暴言カレンダーNG集③ 殺村さんとプールデート(前編)

「遅いですわ! この私を待たせるなんて何様のつもり!? 霊柩車に乗りたいの!?」

「も、申し訳御座いません!」

 新人のサラリーマン並の急角度でコウベを垂れる。

 なにも罵倒されたいからワザと遅れて来たというわけではない。集合時間十五分前に来たのだが、殺村さんがそれ以上に早く来ていたのだ。

「まあ。いいですわ。早く案内してください」

 僕は頭を上げた。目に入ってきた殺村さんの姿に目を奪われる。

 無論私服姿だ。光沢のある黒いノースリーブワンピースに、クリーム色のカーディガンを羽織っている。髪もいつもと違いふわっとアップにしていた。決して派手な格好ではないが大変上品で、高貴であるという印象さえ受ける。僕のテキトウな長袖Tシャツとジーンズ姿とはドエライ違いである。

(そんな彼女を。こんな所に連れてくるとは)

「こ、こちらへどうぞ」

 殺村さんを先導し歩いて行く。

「あの。ここは僕が支払わせて頂きます」

「そういうわけにはいきません。あなたのような下賤の民のスモールミニウサギにオゴられたとあっては、末代までの恥になってしまいますわ」

「ですが。初デートということも御座いますし、僕がオゴるのがスジといいますか、デート代ぐらい出すのが男の甲斐性かと」

 殺村さんはやれやれとばかりに手をオデコに当てた。

「わかりましたから。そのヒトゴロシも厭わない目つきはやめてくださいな」

「ありがとうございます。それではこちらへ」

 受付のおばちゃんに声をかける。

「大人二枚お願いします」

 おばちゃんはほがらかに微笑みながら言った。

「二十円になりまーす」

「やっす!」殺村さんが叫んだ。「アナタ十円のことでオゴらせろだ、初デートだ、男の甲斐性だとおホザきになられてたんですの!?」

「はあ。なにぶんあまり家が裕福でないので」

「もはや金持ちとか貧乏とか関係ないですわこんなもん」

 デート場所の建物の看板を見上げる。

『町田市 市民プール』

 そして後ろをみやる。さっきから気づいていたが。ニット帽を被ってマスクをしたちんちくりんな少女と、金髪にサングラスのヤンキー風の女性がこそこそとツケている。

(なんだかやりづらい……)


 着替えを終えてプールに到着した。

 大きな四角いプールがひとつあるのみ。なんの芸もないシンプルな構成だ。

 それでも家族連れでそこそこ賑わっている。

 プールサイドに座って殺村さんを待つ。反対側のプールサイドに春日さんと千代美先輩の姿を発見。大変目立っているが本人たちはバレていないつもりらしい。

「お待たせ致しましたわ」

 ほどなくして殺村さんもプールサイドに現れた。

「うおっ!?」

 思わず叫び声がでてしまう。

 フリルがふんだんにあしらわれた深紅のビキニ。それが包むのは真っ白でハリのあるパーフェクトなボディー。よくいえば牧歌的、悪くいえばこの上なくボロイ、昭和の負の遺産であるこのプールには完全に似つかわしくない。

「なんてしまりのない、助平そのもの、性欲の肉弾魔人という顔をしているのかしら」

「も、申し訳御座いません。はっきり申し上げてスケベなことを考えておりました」

 僕の目は完全に殺村さんの胸部に釘付けになっていた。この素晴らしいふくらみを見つめずにいられる男などいるだろうか。いや女性でもいないかもしれない。

「ま、仕方がないことですけどね。どう? 完璧でしょう? 私のボディは」

「異論の挟みようも御座いません」

 殺村さんは口に手を当ててフフフと笑った。

「今日のためにダイエットしたんですから」

「そ、それは。ありがとうございます」

 そういうとムッとした顔で僕を指さした。

「なんでアナタにお礼を言われなくちゃいけないんですの!? 自分のため! 自分のプライドのためですわ! 勘違いしないでくださる!? このフジツボ男! ジャパニーズドザエモン! クリストファー藤堂Jr!」

 どうも怒らせてしまった。女心とは難しい。

 反対側のプールサイドに陣取った千代美先輩が、ニヤニヤ笑っているのが見えた。

 春日さんの表情はマスクをしているためよく分からない。

「いちいちそんな追い詰められた駄馬みたいな顔をしないでくださる? 逆に不愉快です。とりあえず泳ぎましょう。時間が勿体ないですわ。十円とはいえ」

 殺村さんはいきおいよくプールに飛び込んだ。

「ゴッホ!」

 勢いが良すぎてお腹を打ったようだ。

「お姉さん大丈夫?」

 小学生ぐらいの女の子二人組が心配して近づいてくる。

「だ、大丈夫よ」お腹を抑える殺村さん。

「うわあ見て。このお姉さんエローい」「おっぱいでかーい」「どこの豊胸手術屋さんでやったのー?」「違うよ。お姉さんキレイだから。きっといろんな男に揉まれたんだよ」

 などとペチャクチャしゃべりながら二人で左右の乳を揉みしだく少女たち。

「な、なにをしやがりますの!?」

 恐るべき怖いもの知らずである。だが正直お礼を言いたい。これはいい。

「なにやってるのアレ?」

「行ってみる?」

 面白そうなオモチャを見つけたとばかりにどんどんと子供が集まってくる。

(どこに行っても人気者だなァ)

 殺村さんの悲鳴がひびく。プールサイドの大人たちもクスクス笑っている。

「いい加減になさい! あなた方のランドセルに『安物』と彫りますわよ!」

 不思議と。そんなに嫌そうではないように見えた。

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