暴言カレンダーNG集② 殺村さんをストーカーしよう!(後編)

 なんとかコスプレ広場に侵入。引き続きヤッコサンを追う。

 広場にはちょっとした洋館風の建物、綺麗なカシノキのベンチ、青々とした芝生、イチョウの木など、いかにも写真映えしそうなパーツがたくさん。大変キモチのよい場所だった。

「火野くんが私たちの分も覆面持っていてくれて助かりました!」

「コスプレもしていない、カメラも持っていないだと怪しまれますからね」

「顔がめちゃくちゃあちいんだけど……」

 今春日さんが被っている覆面は『デビル・トースター・サナダ』という選手のもの、千代美先輩が被っているのは『デビル・スイハンキ・ワタナベ』のものだ。これにデビルグリル・ヒノを加えると『キッチン・マシンガンズ』というチームである。

「ここなら覆面でも怪しまれないからいいですね」デビル・トースター・カスガはなんだかウキウキした様子である。

「トヨシマ園に着くまでに二・三回職務質問されましたからね。あれには参りました」

 ホシは更衣室の建物に入っていった。

「ふう。しばらく休めるな」

 デビル・スイハンキ・チヨミがベンチに腰掛ける。僕と春日さんもそれに従う。

「あのお嬢がまさかコスプレがご趣味とはね」

「予想以上に意外な一面が見えちゃいましたね。でもそっか! それであんなにいいカメラのスマホ持ってたのかー」

 春日さんは声を弾ませている。

 僕はなんとなく自分の心がザワつくのを感じていた。

「あーー!」

 突然。我々の方を指さす女性三人組。

「キッチン・マシンガンズだー!」

「珍しいー! プロレスラーのコスプレなんて!」

「私らも大好きで!」

「写真撮ってもいいですか?」

 三人で顔を見合わせる。予想外の事態だが断るわけにもいかない。ベンチから立ち上がる。

「キメポーズやって下さい!」

(おい! どんなのだよ!)千代美先輩が僕の耳元で尋ねる。

(千代美先輩は頭でブリッジして両手でブイサイン! 春日さんは左手だけで逆立ちして右手で目を見開いて下さい!)

(しんどいわ!)

(で、出来るかなあ?)

「ハイ! チーズ!」

 シャッターが押される。

「ありがとうございましたー!」

「すごーい! ポーズ完璧だったねー!」

 プロレスファンの女性たちは去っていった。

「疲れた……」

「でもちょっと楽しかったです!」

「モエボウおめーよくあのポーズできたな」

「やってみたらなんか出来ました!」

「確かに結構楽しかったですね。なんか違う自分になったみたいで」

「おめーはただ腕を十字に組むだけで楽してたじゃねえか!」

 ――と。春日さんが僕と千代美先輩の肩をバシバシと叩き、ムリヤリ百八十度回れ右させた。

(アレは!)

(お嬢か!?)

(『ヌカプリ』のエンペラーだぁ! かぁっこいいい! かっこいい! かっこいい!)

 殺村さんが着ている衣装。ウチの妹が大好きなアニメ『糠漬けの王子様』のたしか『エンペラー・ヌカミソ』という悪役キャラクターだ。全身を水色のタイツで包みその上から西洋風のヨロイを着ている。長い髪の毛をイナヅマのようにおったてた姿はまさにアニメから飛び出して来たかのよう。するどい目付きもホンモノに勝るとも劣らない。春日さんがこわれたラジカセみたいに連呼している通り、大変格好よい。

 それにしても殺村さんや春日さんも『ヌカプリ』が好きとは少々意外である。

 殺村さんの元にはすぐさま沢山の人が集まってきた。

「あーキル様だー!」「今日はエンペラー・ヌカミソなんですか!?」「キル様男装も俄然イケますねー! 超カッコイイ!」

 どうやら『キル様』というのがコスプレネームらしい。

「消え失せろ! 愚民共! 糠床で溺れよ!」

 あれは確かエンペラー・ヌカドコのキメ台詞だ。

「キャー! カッコイイ!」「声まで似てる!」「イケボー!」

 春日さんもキラキラした目で殺村さんを見つめている。

「一枚いいですかー?」「目線下さいー!」「ポーズいいですかー?」

「貴様らに写真など取らせてやるものか! 糠床に落ちろー!」

 と言いつつも必殺技『破滅の沢庵』のポーズを取ってカメラにバッチリ視線を合わせた。広場全体に響きそうな黄色い歓声が発生する。

「ああ。どうしよう。私も写真欲しいな」「ガマンしろモエボウ! バレるぞ!」

 さらにドンドンと人が集まって来る。

「そこの地味な女! 貴様は醤油顔だからダメだ! 糠床の底を舐めろー!」

「おい! そこのデカいガイジン! おまえはソース顔だ! 論外だ! 辞めてしまえ人間を!」

「そこの太ったオデブ! おまえはマヨラーだ! マヨラーは最たる野蛮人だ! ダメ人間だ! 自宅ごと火葬させろー!」

(あっ。原作のセリフだー。いいなぁ)

(なにキャラだありゃあ?)

(エンペラーはね。糠を愛するあまり他の調味料を絶滅させようとしているんです)

(……ギャグマンガ?)

「キャー! キル様―!」「もっと罵ってー!」「私の名前をブタと呼んでー!」

 このストーカー作戦は成功だ。

 学校では絶対に聞くことの出来ないプレミア感満

載の暴言の嵐。それにあの表情。

 いつもとは違う殺村さんの姿を探るという目的は完全に達成されている。

 ――でも。

「春日さん。千代美先輩」

 二人に声をかけた。

「帰りませんか?」

 二人は目を丸くした。

 僕はスタスタと広場の出口に向かう。

「火野くん!?」

「ちょっ、待てよ!」

 二人が追いかけてくる。もちろん僕には理由を説明する義務がある。

 並んで歩きながら二人に説明をした。

「殺村さん。いつもと違う顔をしていたと思いませんか? 僕は解放的な表情だと感じました」

「よくわかんねーけど、まあなんかそんな気はしたよ」

「私もいつもより可愛らしい顔してるなって」

 彼女の気持ちを分かったようなことを言うつもりはないが――

「学校では二年生にして生徒会長。家はあんなものすごい家で。窮屈なのかもしれませんね。さっきは家広くて羨ましいなんて言いましたけど」

 二人は無言。

「ここはきっと。殺村さんが自分を解放できる場所なんです。そこに勝手に踏み込んで申し訳なかったなって。今後悔しているところなんです」

 少し冷たい風が吹いた。

「お二人には申し訳ないんですけど。今日見たことは見なかったことにしよう。そう思うんです」

「そうですね。私もそれがいいと思います」

「だから最初からゆってたじゃん。やめとけって」

 やれやれというポーズをする千代美先輩。

「無駄な時間になってしまい申し訳御座いません。カレンダーのこと。考え直さないと」

「いえ。無駄なんかじゃありませんよ」春日さんが優しく微笑んだ。

「私。今日でますます殺村さんのことスキになっちゃいました。ますますやる気が出ました。火野くんも千代ちゃん先輩もそうでしょう? これって充分収穫じゃありません?」

 少し胸がジーンとしてしまった。

「春日さん。ありがとうございます」

「いえいえ! 私はなにも!」

 なぜか『破滅の沢庵』のポーズを取る春日さん。

「いい話っぽくまとまってよかったなあ。私すげー疲れたぞこんなところまで来て」

「千代美先輩! 申し訳ないです! 本当に!」

「いいよ別に。いつものことだし。おめーらがメイワクなのは」

 と言いつつ優しい笑顔。

「そうだ! じゃあさせっかくここまで来たんだから、遊園地でも行って帰りましょうよ!」春日さんが提案する。

「あたしはあちいからプール入りてえな」

 千代美先輩は覆面をスポっと脱いだ。

「確かに……。でも。水着恥ずかしいな……」

 春日さんも覆面を脱ぐ。二人とも暑さで顔が真っ赤だ。

「モエボウ乳なしだもんな」「なっ! 千代ちゃん先輩もそんな大差ないじゃないですか!」「なに!? おめー何センチだよ! 私は……。やめよう低レベルの争いは」「そうですね。ムナしいです。ミジンコとミドリムシで背比べをしても仕様がありません」「火野。おめーはどっちがいい?」「そうですねえ。せっかくなのでお二人の水着姿が拝見したいです。貧乳でも構いません」

 千代美先輩が正面から、春日さんが真後ろから、僕を挟むようにして体当たりを喰らわせてきた。『ダブル貧乳サンドウィッチ』。偶然にもキッチン・マシンガンズが得意としていた合体技と同じ型のワザであった。


 ――翌月曜日。部室にて。

「そんなわけで。『殺村ストーキング作戦』の成果はデータベース及びカレンダーには反映しないことにしました」

 部長に報告を行った。

「ま、犯罪スレスレの作戦だったしな」千代美先輩は頬杖をつきながら欠伸をしている。

「でも! ますますモチベーションが上がりましたので、決して無駄ではなかったかと!」春日さんがフォローしてくれた。

「そうか。まあ。それはいいんだが。素朴な疑問として」

 部長が腕を組んで首を捻る。

「その作戦だが。どうしてもストーキングしなきゃダメだったのか? 普通にデートに誘うのではなにか問題が?」

「え?」「ん?」「あー」

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