


「いや、どういう聞き間違えだよ、あと今回のお題も間違えてるよ」


「そうだっけ」


「そうだよ、今日はそのれ、恋愛観についてだなぁ……」


「そうだったそうだった、ふーん、じゃあ、一週間も考えていた椎名君はもうさ何か自分の中で恋愛観について変わったこととか分かったことかあるの?」


「うーーん、いや、うーーん……よくわからないっていうのが案外本音かな」


「そうか、そうなのかぁ、僕はどうだろなぁ、そもそも恋愛観について考えたことないし、わかんないね」


「やっぱり考えすぎなのかな」


「いや、でもまぁ今日ここは二人にとっていい機会なんだよ!! 今日ここで一つなんかちょっとだけ大人になろう、割と健全にいい意味で!」


 確かに将来にわたってここで確実なまたは正当な恋愛観というものを肌で感じておけば役に立つ気もする。小野寺にしては良いこと言うなと感心していたら、今日も図星を指される。


「今失礼なことを考えていたなぁ」


 なんでこいつはこんなにも勘がいいのか、本当に不思議でたまらん。


「いや、将来においても現在であっても確かに正しい恋愛観は身に着けるまでいかなくても、知ってはおくべきだと本気で思ったよ」


「そうだよね、君は素直でいい子だ」


「誰目線だよ」


「そんなわけで、まぁうーーんなんか甘いもの食べながら考えようよ、お互いまず考える時間が必要だよ、主に僕!」


 そう言って小野寺は店員を呼びイチゴパフェを頼む、なかなかかぶいているな高校生金額価値的に……ついでに俺は抹茶ぜんざいを頼んだ。リーズナブルでおいしくて割と豪華に見える高校生の味方だ。

注文の品が来るまではそれぞれ黙っていた、小野寺もいつになく真剣な表情に見えてくる、見えてくるだけなのだが。やがてパフェとぜんざいが来て、同時に今日はなぜか静かで神妙な空気を醸し出す俺たちを店員さんは不審そうな目で見てくる。

ぜんざいをたべながらも絶えず恋愛観について考えた、そもそも恋愛ってなんだ現代日本における一夫一妻制などはどこからきたんだ、なんで廃止されたんだ。など疑問は割と出てきた。そこでそんな疑問を俺は小野寺に投げかけることにした。ここから歯車が動き出せばいいなと思いつつ。


「なぁ、小野寺、恋愛ってさ要は人を好きになることだろう、誰かを好きになったときに他の誰かを嫌いになることなんてないよな、なのになぜ現在日本では一夫一妻制を採用しているんだ?」


「んーそれは、貞操観念を守るためかなあ? なんか違う気もするな、規律? んー難しい質問だね。確かに浮気の問題とか多いよね、人は一人に尽くすことなんてできない愚かな生物の可能性のほうが高いのに、なんでなんだろうね」


「そもそも昔は側室だ正室だなんてものもあって所謂一夫多妻制だったのに、何故廃止されたんだろう、ましてや少子化は進むばかりの現状ではあまり効率的じゃない気もするが。あ、いやでも効率とかそんな話じゃないよなぁ……」


「確かにね、恋愛観を主軸に置くなら効率というのは不適かもしれないけど、現状は少子化が進んでいるね。でも一夫一妻制になったころはそうじゃないかもしれないよ、実際浮気は最低だなんて思う人が多いから問題になる。精神に刻まれているくらいには深い歴史と考えるのが妥当じゃないかな」


「あーそうか、長い歴史で固着したものならばそれが恋愛観なのか、やっぱり一人の女性を好きになって貫いたほうがいいのか」


「それはどうだろう、女性というのは間違っているかもしれないよ、近年は同性愛への理解が爆発的に広まっているから、一人の女性でなく、一人の人間という表現が適切に近いんじゃないかな。僕は女性が好きだからよくわからないけど人間の範疇をこえるような事もあるかもしれないから、一応言葉は濁しておくけどね。

そもそも一人というのも未来においては堅苦しいのかもしれないけどね、今はなんでも自由を重んじそして大切に扱う風潮ができつつあるから、それにより個の自由と集団の自由が矛盾をおこすのはやむないことなんだけど、それは置いておいて自由を掲げた恋愛観なんていうのもあるだろうね」


「自由な恋愛観っていうと、なんだ、それは多夫多妻ということか」


「まぁ、そこまでの契りを交わす関係であるかどうかは定かではないけど、自由に恋愛することが一般的で一人と愛し合うことが時代遅れなんて言われる日が来るかもしれないね」


「それもまた自由ではないのでは」


「あーそっか、じゃぁ、もう本当にとても複雑な世界ができあがるね」


「そうか、なるほど、それは法では認可しにくいなそれは、管理が追い付かないことを国が採るわけが無いか」


「そうだね、国は採らないだろうね、国は。あーうん、そうだね、恋愛は自由であるというなら国とは別に考えるべきだったのか、一夫一妻制とかの前提を抜きにして、精神に固着したとかも一度除外した、ありのままの恋愛っていうのを考えてみようよ」


「ありのままの恋愛か……ええとそれはやはり自由なものなんじゃないか、法律とかも関係ないなら、好きだと思ったら好きでいいということか」


「でも好きなだけじゃそれは好意でおわっしまうんだ。僕たちが考えるのは恋愛観だから、双方が好きであることが大前提だよ」


「ということは、双方が好きあっているならそれでいいじゃんってことか、でもそれだと浮気もよいことになりやすいな……」


「む、難しいね……いくら自由をうたっても誓約がでてきて仕方ないよ。浮気の正当化というより浮気という行為にあたいするものが許容されていれば良い……のかなぁ。違うなぁ。」


「それはまた個の自由であるんじゃないか、浮気を許容するそんな人たちもいるだろう、例えば複数の人が好きになる人同士が恋愛をすればそれは許される行為になるんじゃないか」


「個の自由! これはキーワードだよ! 恋愛観っていうのは自由の下にあって個というものも自由の下にあるんじゃないかな。自由の下の平等だね」


 さいごに“(笑)”がつきそうな顔でそんなことを言ったが自由の下の平等とはすごい言葉だ。なんというかすべての生物が平等な存在であったかのように感じてしまうし、そこになぜか確信も覚えてしまう。


「自由の下の平等か……いい言葉だな。恋愛観については合意っていうものがあれば自由の幅は無限に広がるんだな、そりゃ一人じゃ答えが出ないわけだ」


 実際考えていたのは吉田さんのことで恋愛観については何一つ考えていなかったので答えが出るわけが無いのだが。

しかし今日はかなり実のある会話ができた気もする。


「そうだね、でもすべての自由を許容できないから法律が作られたんだ、そして法律が作られてから長い時間が流れた今だからこそモラルというのが形成されてきたんだね。このモラルは一夫一妻制だからこそできたものであると考えれば真なる自由の布石であるのかもしれないね。」


「なんか今日の小野寺良いこと言いすぎてきもいな」


「酷い、こんなところで水を差すなんて!! あんた人間じゃねぇ!」


「ははっまぁいいじゃん、難しい話してお互い疲れただろ、こうやって気楽なムードで調律を計るんだよ」


「ふーん、まぁそういうことならさっきの発言は許してしんぜよう」


「それはありがたい」


「で、吉田さんにアタックしないの」


「は?」


 え、いやいや、いやいやいやいや、いやいやいや

字余り


「な、何の話デスカ」


「トイレ行くわ」


「待てぃこらぁ」


ってもういねえし、はやすぎるどういうことだ。

 え、知ってたの、いや知るはずないよな、だってあの日以来吉田さんと話してないんだぜ……俺…………へたれかよ!

あ、自分でつっこんでしまった。いや、勘の鋭いあいつだ、もし予想は立てれても確証はないはず……つまり、俺の言質が欲しい可能性がある…………

 

 “いいか俺、口を滑らせてでも吉田さんが好きだなんて言ってはならん”そう小声で呟いた。


「あーやっぱそうなんだね」


「ひーーーーーー!! いつの間に、いつものなんか変な戻り方は? え、てか待って、聞いた、きいちゃった!?」


「録音したよ」


『いいか俺、口を滑らせてでも吉田さんが好きだなんて言ってはならん』


「下衆がぁ……」


 自由を意識し始めた現代でも人を好きになるということは思っていた以上に大変だ……でもこんな甘酸っぱい物は、例え未来における恋愛が自由に溢れていても残っていてほしいと、恋愛初心者ながら思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男子高校生が喋る。 大宮 真晴 @tassi15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ